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7・依頼人⑦向井絢斗
ケントさんの秘密
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「先にオレが話すから、お前は帰れ」
「帰りません。他の部屋にいますから、終わったら交代してください」
涼くんは怒っていた。
……俺の代わりに。
ケントさんは涼くんを玄関そばの部屋に連れて行った。戻ってくると、テーブルの上を片付け、温かいお茶を出してくれた。
ケントさんは椅子に座り、何から話せばよいかわからない、といった表情だった。
「誰か来てたの、わかってた?」
「……俺が鈍感だから気づかないと思ってましたか?」
「今まで、何も聞かなかったじゃないか」
ケントさんはたくさんのものを俺に与えてくれるのに、俺はほとんどできることがない。
そんな俺が、聞く資格はないと思ってた。
嫉妬する権利はないと、我慢していた。
「あまね、」
「っ……こ、この部屋の物が、何がどう動いたか全部わかります。女の人来てるなあ、と思ってました」
「……」
「女性、来てるんでしょ?」
「……」
なにも言わないって、どういうことだろう。
俺が意を決して聞いてるのに。
だんだん腹が立ってきた。
押さえていた感情が、徐々に表へ出てくる。
「例えばカップ。ケントさんは左利きだから、取っ手が左側に傾いて棚にしまってるでしょ。今右側に傾いたカップ、棚にありますよ。……ケントさんの言う浮気って、どこからなんですか? 性別は? 俺も女の子とのセックスだったら、許してもらえたんですか」
俺は感情的に、自分の中のどろどろしたものを吐き捨てるように言った。
「ごめん」
「やっぱり、来てたんですね」
相手の浮気を疑う人ほど、浮気をする人間だと聞いたことがある。
やけに俺のこと執着すると思ってた。ケントさんもそうだったんだ。嫉妬深いのには訳があった。
女性の存在を認めたけれども、知りたくなかった。知らなければ、こんなに苦しい思いをすることはなかった。
「女性も来てたけど、浮気じゃない」
「嘘つき」
ケントさんの誕生日、俺は法事で会えないと言ったら女性と飲んでお祝いしていた。
ケントさんは、俺のこと好きで結婚して欲しいとか言うくせに、女性と会って、部屋にも招き入れるんだ。
俺は男だ。
女性相手では勝てっこない。
そう思うと、涙が溢れてきた。
俺には嫉妬丸出しで犯してくるのに、なぜケントさんは恋愛を謳歌してるんだ?
森内くんのことは悪かったけれども、浮気のつもりじゃなかった。
俺の考えていることや行動もすべて把握してがんじがらめに拘束したら、ケントさんは満足するのかな? もう他の人を部屋に入れない?
いや、入れるに決まってる。ケントさんがその気がなくても、周りがほっとかない。
ケントさんはモテるから。
ずるい。
ずるい。
ケントさんと出会って、どんどんと欲深くなっている自分に辟易する。
自分が怖い。
そして、ケントさんを失うのが怖い。
いつか別れるだろうと予防線を張って接していたのに、一生いっしょにいられる可能性を言われたら、もう欲望が止まらない。
なんてあさましいんだ。
孤独を噛み締めてきた自分が、もしかしてずっと幸せになれるのではないかと気づいた瞬間、こんなにも醜く恐怖が訪れる。
溜まった涙がこぼれ、頬をつたう。
「……あまねも嫉妬してくれるんだ?」
ケントさんは椅子から立ち上がり、ポロポロと泣く俺の頭をそっと抱き、背中を撫でてくれた。
「あのさ、今から本当のことを正直に話すから聞いて欲しい」
「……」
立ったままのケントさんのおなかに頭をつけ、うつむいた状態で耳を傾ける。
「直哉が言ってたと思うけど、オレ本当にひどい奴なんだ。うちに来た女は、片付けとか、そういうことさせてた。オレが吸うタバコは自分で巻くやつなんだけど、それを作らせたり」
……ん?
家政婦的な扱いしてたってこと……?
