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3 殲滅
篝火
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美少女の眼前にすべてをさらけ出し、考えつく限りの言葉によって嬲りものにされる禁断の快楽を、誰に教わるでもなく齢16歳にして知ってしまった自分の行く末を案ずるより先に、俺は午後9時に開始する一大イベントの準備を始めなければならなかった。
放課後のゲート閉鎖前に直近のコンビニで買った牛丼弁当とおにぎり3個で腹ごしらえをし、最重要儀式の身なりを整えた。松田美根子さんの時に使った退霊装束を身に着けてから袈裟を掛け、頭には修験者が用いる頭巾の代わりに中折れ烏帽子を載せる。足には白足袋を履いた。身支度が済んだ時には午後7時半を回っていた。
儀式に使う諸道具を校舎の玄関に運び出してから、バックネット裏のスタンド照明を点灯させた。野球のピッチャーが立つマウンドから校庭の真ん中あたりまでが真昼のように明るくなり、ちょっとしたライブ会場といった雰囲気が演出されたので、俺は大いに気を良くした。
まさに、滅霊師座光寺信光の晴れ舞台。もっとも、準備が整ったら照明は消さなくてはいけないが。
照明の下で、俺はライン引きを使って八葉蓮華の魔法陣を校庭に描いていった。直径10メートル以上になる巨大なものだ。蓮の花びらの一枚一枚が滅霊師の張りめぐらす結界となり、霊を取り込む罠になる。後は俺と如鬼神が、それぞれの単位結界に捕らえた霊を滅していくのだ。
八葉の形に白線を引き終えると、校舎の屋上に上がって出来栄えを確認した。いくらか歪んではいたが、線の並びさえ間違っていなければ問題はない。
描き終えた魔法陣の中央には、各辺が東西南北に面した4尺四方になるように榊を4本立て、紙垂を結んだ注連縄を渡して方陣の形を作る。続いて、方陣の東側と西側それぞれ約3メートルの位置に深さ30センチ程度の穴を掘り、交差させた3本の鉄棒に籠を載せた篝火台の脚部を埋め、風で倒れぬようしっかり固定する。これが結構骨の折れる作業だった。脚部の安定を確かめた上で薪を籠に入れ、固形燃料を使って火を投じた。
準備がすべて整ったところで、スタンドの照明を消した。
念には念を入れ、校門までの坂の途中には車止めを置いた。校舎の窓に灯りはなく、篝火だけが魔法陣の周囲を照らしている。静寂の中、薪の爆ぜる鋭い音が時折周囲に響き渡る。
宝剣その他の道具を携え、注連縄をくぐって方陣の中へ入った。諸道具を傍らに置き蓮華座を組んで座る。北側を向いた俺の正面に、篝火の余光を受けた「朝礼台」が幻のように浮かんでいる。目を閉じると、その構造物のおぼろな残像がしばらく瞼の裏で揺れていた。
俺は印を結んで、摩利支天の真言を唱えるところから儀式に入った。
オムマリシエイソワカ
謹みて願い上げ奉る
彼方此方に彷徨える
数多の罪多き者ども
何とぞお救い参らせたまえ
濁世に浮かばれる機縁無く
泥濘に沈み怨み千載に重なりし衆生なれば
御法力にて助け参らせたまえ
・・・・・・・・・・・・
詠唱を重ねること十数分。玄妙な呪の響きを媒介として、魔法陣の内側に俺の「氣」が満ちていく。
この「氣」こそ、座光寺の血脈によって遠い昔より伝えられてきたものだ。俺はそのことを、俺自身の血を通じて知った。良からぬ念は、この「氣」によって張り巡らされた結界の坩堝の中で焼かれ、清浄な灰となって、最後には消え去る。真言も仏法の経文も、座光寺の五体より「氣」を生じさせるための呪文なのだ。
「『我らの行いは神仏の意に適う』これを一つの宗旨にするのも、結果的には座光寺が千年近い歳月を生き延びるための方便と言えば方便だった」──親父が俺にそう教えたのは、つい最近だった。
