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08.網姫
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「カーエーデ!」
「望月さん、起きてください」
目を開けるとそこには、おかっぱの女性とピンク頭の野郎の顔があった。サクラと大西だ。今回は野郎の顔だけでなくて良かった。
「あれ、ここは?」
見渡すとそこは、さっきまで俺が大の字になって寝ていた砂浜だった。
「ここは物置小屋の前です。望月さん、ここにタンクを運んでくれていたじゃないですか」
それは覚えている。重かったなあ。十五キログラムだぜ。持てることは持てるが、重いものは重い。
「カエデ、いつまで経っても来ないんだもん。もう皆、お昼ご飯、食べちゃったよ」
サクラが頬をプクーッと膨らませて言った。
そうだ、思い出した。食事前にひと泳ぎしようと海に入ったんだ。そのとき脚をクラゲにやられて、海に潜ったら……。
「あ、網姫が!」
「網姫?」
サクラも大西も、怪訝そうな顔で俺を見ている。俺は海で網姫に会った経緯を二人に話した。
「えー、それってカエデの見間違いじゃない? 海の中で、そんなハッキリ見えるわけないじゃん」
サクラは俺をバカにしたように笑っている。
「望月さん、それ夢ですよ。網姫に会ってから陸に上がるまでの記憶がないんですよね?」
それは確かにそうだが。しかし、あんなリアルな夢があってたまるものか。
「まだお盆前です。それにこの辺り、クラゲは出ません」
「いや本当に、クラゲに刺されたんだって。ほら」
そう言って、俺は両脚に目を向けた。脚にはクラゲに刺されたようなミミズ腫れの痕が……なかった。
「あれ?」
そういえば、別に痛くもかゆくもない。まったく問題なく動かせる。
「別に何ともなってないじゃん。小枝にでもぶつけたんじゃない?」
「何も問題ないようですが。心配ならクリスさんお手製の調合薬でも塗りますか?」
「嫌だよ。脚から変なの生えてきそうじゃん」
俺は断固、拒否した。あいつが調合した薬なんて塗ったら、脚からクラゲが生えてくるぞ。
「とりあえず、戻ってご飯にしようよ。クリスちゃんがシーフードピザを作ってくれたよ」
さすが海辺のお宿らしいもてなしだ。
「まあ、とりあえず戻るか」
俺は「よっこらせ」と渋いかけ声を呟き、海水パンツ(黄)の砂を払いながら腰を上げた。そういえば午後からの授業は、俺と稲島さんが担当だっけ。
「今、何時だ?」
「十三時半くらいだと思います」
「うわ、マジかよ!」
講義は十三時からだ。完全に遅刻じゃないか。あの磯野が黒縁眼鏡を光らせながら、俺の遅刻についてやたら嫌味を言ってくるに違いない。
「心配しなくても、午後からの講義、望月さんの分は、あきらが引き受けてくれましたから」
「え、そうなのか」
それは大変ありがたかった。あとでジュースでもおごってやろう。この姫島に自動販売機はないが。
「そういえば俺、今日はずっとタンクの移動しかしていないが、午前中は特に問題なかったか?」
ペンションに向かいながら、俺は大西にそう聞いた。俺としてはただの世間話的な軽いノリだったのだが……。
「ああ。ぶっちゃけ、最悪でした」
どうやら何かあったらしい。普段は無口なはずの大西が愚痴を話し始めた。
「瀬戸さんと葉山さんはおとなしかったですが、野郎二人がマジでタチ悪いです!」
口は悪くない大西が、野郎二人、なんて言葉で表現している辺り、本当にイライラすることがあったようだ。
「一体、何があったんだ?」
「あきらがちょっとミスって、教科書と逆のことを言ったんです。そしたら野郎二人が、いつまでもすごい爆笑していたんです。あいつガチで切れていました。もちろん態度には出しませんでしたが」
確かにウザい。でも命に関わることだからミスした側が悪いじゃないか。あいつらだって、決して安くない授業料を払ってきているんだし。
「他にも、比呂乃さんをオバさん呼ばわりしたんです」
「それは最悪だな」
いくつであろうが、紳士たるもの、女性をオバさん呼ばわりするものじゃない。下手すれば侮辱罪になるぞ。
「それからクリスさんにベタベタ触ったり、スカートをめくろうとしたり。これはさすがに磯野だけでしたが」
「それ完全にセクハラってか、強制わいせつじゃないか」
勘弁してくれよ。クリスはクマノミダイビングクラブの社員じゃなくて、フリーランスとして契約しているだけなんだから。彼女がうちの会社にクレームを言えば、本社からどんな小言がくるか分からない。
「そして一番、最悪だったのが、俺が休憩中に外で煙草を吸おうとしたら、新田さんに『客がいる前で煙草なんか吸うな』って煙草を取り上げて、地面にばら撒いたんですよ」
それは確かに良くないが……お前も、もうすぐ三人目が産まれるんだから、そろそろ煙草を卒業しろよ。もちろん新田のやったことは器物損壊という立派な犯罪だし、怒ること自体は当然だが。それにせっかくクリスが掃除したんだから、わざと散らかすんじゃない。
とりあえずサクラが何も被害にあっていないことだけが、唯一の安心材料だった。
「あいつら、昔以上に、タチが悪くなっているな」
