スラム育ちの英雄譚

美山 鳥

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第13章 龍滅の戦神②

13―7 レフィンとミリーナの逃走⑤

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 振り向いたレフィンの紫の瞳が、ゲゲルに強引に手を引かれ、壁際へと連れて行かれるミリーナの姿を映す。

 (くそ! やはりあの男もギゼムの仲間か!!)

 レフィンは雇う相手を間違えたと奥歯を噛む。

 「ゲゲル、貴様ぁぁ!!」

 レフィンが怒声をあげる。

 「うるせぇよ。こっちにもいろいろあるもんでね」

 ゲゲルは懐剣をミリーナの喉元に添える。

 「お? なんだなんだ? もしかして、仲間割れか?」

 デュージャが興味津々といった様子で薄ら笑いを浮かべた。

 (……こいつら、仲間というわけでもないのか?)

 レフィンは状況が把握できず、デュージャとゲゲルを交互に見やる。

 「猛獣使いビーストマスターさんよ、ちっとの間でいいからおとなしくしててくれねぇかい?」

 ゲゲルはデュージャに視線を送り、交渉を持ちかける。

 「これはおもしろそうだ。どのみち、女を人質に取られない状態じゃレフィンに逃げるすべはないだろう」

 見世物でも見るかのようにデュージャは見物人を決め込む。

 「そういうこった。レフィンさんよぉ、その物騒な得物をしまってからゆっくりとこっちへ歩いてこい」

 デュージャと話をつけたゲゲルが視線をレフィンへと戻す。

 「くっ、ゲスどもが!」

 毒づきつつもミリーナを人質にされては手も足も出ず、レフィンはゲゲルの指示に従うしかない。

 「よぉし、お次はそこの壁際まで移動してもらおうか?」

 ゲゲルは歩み寄ってきたレフィンを側壁の近くへと誘導する。

 「なにがしたい?」

 デュージャが怪訝な表情で訊く。

 「それは見てのお楽しみってところだ」

 レフィンが指定の場所まで移動したのを確認し、ゲゲルは今度はミリーナに指示を出す。

 「おまえさんはこいつを持ってな」

 言いながら一冊の本を強引に手渡すゲゲル。

 だれもがゲゲルの行動の真意を知れずにいた。

 「さぁて、お立ち会い! これから状況が動く……ぜ!!」

 準備は整ったとばかりにゲゲルが傍の床をおもいきり踏みつけた。

 ガコンッ

 なにかの音がした瞬間、レフィンの近くの壁に細い隠し通路が現れる。そのタイミングで、ゲゲルはミリーナをレフィンの元へと押しやる。

 「行け! その抜け道からならギゼムの野郎にバレずにベルストラインから逃げられるはずだ!」

 ゲゲルの予期せぬ行動に全員の思考が一瞬停止する。が、いち早くレフィンがミリーナの手引いて隠し通路に飛び込む。

 「ちぃ!!」

 デュージャは若干遅れて後を追うが、ゲゲルが床から足を離したことで、隠し通路は再び壁に閉ざされた。

 「貴様!!」

 デュージャが憎悪の視線をゲゲルに突き刺す。

 「ゲヘヘヘヘヘヘ! ざまぁみろ。俺の娘はなぁ! ギゼムの野郎に弄ばれた挙句に殺されちまったんだ!! 腹立たしいが、俺じゃ、どう頑張ったところでギゼムに一矢報いることすらできねぇ! だからこそ、あいつらに俺の復讐を押し付けることにしたのさ!」

 ゲゲルは勝ち誇ったように口角を上げる。

 「ふん! こんなことしたところで、てめぇを秒殺して追えばすむことだ!」

 デュージャはグレーターベアと共に殺気立つ。

 「そいつはどうかな? あの通路の幅からいってグレーターベアは通れないだろ? くわえて、あんた自身はA級って話だ。となれば、S級のレフィンの後を単独では追わないほうがいいんじゃないか? かといって、応援を呼ぶにもここから地上に戻るころには手遅れになってるだろうぜ!」

 ゲゲルは、少しもひるむことなく、追跡の失敗を宣言した。

 「……てめぇ!……楽に死ねると思うなよぉ!!!」

 激怒したデュージャの声が響き、続いてグレーターベアの咆哮が轟く。直後、ゲゲルの絶叫が地下水路に響いた。
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