物理的破壊で済むと思うな!

井之四花 頂

文字の大きさ
22 / 74
2 移り来たる者たち

THE GATE

しおりを挟む
 それにしても、ベランダから我々を覗いている連中の大半は今も生きていて、世界のどこかで生活を営んでいるらしい。

 自分の分身たちがここで、こんな悪ふざけに及んでいると知ったらどう思うだろう?

 いや、どう思うも何もない。彼らの立場からすれば馬鹿げた妄想であり、まともに相手をするにも値しない。

 『あそこにいるのはたちの悪いいたずらの産物で、自分とは何の関わりもない』──そうやって一蹴するのが当然だ。

 百歩譲って、仮にあれが自分の分身だとしておこう。だからといって、その行いについて責任を問うような法律がこの国に存在するか?

 そんな法律などない以上、文字通り100%自分は潔白なのだ。


 何よりも「彼ら」の行動を、自分は意図したわけではない。


 ……しかしそれは確かか?

 そんなことを考えながら凝視していると、頭の列は三々五々隣同士を見合わせてから、一斉に左側を向いて移動を始めた。

 相変わらず頭の高さは定規を押しつけたように一定で、それが左方向に流れていく様子は、ぎくしゃくした工場のラインを見るようだった。連中に足があるとしたら、全員膝立ちで這っているのか? ズポンは汚れるしストッキングは擦り切れるだろうに……。

 そして頭の列は教室の右端に後から後から湧いて出て一向に途切れない。いつまで湧いて出るのかと思っていると、顔たちは先程のリーゼント君のように次第に影が薄くなり、消失した。

 窓の先にベランダの壁しか見えなくなったのを確かめてから、「皆さんは一日中この教室で?」と誰にともなく尋ねると、元木さんが答えた。6時間目まではこの教室に教師が代わる代わる訪れ、授業をする。体育館などに移動する際には最低でも2人一組で行動し、できるだけ離れないようにしているそうだ。

「着替えとか、トイレに行く時以外はね」
「他の教室はずーっと無人のままで?」
「うーん、どう言ったらいいかな」

 元木さんは首をひねった。

「授業やってる教室もあるんだよ。ただし生徒も教師も『ゲストさん』っていうだけで」

 2年2組の5人は怨霊を「ゲストさん」と呼んだ。卒業したり別の学校に移ったり死んだりした者を「ゲスト」すなわち「客」とみなすところは、親父と同じだと思った。

「時々先生が巡回するけど、『授業中』の教室にうっかり踏み込んだりするとひどい目に遭うからいつも素通りしてる。もう教員室の手には負えないし」
「先生も大変ですね……」
「だね。だけど先生方は生活がかかってるから逃げられないよ。もちろん、学校の評判に関わるから問題を表沙汰にしたりできない。座光寺君が頼みの綱ってわけ」

 元木さんは「責任重大だよ」と付け加えた。見習いの俺が頼みの綱でいいんだろうか……。だが驚くのも嘆くのもまだ早かった。

「あ、そうだ! ものすごく大事なこと話してなかったんじゃ?」

 両手をパチンと合わせ、元木さんが眼鏡の奥の目を丸くして俺の顔を見ていた。

 元木さんと可成谷さんが説明を始めた。確かにそれは「ものすごく大事なこと」で、俺は茫然として話を聞き終えた。


 その現象が教師や生徒に知れるようになったのは、既に「ゲスト」が出没し始めていた2カ月半ほど前だった。

 基準時刻は1時間目開始の午前8時30分と、6時間目が終わる午後3時45分の一日2回。その基準時刻前後の一定時間帯以外、校内外の出入りができなくなっていたのだ。しかも、その時間帯は日を追うごとに短くなっている。

「よくあるじゃない? 校門を出たと思ったのに門の内側にいて、逆に門内に入ったはずなのに外にいるとかいう、あれ。最初の日は学校から出られなくなった生徒が何人もいて、女の子が泣き出したりで大騒ぎになってたわ」

 校門前に警察が駆け付ける騒ぎになったが、皆目事情が分からない。携帯電話などでの外部との連絡に支障はなかったので、「異世界なう」をSNSで発信する生徒もいたのだが、不思議にも騒ぎは広がらなかった。翌朝、登校する生徒や教師が難なく校門をくぐると、前夜の現象は何だったのかと関係者は一層困惑を深めた。そして日が経つうちに、▽基準時前後の一定時間だけ学校の敷地が開かれること▽その時間帯は次第に短くなっていること──が判明した。

「突き止めたのは、この私」

 誇らしげに語る可成谷さんはオカルト研究部の部長なのだという。これなら最強メンバー入りも必然だったか……などと思っていると、西塔から「今朝、登校した時は何もなかった?」と聞かれた。

 校門前で確認した時刻、そして校門周辺や校庭に誰もいなかったことを伝えると、西塔は訳知り顔で頷いた。

「今日あたりは前後20分くらいになってるよ。それより早くても遅くても校内に入れない」
「じゃあ、例えば今日午後3時45分を20分以上過ぎると……」
「校内にお泊りということになるね」

 俺の視線は思わず壁の時計へ飛んだ。ようやく午前10時になったところだった。

「しかも僕らの予想だと、この猶予時間は最終的にはゼロになる。つまりこの日輪高校は、いずれ完全に日常世界から隔離されて、閉ざされたゲストさんたちだけの世界になるわけ。今も県教委ぐるみで、情報が拡散しないように必死に抑えてる。まあ、漏れたにしろマスコミもどう扱っていいか分からないんじゃないかな」

 つまり、日輪高校は消えてしまうのか。後には、何もなくなった原野でも残るのか。それではさすがに世間で大騒ぎになるだろう。こんなとんでもない話とは夢にも思わなかった。これを全部俺に背負わせるとは、無茶振りもいいところだ。

「あと、君が校門を通った時にひと気が絶えていたのは、『ゲート』が開いている間だけゲストは姿を消すからだよ。だから下校時は注意した方がいい。ゲートが開く前にゲストに捕まって閉鎖まで足止めを食うと、学校から出られなくなるから」

 元木さんが「怖い?」と、からかうような上目遣いを向けてきた。ムキになって否定するのも癪だったので、俺は冗談めかして「怖いですねえ」と肩をすくめて見せるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/24:『うるさいりんじん』の章を追加。2026/1/31の朝頃より公開開始予定。 2026/1/23:『でんとう』の章を追加。2026/1/30の朝頃より公開開始予定。 2026/1/22:『たんじょうび』の章を追加。2026/1/29の朝頃より公開開始予定。 2026/1/21:『てがた』の章を追加。2026/1/28の朝頃より公開開始予定。 2026/1/20:『ものおと』の章を追加。2026/1/27の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/19:『みずのおと』の章を追加。2026/1/26の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/18:『あまなつ』の章を追加。2026/1/25の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...