「あまねと付き合ってからは、セックスはしてない」
前はしてたわけね……でも俺と付き合ってからはしてないと。
「それでその女の人納得したんですか?」
「オレが恋する表情に変わったらしい。それで納得してくれた。もとは淡白な女だったし」
「……」
ケントさんは、本当に、本当に俺のこと好きになってくれてたんだね?
「ひどい男でごめん」
ふるふる、とうつむいたまま首を振る。
「……あと、オレの秘密を打ち明ける。これは誰にも言ったことのない話なんだが、」
と言い、ケントさんは一旦言葉を止めた。決心を固めるかのように、何度か大きく呼吸を繰り返していた。
「オレは、ずっと離人症だった」
リジンショウ?
顔を上げて、ケントさんを見つめようとすると、ケントさんは右手で俺の頭を押さえつけ顔を見せないようにした。
「ずーっと、宙に浮いていた感じで生きてきた。肉体と精神が離れていたんだ。人の痛みも、自分の痛みも、正直感じなかった。冷たい性格だと今でも言われるのはそのせいだ」
「……」
「直哉と出会って、初めて心が肉体に入り込んで、人の温かさを知った。それからみんなと同じ人間として生活ができていた。でも、直哉が結婚するのを知って、ただそれだけで、再びすーっと離れてしまった。今年の6月の話だ」
「……」
「秋になって、あまねと出会って、なぜかはわからないが、また浮いていた心がすっと身体に戻った。オレはまた人間に戻れた気がした」
「……」
「だから、直哉とあまねはオレにとって特別な存在なんだ。女と比べないでくれ。直哉は今では親友だし、セックスしたことはない。あまねだけだよ」
とめどなく涙が溢れ、ケントさんのシャツをじんわりと濡らした。
「この家には、あまねの許可した人しか入れない」
うん、と頭を上下させた。
「女の人がいるってだけで、こんなに嫉妬しちゃうなんて思わなかった。ごめんなさい」
ケントさんは、ゆっくりと優しく、頭にキスをしてくれた。
「帰りません。他の部屋にいますから、終わったら交代してください」
涼くんは怒っていた。
……俺の代わりに。
ケントさんは涼くんを玄関そばの部屋に連れて行った。戻ってくると、テーブルの上を片付け、温かいお茶を出してくれた。
ケントさんは椅子に座り、何から話せばよいかわからない、といった表情だった。
「誰か来てたの、わかってた?」
「……俺が鈍感だから気づかないと思ってましたか?」
「今まで、何も聞かなかったじゃないか」
ケントさんはたくさんのものを俺に与えてくれるのに、俺はほとんどできることがない。
そんな俺が、聞く資格はないと思ってた。
嫉妬する権利はないと、我慢していた。
「あまね、」
「っ……こ、この部屋の物が、何がどう動いたか全部わかります。女の人来てるなあ、と思ってました」
「……」
「女性、来てるんでしょ?」
「……」
なにも言わないって、どういうことだろう。
俺が意を決して聞いてるのに。
だんだん腹が立ってきた。
押さえていた感情が、徐々に表へ出てくる。
「例えばカップ。ケントさんは左利きだから、取っ手が左側に傾いて棚にしまってるでしょ。今右側に傾いたカップ、棚にありますよ。……ケントさんの言う浮気って、どこからなんですか? 性別は? 俺も女の子とのセックスだったら、許してもらえたんですか」
俺は感情的に、自分の中のどろどろしたものを吐き捨てるように言った。
「ごめん」
「やっぱり、来てたんですね」
相手の浮気を疑う人ほど、浮気をする人間だと聞いたことがある。
やけに俺のこと執着すると思ってた。ケントさんもそうだったんだ。嫉妬深いのには訳があった。
女性の存在を認めたけれども、知りたくなかった。知らなければ、こんなに苦しい思いをすることはなかった。
「女性も来てたけど、浮気じゃない」
「嘘つき」
ケントさんの誕生日、俺は法事で会えないと言ったら女性と飲んでお祝いしていた。
ケントさんは、俺のこと好きで結婚して欲しいとか言うくせに、女性と会って、部屋にも招き入れるんだ。
俺は男だ。
女性相手では勝てっこない。
そう思うと、涙が溢れてきた。
俺には嫉妬丸出しで犯してくるのに、なぜケントさんは恋愛を謳歌してるんだ?
