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1 県立日輪高校
転校初日②
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下足箱から出した来客用スリッパに履き替えて廊下に出ると、左側のすぐ横に教員室の表示板が見えた。
静まり返っているのは校舎の中も同じで、人の声どころか物音一つしない。とんでもない何かに不意を突かれる予感がして、なるべくスリッパの音を立てないようそろりそろりと教員室入り口まで来た。引き戸に手を掛けてから考え直し、2回ノックして戸を開けた。
「失礼します……」
室内にいる10人ほどの男女の目が、いっせいに俺の方へ向けられた。
一番近くにいた中年の男性教師がこわばった面持ちで「おお、君が聖往学園の」と口を開いたので、俺は「あ、はい。おはようございます」と答えた。
とにかく「無人の廃校」ではなかったのでホッとした。俺の顔に見入る教師たちはどう見ても普通の人間だし、教員室内の雑然とした雰囲気も聖往学園と変わらない。
「ご苦労さんだね……。さ、校長がお待ちかねです」
男性教師が指差す先の、校長室のドアは開け放たれていた。俺が転校してきた理由は教員室に周知されているのだろう。俺は見守る教師たちに慇懃に会釈しながら校長室に入った。
レンズのやたら大きい黒縁眼鏡をかけた60歳ぐらいの男が、俺を見るなり椅子から立ち上がった。
「待ってたよ。まあ、そこへどうぞ」
男に促されて俺が応接セットのソファに座ると、彼はせわし気に応接セットの横を通り、教員室に通じるドアを閉める。続いて俺の正面に戻って腰を下ろした。年配相応にたるんだ肉付きのいい顔の肌は浅黒く、無駄に艶がいい。
「急で申し訳なかったね。ここはすぐに分かった?」
「ええ、特に問題は」
「そりゃよかった。変に山奥みたいなところにあるからね……。あ、申し遅れたが私は校長の三田村康夫だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「桜井さんはどう、元気ですか」
「はい?」
それが聖往の桜井徹学長だと気付くのに一瞬の間が必要だった。何とか思い出した俺が「あ、ええ、特に変わりは」と返事をすると、三田村校長は「そうですか」と満面の笑顔になった
「私は桜井さんの3期下でね、県教育庁の高校教育課にいた時、あの人が課長補佐だった。もう20年近くも前の話だが、あの人の下で2年働いて、随分いろいろと教えられたなあ……。教育行政に関しては何しろエキスパートだよ。もちろん高校教育に限った話じゃない。いずれ教育庁の枢要ポストに就く人だろう。私立の学長というのもいろいろ大変だろうが、今回はあの人が学長だったからこうして無理なお願いも聞いてもらえたようなものでね。ただ私としてはね……あの人がいつまでも現場に置いておかれるのもどんなもんかと」
三田村校長はいつまでもしゃべり続けそうな勢いだったが、俺は黙って聞いていた。
「要するに、あなたのとこの学長が桜井さんだったから、こうしてお願いができたってことでね。分かりますか」
「……はい」
教師から「あなた」と呼ばれたのは多分生まれて初めてだ。それはともかく、俺は話の本題がいつ始まるのか内心いらいらし始めていた。
「あの、僕も昨日急に『転校しろ』って言われたんですけど、僕がここでしなきゃいけないことって何なんでしょう?」
三田村校長は驚いた顔で「桜井さんから何も聞いてない?」と聞き返したから、俺は正直に「はい、何も」と答えた。三田村さんは「そう」とため息をついて、「とにかく、いろんなタイプがいてね」と、ようやく俺の知るべきことを話し始めた。
事例1 3年生女子(教室) 授業中、見知らぬ男子生徒が空席のはずの隣に座って、私を眺めてニヤニヤ笑っていた。私が大声を上げると姿を消した。先生が話をしているのに、休み時間のように椅子に横座りになって私の方を向いていたので、とにかく気持ち悪かった(男性教諭には何も見えていなかったという)。
事例2 2年生男子(体育館) バスケット部の練習中、ゴールポスト下に見覚えのない男が自分をブロックするように両手を上げて立っていた。日輪高校のユニフォーム姿で自分たちと同年配に見えたが、身長は170センチもなかったと思う。不審に思ってプレーを中断すると背を向け、ゴールポストの後ろに隠れるようにして消えた。コート周辺に居合わせた他の部員らは「不審者などいなかった」と言っている。
事例3 2年生女子(廊下) 6時間目が終わって下校のため教室を出てトイレの横を通った時、水道の蛇口が並んでいる洗面所の窓ガラスを雑巾で一生懸命拭いている男子がいた。掃除時間でもないし、普段そんなところを磨いたりしないのに何やってんだろうと思って辺りを見回しているうちに「彼」の姿が消えた。ワイシャツ姿で腕まくりをしていた。
「……といった具合に、教室、廊下、体育館、トイレと、とにかく場所を選ばない。見えた生徒にも精神上の問題はまったく認められない……もちろんこれは目撃時点での話だが」
「つまり、『一人』じゃないんですか」
「そう。それも(現れたのは)男女両方だ。そこであなたの考えを聞きたいんだが」