新田はお調子者な面があるが、もう少し周りが見えるやつだったんだが。磯野がタチ悪いのは元々だが。旧友たちに会えて、羽目を外しすぎたんだろうか。
「望月さん、起きてください」
目を開けるとそこには、おかっぱの女性とピンク頭の野郎の顔があった。サクラと大西だ。今回は野郎の顔だけでなくて良かった。
「あれ、ここは?」
見渡すとそこは、さっきまで俺が大の字になって寝ていた砂浜だった。
「ここは物置小屋の前です。望月さん、ここにタンクを運んでくれていたじゃないですか」
それは覚えている。重かったなあ。十五キログラムだぜ。持てることは持てるが、重いものは重い。
「カエデ、いつまで経っても来ないんだもん。もう皆、お昼ご飯、食べちゃったよ」
サクラが頬をプクーッと膨らませて言った。
そうだ、思い出した。食事前にひと泳ぎしようと海に入ったんだ。そのとき脚をクラゲにやられて、海に潜ったら……。
「あ、網姫が!」
「網姫?」
サクラも大西も、怪訝そうな顔で俺を見ている。俺は海で網姫に会った経緯を二人に話した。
「えー、それってカエデの見間違いじゃない? 海の中で、そんなハッキリ見えるわけないじゃん」
サクラは俺をバカにしたように笑っている。
「望月さん、それ夢ですよ。網姫に会ってから陸に上がるまでの記憶がないんですよね?」
それは確かにそうだが。しかし、あんなリアルな夢があってたまるものか。
「まだお盆前です。それにこの辺り、クラゲは出ません」
「いや本当に、クラゲに刺されたんだって。ほら」
そう言って、俺は両脚に目を向けた。脚にはクラゲに刺されたようなミミズ腫れの痕が……なかった。
「あれ?」
そういえば、別に痛くもかゆくもない。まったく問題なく動かせる。
「別に何ともなってないじゃん。小枝にでもぶつけたんじゃない?」
「何も問題ないようですが。心配ならクリスさんお手製の調合薬でも塗りますか?」
「嫌だよ。脚から変なの生えてきそうじゃん」
俺は断固、拒否した。あいつが調合した薬なんて塗ったら、脚からクラゲが生えてくるぞ。
「とりあえず、戻ってご飯にしようよ。クリスちゃんがシーフードピザを作ってくれたよ」
さすが海辺のお宿らしいもてなしだ。
「まあ、とりあえず戻るか」
俺は「よっこらせ」と渋いかけ声を呟き、海水パンツ(黄)の砂を払いながら腰を上げた。そういえば午後からの授業は、俺と稲島さんが担当だっけ。
「今、何時だ?」
「十三時半くらいだと思います」
「うわ、マジかよ!」
講義は十三時からだ。完全に遅刻じゃないか。あの磯野が黒縁眼鏡を光らせながら、俺の遅刻についてやたら嫌味を言ってくるに違いない。
「心配しなくても、午後からの講義、望月さんの分は、あきらが引き受けてくれましたから」
「え、そうなのか」
それは大変ありがたかった。あとでジュースでもおごってやろう。この姫島に自動販売機はないが。
「そういえば俺、今日はずっとタンクの移動しかしていないが、午前中は特に問題なかったか?」
ペンションに向かいながら、俺は大西にそう聞いた。俺としてはただの世間話的な軽いノリだったのだが……。
「ああ。ぶっちゃけ、最悪でした」
どうやら何かあったらしい。普段は無口なはずの大西が愚痴を話し始めた。
「瀬戸さんと葉山さんはおとなしかったですが、野郎二人がマジでタチ悪いです!」
口は悪くない大西が、野郎二人、なんて言葉で表現している辺り、本当にイライラすることがあったようだ。
「一体、何があったんだ?」
「あきらがちょっとミスって、教科書と逆のことを言ったんです。そしたら野郎二人が、いつまでもすごい爆笑していたんです。あいつガチで切れていました。もちろん態度には出しませんでしたが」
確かにウザい。でも命に関わることだからミスした側が悪いじゃないか。あいつらだって、決して安くない授業料を払ってきているんだし。
「他にも、比呂乃さんをオバさん呼ばわりしたんです」
「それは最悪だな」
いくつであろうが、紳士たるもの、女性をオバさん呼ばわりするものじゃない。下手すれば侮辱罪になるぞ。
「それからクリスさんにベタベタ触ったり、スカートをめくろうとしたり。これはさすがに磯野だけでしたが」
「それ完全にセクハラってか、強制わいせつじゃないか」
勘弁してくれよ。クリスはクマノミダイビングクラブの社員じゃなくて、フリーランスとして契約しているだけなんだから。彼女がうちの会社にクレームを言えば、本社からどんな小言がくるか分からない。
「そして一番、最悪だったのが、俺が休憩中に外で煙草を吸おうとしたら、新田さんに『客がいる前で煙草なんか吸うな』って煙草を取り上げて、地面にばら撒いたんですよ」
それは確かに良くないが……お前も、もうすぐ三人目が産まれるんだから、そろそろ煙草を卒業しろよ。もちろん新田のやったことは器物損壊という立派な犯罪だし、怒ること自体は当然だが。それにせっかくクリスが掃除したんだから、わざと散らかすんじゃない。
とりあえずサクラが何も被害にあっていないことだけが、唯一の安心材料だった。
「あいつら、昔以上に、タチが悪くなっているな」
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