王子は庶民を気に入っているらしい

浅田賢

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第五話 式典の日

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式典の日の王宮は、朝から騒がしい。

普段は静かな外縁まで人の声が届き、廊下には花や布が運び込まれる。
雑務係も例外ではなく、準備のために早くから動かされていた。

床の最終確認。
観覧席用の簡易椅子の配置。
使い終えた道具の回収場所の指定。

「終わったら、式典を見ていいそうよ」

ミーナが、どこか浮き立った声で言った。

「見に行く人、結構いるみたい」

「そう」

「珍しいでしょ。王子様も出るし」

式典は、王宮の中央広場で行われる。
貴族だけでなく、使用人や兵士にも公開される形式だ。

準備が一段落し、雑務係たちはまとめて広場の端へ向かった。
観覧席とはいえ、使用人用の区画はきちんと決められている。

リリナは人の流れから少し外れた位置に立った。
仕事の延長で見ているだけだ。そういう立ち位置。

鐘が鳴り、ざわめきが静まる。

やがて、王族が入場する。

王子アレクは、先頭に近い位置にいた。
いつもの執務室で見る姿とは違う。
整えられた衣装、硬い表情、揺るぎない足取り。

視線が集まり、空気が張りつめる。

隣で、誰かが小さく息をのんだ。

演説が始まる。
難しい言葉が続くが、内容よりも、王子の立ち姿が印象に残る。

一言一言、はっきりと。
誰にでも届くように、しかし感情は抑えられている。

「……以上です」

短く締めくくられ、拍手が広がる。

王子は一礼し、壇上を下りた。

「やっぱり、素敵よね」

ミーナが、少し興奮した様子で言う。

王子のことだ。
整った輪郭と、通った鼻筋。

王宮では王子のファンクラブがあるくらいだ。
私には関係のないことだが。

合図とともに、式典は滞りなく終わり、人々はゆっくりと散っていく。

雑務係は、最後に残った椅子を片付け、布を畳む。
式典が終わっても、仕事は続く。

リリナは布を抱えながら、もう一度だけ広場を振り返った。

王子の姿は、もうなかった。

華やかな場の余韻だけが残り、
王宮は、再びいつもの音に戻っていく。

それでいい。

式典も、王子も、王宮も、
雑務係にとっては、仕事の一部でしかない。

リリナはそう考えながら、外縁へと戻っていった。
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