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2 移り来たる者たち

新しいクラスメート

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 リーゼント男は俺の方に目を向けた。

「お前転校生だって? ちょっとこっち来て挨拶しろ」

 すかさず、右端の男子生徒──モヒカン頭の反対側──から「相手にすんな!」と鋭い声が飛んできた。彼の席とリーゼント男の間は机二つ分隔たっていたが、彼はそちらを振り向こうともせず、盛んに頭を振って俺に静止を促す。彼の左隣の「巫女系」美少女が眉間に皺を寄せ、顔を右に向けて不快そうに呟いた。

「なんか臭くない? カメムシが人間の言葉をしゃべってるの?」

 彼女の言いぐさに他の4人から失笑が漏れる。俺もいくらか気分が和んだ。

「無理しないで森へお帰り。聞こえた? 消えろっつってんだろうが!」

 儚げな美少女とも思えぬドスの利いた啖呵に肝を潰す暇もなく、驚いたのはその後だった。

 罵声を浴びたヤンキー生徒は凍り付いたように美少女を凝視していたが、彼の輪郭は次第にぼやけ、身体が透けていく。椅子の背もたれや後列の机が明瞭に浮かび上がって、黒々としたリーゼントの庇もたちまち光沢を失い、背景と見分けがつかなくなる。……ほんの30秒程度で、その生徒の姿は完全に宙に溶けて消えた。


 横に立っていた別所先生が「まあ、連日こんな調子なのよ」とぼやき、少し間を置いて「座光寺君どう? 君ならああいうのは慣れてるのかな」と聞いてきた。担任の期待に応えたいのはやまやまだったが、この場は新入りらしく控え目に「いえ、僕もそんなに経験を積んでるわけでもないので」と答えておいた。

 それまで黙っていた眼鏡の女生徒が「ねえ先生」と声を上げた。

「先生が高校生ぐらいの時って、ああいうファッション流行ってたんですか?」
「いや、僕らの時にはすたれてたよ。あれは昭和の『ツッパリスタイル』っていう不良の定番」
「へー、そうなんだ」

 「司令塔」君が楽しそうに別所先生の顔を見上げた。

「今の彼だって日輪ここの卒業生でしょ? 先生もここの出身だからひょっとしたら、会ったことあるんじゃないですか? カツアゲされたとか」
「ないよ!」

 苦笑いする教師に「司令塔」は「怪しいなあ」と愉快そうに首をひねってから、思い出したように俺の顔を見て「あ、ごめんね」と言った。

「というわけで、呪われた日輪高校へようこそ! 僕は2年生の西塔貢さいとうみつぐ。東西の西にタワーの塔と書いて西塔。よろしく」

 彼が中腰になって伸ばしてきた右手を、俺は握った。

「こちらこそよろしく」
「まあ、今みたいな幽霊が昼夜問わず日常的に出没して、授業を邪魔したり僕らをからかったりしてるわけだよ。それから、ここにいる僕以外の4人は3年生だから覚えといて」
「え? でもここは2年の教室ですよね」
「そりゃそうなんだが」

 西塔貢は俺にゆっくりと、言い聞かせるように続けた。

「日輪高校で今、登校してきてる生徒はここにいる5人しかいない。その5人全員がこの2年2組に集まってて、他の教室は空っぽなんだ。……じゃ先生、残り時間はホームルームでいいですね?」

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