森内くんのことは悪かったけれども、浮気のつもりじゃなかった。
俺の考えていることや行動もすべて把握してがんじがらめに拘束したら、ケントさんは満足するのかな? もう他の人を部屋に入れない?
いや、入れるに決まってる。ケントさんがその気がなくても、周りがほっとかない。
ケントさんはモテるから。
ずるい。
ずるい。
ケントさんと出会って、どんどんと欲深くなっている自分に辟易する。
自分が怖い。
そして、ケントさんを失うのが怖い。
いつか別れるだろうと予防線を張って接していたのに、一生いっしょにいられる可能性を言われたら、もう欲望が止まらない。
なんてあさましいんだ。
孤独を噛み締めてきた自分が、もしかしてずっと幸せになれるのではないかと気づいた瞬間、こんなにも醜く恐怖が訪れる。
溜まった涙がこぼれ、頬をつたう。
「……あまねも嫉妬してくれるんだ?」
ケントさんは椅子から立ち上がり、ポロポロと泣く俺の頭をそっと抱き、背中を撫でてくれた。
「あのさ、今から本当のことを正直に話すから聞いて欲しい」
「……」
立ったままのケントさんのおなかに頭をつけ、うつむいた状態で耳を傾ける。
「直哉が言ってたと思うけど、オレ本当にひどい奴なんだ。うちに来た女は、片付けとか、そういうことさせてた。オレが吸うタバコは自分で巻くやつなんだけど、それを作らせたり」
……ん?
家政婦的な扱いしてたってこと……?
「あまねと付き合ってからは、セックスはしてない」
前はしてたわけね……でも俺と付き合ってからはしてないと。
「それでその女の人納得したんですか?」
「オレが恋する表情に変わったらしい。それで納得してくれた。もとは淡白な女だったし」
「……」
ケントさんは、本当に、本当に俺のこと好きになってくれてたんだね?
「ひどい男でごめん」
ふるふる、とうつむいたまま首を振る。
「……あと、オレの秘密を打ち明ける。これは誰にも言ったことのない話なんだが、」
と言い、ケントさんは一旦言葉を止めた。決心を固めるかのように、何度か大きく呼吸を繰り返していた。
「オレは、ずっと離人症だった」
リジンショウ?
顔を上げて、ケントさんを見つめようとすると、ケントさんは右手で俺の頭を押さえつけ顔を見せないようにした。
「ずーっと、宙に浮いていた感じで生きてきた。肉体と精神が離れていたんだ。人の痛みも、自分の痛みも、正直感じなかった。冷たい性格だと今でも言われるのはそのせいだ」
「……」
「直哉と出会って、初めて心が肉体に入り込んで、人の温かさを知った。それからみんなと同じ人間として生活ができていた。でも、直哉が結婚するのを知って、ただそれだけで、再びすーっと離れてしまった。今年の6月の話だ」
「……」
「秋になって、あまねと出会って、なぜかはわからないが、また浮いていた心がすっと身体に戻った。オレはまた人間に戻れた気がした」
「……」
「だから、直哉とあまねはオレにとって特別な存在なんだ。女と比べないでくれ。直哉は今では親友だし、セックスしたことはない。あまねだけだよ」
とめどなく涙が溢れ、ケントさんのシャツをじんわりと濡らした。
「この家には、あまねの許可した人しか入れない」
うん、と頭を上下させた。
「女の人がいるってだけで、こんなに嫉妬しちゃうなんて思わなかった。ごめんなさい」
ケントさんは、ゆっくりと優しく、頭にキスをしてくれた。
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