スラム育ちの英雄譚

美山 鳥

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第3章 5年後のレバルフ

3―8  考え方の相違

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 ルートンが見守るなか、エルフェリオンとアルナが激しく視線をぶつけ合う。

 「どういうつもりだ?」
 「それはこっちのセリフよ! どうして、こんな簡単に人を殺せるの!?」

 静かな口調で訊いたエルフェリオンとは対照的にアルナが語気を鋭く返す。

 「あぁ? おまえ、なんか勘違いしてんじゃねぇか? 俺は英雄でも勇者でも正義の味方でも、まして聖人君子なんかじゃねぇ。べつに殺しが好きなわけじゃねぇが、降りかかる火の粉なら容赦なく払う。それの何が悪いってんだ?」
 「あんたの実力なら殺さなくても撃退することはできたでしょ!? それなのに、どうして!?」

 目の前で多くの人の命が散っていったことに強いショックと止めることができなかった悔しさから涙を浮かべるアルナ。そんな彼女の態度にエルフェリオンは「はぁ……」とため息を吐く。

 「殺される覚悟もねぇやつが殺しにくるんじゃねぇよって話さ。おまえがあめぇ考えを持つのは勝手だが、それを俺に押し付けるなよ」

 アルナは反省も後悔も皆無のエルフェリオンを睨みつけ、再び手を上げる。だが、エルフェリオンはその腕をつかむ。

 「いいかげんにしろ。それじゃ訊くが、おまえは邪龍の迷宮の最下層までどうやってきた?」
 「……なにが言いたいのよ!?」

 エルフェリオンの言葉の意味が理解できず、怪訝な表情をみせるアルナ。

 「最下層まで到達するまでにモンスターに遭遇しなかったのか?」

 真顔で訊いてくるエルフェリオンの意図に気付き、アルナは押し黙る。

 「俺の言いたいことがわかったみてぇだな。おまえは襲いかかってきたモンスターを殺しながら最下層にたどり着いたんだろ? だがな、迷宮にうろついていたモンスターやつらにとっちゃ、おまえのほうが侵入者だったんじゃねぇか? 自分たちの縄張りを勝手に踏み荒らしてきた侵入者やつを撃退しようとしてただけのやつらをおまえは殺したんじゃねぇのかよ?」
 「……それは……でも、モンスターは大気中に充満してる魔力が意思と形を持っただけで、生命体じゃないわ!」

 アルナは懸命に反論する。

 「たしかにな。けど、おまえが言ったようにモンスターにも意思はある。それを一方的に蹂躙じゅうりんする権利がおまえにはあるのか? それがおまえの考え方なのか? だとすれば、とんでもなく傲慢ごうまんだな」
 「……だったら……だったら、あなたはどうなのよ!? あなただってモンスターを倒して邪龍の迷宮の最下層まで到達したんでしょ!? それならあたしと同じじゃない! それとも、あなたは特別だとでも!?」
 「やれやれ。なにを言い出すかと思えばそれかよ。俺が特別なわけねぇだろうが。けどな、俺は戦うからには自分が殺される覚悟は決めてるぜ。たとえ殺されたとしても相手を恨むつもりはねぇし、だれかに仇討ちをしてほしいとも望まねぇ。純粋に命のやり取りをしているだけだ。それが善なのか悪なのかは関係も興味もねぇよ」

 キッパリと言い切るエルフェリオン。それに対して、アルナは論破されて口ごもる。その背後からルートンが近付く。

 「スラム街……少なくともレバルフのスラムは基本的に弱肉強食が掟なんだ。力を持たねぇやつは奪われるばかりさ。裏切られることなんざよくある。上のやつらからはゴミや虫けらを見るような目で見下ろされながな。オレやエルフェリオン、それにゼイナスはそんな過酷な状況下で日々の生活を生き抜いてきたんだ。見た感じだが、あんたはそんな状況で……」
 「もぅいい!! あなたたちの考えがよくわかったわ! だったら、殺し合いでもなんでも勝手して死んじゃえばいいじゃない!!!」

 涙ながらに叫び、どこへともなく駆け出すアルナ。

 「あっ、おい!……いいのか、エルフェリオン?」

 その背中を黙って見送っているエルフェリオンにルートンが声をかける。

 「ほっとけよ。アルナがどんな考えをもって、どこでなにをしようが関係ねぇ。んなことより、俺はもう寝るからベッドを借りるぞ。なにかあれば起こせよ」

 ヒラヒラと片手を振りながらボロ小屋の中へと消えていく青髪の青年。

 「やれやれ、困ったやつらだ……」

 ルートンは肩をすくめ、そのあとに続くのだった。
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