魔法陣の内側に高まる「氣」は、五大(地・水・火・風・空)に潜む霊気を刺激する。冷たい風が頬を撫で、魔法陣に何かが近づきつつある気配を運んできた。
詠唱を中断し、瞼を開いた。
朝礼台の上に何かがいる。
放課後のゲート閉鎖前に直近のコンビニで買った牛丼弁当とおにぎり3個で腹ごしらえをし、最重要儀式の身なりを整えた。松田美根子さんの時に使った退霊装束を身に着けてから袈裟を掛け、頭には修験者が用いる頭巾の代わりに中折れ烏帽子を載せる。足には白足袋を履いた。身支度が済んだ時には午後7時半を回っていた。
儀式に使う諸道具を校舎の玄関に運び出してから、バックネット裏のスタンド照明を点灯させた。野球のピッチャーが立つマウンドから校庭の真ん中あたりまでが真昼のように明るくなり、ちょっとしたライブ会場といった雰囲気が演出されたので、俺は大いに気を良くした。
まさに、滅霊師座光寺信光の晴れ舞台。もっとも、準備が整ったら照明は消さなくてはいけないが。
照明の下で、俺はライン引きを使って八葉蓮華の魔法陣を校庭に描いていった。直径10メートル以上になる巨大なものだ。蓮の花びらの一枚一枚が滅霊師の張りめぐらす結界となり、霊を取り込む罠になる。後は俺と如鬼神が、それぞれの単位結界に捕らえた霊を滅していくのだ。
八葉の形に白線を引き終えると、校舎の屋上に上がって出来栄えを確認した。いくらか歪んではいたが、線の並びさえ間違っていなければ問題はない。
描き終えた魔法陣の中央には、各辺が東西南北に面した4尺四方になるように榊を4本立て、紙垂を結んだ注連縄を渡して方陣の形を作る。続いて、方陣の東側と西側それぞれ約3メートルの位置に深さ30センチ程度の穴を掘り、交差させた3本の鉄棒に籠を載せた篝火台の脚部を埋め、風で倒れぬようしっかり固定する。これが結構骨の折れる作業だった。脚部の安定を確かめた上で薪を籠に入れ、固形燃料を使って火を投じた。
準備がすべて整ったところで、スタンドの照明を消した。
念には念を入れ、校門までの坂の途中には車止めを置いた。校舎の窓に灯りはなく、篝火だけが魔法陣の周囲を照らしている。静寂の中、薪の爆ぜる鋭い音が時折周囲に響き渡る。
宝剣その他の道具を携え、注連縄をくぐって方陣の中へ入った。諸道具を傍らに置き蓮華座を組んで座る。北側を向いた俺の正面に、篝火の余光を受けた「朝礼台」が幻のように浮かんでいる。目を閉じると、その構造物のおぼろな残像がしばらく瞼の裏で揺れていた。
俺は印を結んで、摩利支天の真言を唱えるところから儀式に入った。
オムマリシエイソワカ
謹みて願い上げ奉る
彼方此方に彷徨える
数多の罪多き者ども
何とぞお救い参らせたまえ
濁世に浮かばれる機縁無く
泥濘に沈み怨み千載に重なりし衆生なれば
御法力にて助け参らせたまえ
・・・・・・・・・・・・
詠唱を重ねること十数分。玄妙な呪の響きを媒介として、魔法陣の内側に俺の「氣」が満ちていく。
この「氣」こそ、座光寺の血脈によって遠い昔より伝えられてきたものだ。俺はそのことを、俺自身の血を通じて知った。良からぬ念は、この「氣」によって張り巡らされた結界の坩堝の中で焼かれ、清浄な灰となって、最後には消え去る。真言も仏法の経文も、座光寺の五体より「氣」を生じさせるための呪文なのだ。
「『我らの行いは神仏の意に適う』これを一つの宗旨にするのも、結果的には座光寺が千年近い歳月を生き延びるための方便と言えば方便だった」──親父が俺にそう教えたのは、つい最近だった。
魔法陣の内側に高まる「氣」は、五大(地・水・火・風・空)に潜む霊気を刺激する。冷たい風が頬を撫で、魔法陣に何かが近づきつつある気配を運んできた。
詠唱を中断し、瞼を開いた。
朝礼台の上に何かがいる。
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