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3 殲滅

釣霊台

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 生徒ではなく、白い体操帽をかぶったジャージ姿の中年男性。男は朝礼台の上に背筋を伸ばして立ち、俺の顔を無表情に見据えている。

 よく来たな。あなたが立っているその場所は、滅霊師が霊を釣り上げるための「釣霊台チョウレイダイ」だ。今に思い知るだろう。

 男の口が大きく広げられ、その年配にしては不自然に甲高い声を張り上げた。

「しゅうごぉーーーー!」

 集合?

 続いて校舎の方向から、無数の男女の声が津波のように「しゅうごぉーーーー!」と唱和した。やがて東西の校舎の端から、体操着姿の男女生徒が無数に湧き出し、奔流となって校庭へ、俺のいる方向へと殺到してきた。

 皆、全力疾走しながら口々にしゅうごぉー、と絶叫していた。

 優に5百人はいると思われる生徒は、男子は紺色のトレーナーに白の短パン、女子は白の体操着にブルマといういでたちだ。女子高生にブルマ! 俺の個人的見解では羞恥プレイでもない限り言語道断と思うが、聖往の生徒会長、水際佳恵様だったらさだめし学校独自の文化的多様性ダイバーシティとして許容されるべきだとおっしゃるかもしれない。しかし多様性以前に、生徒の人権にかかわる問題のような気もする。

 やがて生徒は男女に分かれ、魔法陣の外に十列ほどの縦隊となって整列した。男は魔法陣の右すなわち東側、女は西側に、北を向いて整列している。

 首と右腕の付いている位置が逆だったり片脚が短かったりと畸形を抱えている者もいるが、上空から俯瞰すれば見事な左右対称の形が見えるだろう。そしてもはや誰一人叫んだりしない。朝礼台の上で直立不動の指導役教師が丸く口を開け、再び絶叫した。

「にちりん、すすめぇーぇぇぇぇ!」

 男女の隊列からそれぞれ一人が進み出た。二人とも体格・風貌ともに、母集団の中では抜きん出て秀麗で、俺の位置から見える限りではどこにも欠損や畸形はなく、完全無欠だ。この男女代表者は集団の先頭で右手を掲げ、下ろしたかと思うと、男は女の、女は男の集団へ向かって駆け出した。全力疾走で魔法陣と朝礼台の間を横切り、異性の集団の正面に向き合って「気を付け」の姿勢を取る。

 男子集団の前に立てば、女子代表者の凛とした美しさが一層際立つ。こういう麗しい女子に率いられるなら、どんな地獄へもついて行こうと思わせるだけのオーラを放っている……まあ、思春期の疾風怒濤に翻弄される男子とはえてしてそういうものだ。男女別の集団はそれぞれ直立不動を維持していた。

 やがて男女の代表者はそれぞれ回れ右をし、異性の集団に背を向けた。再び右手を上げて弓なりにのけぞったかと思うと、喉も裂けよとばかりに絶叫した。

「にちりん、ぜんしぃぃぃ──ん!」

 先頭に立つ二人の動きに合わせ、二つの集団は整然と行進を始めた。

 男子の集団を女子が、女子の集団を男子が率いるという発想がどこから来たのか。そんなのは知る由もないが、まっすぐ伸ばした両腕を大きく180度振り動かし、両膝を直角になるまで上げ、一糸乱れぬ靴音を響かせながら、それぞれの一列縦隊は魔法陣の外周に沿って延びていく。男子は朝礼台側、女子はその反対側に列を進ませ、時計の反対回りに行進しつつウロボロスの蛇のように互いの最後尾を追っていく。

 円環が一つ完成すると隊列は途切れる。そして次の先頭者に率いられてその外側に新たな円環を形成する。こうして輪は二重、三重と連なっていき、魔法陣の周囲に蟻の這い出る隙間もない包囲網を形成しようとするかのようだった。

 一つ一つの輪が閉じられても、霊たちは足を止めることなく魔法陣の周囲を回り続けた。

 全員が魔法陣を取り巻いたところで、行進を続ける生徒の顔が一斉に魔法陣の中央、つまり俺の方を向いた。続いて全員の左手が直角に上げられ、人差し指が俺に向けられる。

 俺を見据え、「こいつが敵だ!」とばかりに人差し指を突き付けて、時計の反対回りに回転を続ける無数の顔。どの顔も皆、目が血走って怒りに燃えている。完成しつつある自分たちの楽園を脅かそうとする者への敵意か。転校生もどきの俺を的にするのは逆恨みもいいところだ。そうはさせねえ……おっと。

 無駄にカッカせず冷静に行こう。さて。ざっと数えて5、6百人程度だが、これで全部なのかどうか……。


 ともかく、ここらが頃合いだと判断し、俺は懐から2枚の神符を取り出した。

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