瀬野の短編集「恋愛」

瀬野凜花

文字の大きさ
20 / 21
梅雨明けは涙とともに

9

しおりを挟む
 すっかり雨はあがり、太陽の光が降り注いでいる。
 裾を掴んだまま、もう雨のせいにはできない涙を流す私を見て、ふうやは指で拭ってくれた。

「おれさ、両親に呼ばれてた名前も覚えてるんだ。ともきって言うんだよ。最後に呼んでくれない?」

 震える唇を噛み締めた。おじさんが「280番!」と怒鳴っているのが聞こえる。

「と、ともき、くん」
「もう一回」
「ともき。ともき、ともき」

 おじさんの叫ぶ「280番」が少しでも耳に入らないようにと繰り返し口にした。

「ありがとう。ゆかりが呼んでくれたふうやって名前も、好きだったよ」

 ともきは服の裾を握りしめる私の手に自分の手を添えて離させ、最後にかすめるようなキスを落とした。

「誕生日、6月29日だったよね」

 頷くと、ともきは目を細めて笑った。

「バイバイ」

 小さく手を振って、ともきは海の方に走って行った。
 太陽の光を浴び、水たまりからの反射に照らされて、ともきは輝いていた。

 離れていくともきの背中に、嗚咽を漏らす。
 ともきが海に飛び込むのを止めたいのに、覚悟を決めているともきの邪魔になりそうで動けなかった。

「すみません」

 おじさんに謝って、ともきは崖の端に立った。もうカミサマは他に誰も残っていなかった。

「時間だぞ。早くしろ」

 急かされたのにすぐに飛び込む様子を見せず、ともきは軽く振り返って笑顔を浮かべた。
 止めないで、悲しまないでと言われている気がした。ともきが何か言葉を発するとしたら、きっとそう言うと思った。

 海に向き直ったともきは、軽く助走をつけて宙に身を投げ出した。
 崖下から聞こえた水音に固く目を閉じた。

 梅雨が明け、晴れ渡っているのに、私の心の中の天気予報は明日も明後日も明々後日も、土砂降りの雨だと告げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...