三田村さんは眼鏡の奥から上目遣いの視線を向けてきた。校長先生から「あなた」と呼ばれるのは、何となく背すじに冷たいものを感じる。
静まり返っているのは校舎の中も同じで、人の声どころか物音一つしない。とんでもない何かに不意を突かれる予感がして、なるべくスリッパの音を立てないようそろりそろりと教員室入り口まで来た。引き戸に手を掛けてから考え直し、2回ノックして戸を開けた。
「失礼します……」
室内にいる10人ほどの男女の目が、いっせいに俺の方へ向けられた。
一番近くにいた中年の男性教師がこわばった面持ちで「おお、君が聖往学園の」と口を開いたので、俺は「あ、はい。おはようございます」と答えた。
とにかく「無人の廃校」ではなかったのでホッとした。俺の顔に見入る教師たちはどう見ても普通の人間だし、教員室内の雑然とした雰囲気も聖往学園と変わらない。
「ご苦労さんだね……。さ、校長がお待ちかねです」
男性教師が指差す先の、校長室のドアは開け放たれていた。俺が転校してきた理由は教員室に周知されているのだろう。俺は見守る教師たちに慇懃に会釈しながら校長室に入った。
レンズのやたら大きい黒縁眼鏡をかけた60歳ぐらいの男が、俺を見るなり椅子から立ち上がった。
「待ってたよ。まあ、そこへどうぞ」
男に促されて俺が応接セットのソファに座ると、彼はせわし気に応接セットの横を通り、教員室に通じるドアを閉める。続いて俺の正面に戻って腰を下ろした。年配相応にたるんだ肉付きのいい顔の肌は浅黒く、無駄に艶がいい。
「急で申し訳なかったね。ここはすぐに分かった?」
「ええ、特に問題は」
「そりゃよかった。変に山奥みたいなところにあるからね……。あ、申し遅れたが私は校長の三田村康夫だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「桜井さんはどう、元気ですか」
「はい?」
それが聖往の桜井徹学長だと気付くのに一瞬の間が必要だった。何とか思い出した俺が「あ、ええ、特に変わりは」と返事をすると、三田村校長は「そうですか」と満面の笑顔になった
「私は桜井さんの3期下でね、県教育庁の高校教育課にいた時、あの人が課長補佐だった。もう20年近くも前の話だが、あの人の下で2年働いて、随分いろいろと教えられたなあ……。教育行政に関しては何しろエキスパートだよ。もちろん高校教育に限った話じゃない。いずれ教育庁の枢要ポストに就く人だろう。私立の学長というのもいろいろ大変だろうが、今回はあの人が学長だったからこうして無理なお願いも聞いてもらえたようなものでね。ただ私としてはね……あの人がいつまでも現場に置いておかれるのもどんなもんかと」
三田村校長はいつまでもしゃべり続けそうな勢いだったが、俺は黙って聞いていた。
「要するに、あなたのとこの学長が桜井さんだったから、こうしてお願いができたってことでね。分かりますか」
「……はい」
教師から「あなた」と呼ばれたのは多分生まれて初めてだ。それはともかく、俺は話の本題がいつ始まるのか内心いらいらし始めていた。
「あの、僕も昨日急に『転校しろ』って言われたんですけど、僕がここでしなきゃいけないことって何なんでしょう?」
三田村校長は驚いた顔で「桜井さんから何も聞いてない?」と聞き返したから、俺は正直に「はい、何も」と答えた。三田村さんは「そう」とため息をついて、「とにかく、いろんなタイプがいてね」と、ようやく俺の知るべきことを話し始めた。
事例1 3年生女子(教室) 授業中、見知らぬ男子生徒が空席のはずの隣に座って、私を眺めてニヤニヤ笑っていた。私が大声を上げると姿を消した。先生が話をしているのに、休み時間のように椅子に横座りになって私の方を向いていたので、とにかく気持ち悪かった(男性教諭には何も見えていなかったという)。
事例2 2年生男子(体育館) バスケット部の練習中、ゴールポスト下に見覚えのない男が自分をブロックするように両手を上げて立っていた。日輪高校のユニフォーム姿で自分たちと同年配に見えたが、身長は170センチもなかったと思う。不審に思ってプレーを中断すると背を向け、ゴールポストの後ろに隠れるようにして消えた。コート周辺に居合わせた他の部員らは「不審者などいなかった」と言っている。
事例3 2年生女子(廊下) 6時間目が終わって下校のため教室を出てトイレの横を通った時、水道の蛇口が並んでいる洗面所の窓ガラスを雑巾で一生懸命拭いている男子がいた。掃除時間でもないし、普段そんなところを磨いたりしないのに何やってんだろうと思って辺りを見回しているうちに「彼」の姿が消えた。ワイシャツ姿で腕まくりをしていた。
「……といった具合に、教室、廊下、体育館、トイレと、とにかく場所を選ばない。見えた生徒にも精神上の問題はまったく認められない……もちろんこれは目撃時点での話だが」
「つまり、『一人』じゃないんですか」
「そう。それも(現れたのは)男女両方だ。そこであなたの考えを聞きたいんだが」
三田村さんは眼鏡の奥から上目遣いの視線を向けてきた。校長先生から「あなた」と呼ばれるのは、何となく背すじに冷たいものを感じる。
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