スラム育ちの英雄譚

美山 鳥

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第8章 龍滅の戦神①

8―8 決死の敗走

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 ギゼム邸の花園を飛び出したレフィンは自らにヒールをかけながら疾走する。

 (……ルガーダさん!……)

 波のように押し寄せてくる無力感と罪悪感にさいなまれつつも今は足を止めるわけにはいかなかった。

 「おやおや、そんなに慌ててどうなさいましたか?」

 先を急ぐレフィンの行く先に執事服に身を包んだ若い男が立ちはだかり、腰の長剣を鞘からスラリと引き抜く。レフィンがどういった状況に立たされているかを理解しているのは容易にわかる。

 「そこを退いてもらおうか。悪いが手加減はしてやれないぞ?」

 バスタードソードと大盾を構え、臨戦態勢をとったレフィンが執事服の男を睨む。

 「ギゼム様に逆らうような輩を取り逃がしたとあっては、わたくしたちが罰せられてしまいます。なので、申し訳ありませんが、おとなしくしていただきたく……」
 「断る!」

 執事服の男が言い終わるよりも早く、レフィンが斬り掛かる。

 キンッ

 長剣とバスタードソードの刃が交差して火花を散らす。

 「随分とせっかちな方ですね。それに、さすがはS級といったところでしょうか。万全の状態であれば、わたくしよりも強いのは確かです。が、今のあなたは手負いです。しかも、こちらには……」

 そこまで言うと、執事服の男は一瞬だけ後方へと視線を流す。

 (くそ、新手か!)

 レフィンは顔をしかめる。執事服の男の背後の廊下の向こう側からメイドが二人現れた。どちらもショートカットだが、ひとりは赤い瞳と赤髪の鞭使い、もうひとりは青い瞳と青髪の弓使いである。

 「S級冒険者とはいえ、手負いのうえにA級ひとりとB級ふたりを同時に相手するのは厳しいのでは!?」

 執事服の男が長剣を振り抜くタイミングに合わせ、レフィンは自ら飛び退く。それからバスタードソードの切先を三人の敵に向けた。

 「エア・ガトリング!!」

 魔力によって圧縮された空気弾が乱射され、廊下の壁や窓ガラス、調度品を破壊していく。

 「そんなに暴れられては困ります!」

 撃ちまくられる空気弾の間を縫うように間合いを詰めてきた執事風の男が長剣に闘気をまとわせる。

 「闘気戦術・連舞!」

 闘気を帯びた長剣が空中に幾筋もの軌跡を描く。レフィンは、それを大盾とバスタードソードで受け流す。

 ビュッ

 青髪のメイドが射た矢をレフィンは間一髪のところでかわす。

 ヒュヒュンッ

 機敏な動きでレフィンの背後に回り込んだ赤髪のメイドが鞭を連続で振りかざす。素早くバックステップで回避したレフィンはバスタードソードに闘気をまとわせる。

 「闘気戦術・飛閃!!」

 闘気をまとったバスタードソードを振り抜き、斬撃波を飛ばす。

 「あぐっ!」

 回避行動が間に合わなかった赤髪のメイドに飛閃が直撃する。短く声をあげて吹っ飛ばされた赤髪メイドは、それでも空中で体勢を立て直して廊下に着地する。

 パリィィィィンッ

 執事風の男と二人のメイドが怯んだ一瞬の隙をついたレフィンが、廊下の窓ガラスを突き破って外へと飛び出す。

 「しまった!」

 執事風の男が慌てて後を追い、その後ろから赤髪メイドが続く。

 「逃がすものか!!」

 青髪メイドが廊下から弓矢を構えてレフィンに狙いを定めて射る。

 ドスッ

 放たれた矢がレフィンの背中を捉えるかと思われた瞬間、横っ跳びに回避した。地面に刺さった矢を視界の端にとらえながら、レフィンが振り返りざまにバスタードソードを閃かせた。

 シュッ

 レフィンの間近まで迫っていた執事風の男だったが、予期せぬ反撃に対応できず右足の太ももを斬られる。

 「うぐっ!」

 痛みに表情をゆがませて片ひざをついた執事風の男を追い越し、今度は赤髪メイドが鞭をふるった。

 ビシビシッ

 赤髪メイドの鞭がレフィンの大盾を叩く。

 「ちっ!」

 赤髪メイドは舌打ちをして、鞭を構え直す。


 「エア・ガトリング!」

 レフィンが差し向けたバスタードソードの切先から圧縮された空気弾が連射された。

 「うぁぁぁぁ!」
 「きゃぁぁぁ!!」

 執事風の男と赤髪メイドは無数の空気弾をくらって後方へと弾き飛ばされる。

 「くそが!!」

 廊下では次の矢をつがえた赤髪メイドが焦りながらも再び狙いを定める。

 ヒュンッ……ガンッ

 射られた矢は大盾によって弾かれる。

 「闘気戦術・飛閃!」

 レフィンが反撃に放った斬撃波は一直線に赤髪メイドへと向かって飛んでいく。

 ドォンッ

 赤髪メイドは咄嗟に廊下の壁に身を隠して回避する。

 ドンッ

 飛閃をやり過ごした赤髪メイドが壁から飛び出して再度矢をつがえる。だが、レフィンはすでに射程距離外へと移動していた。悔しさと怒りで廊下の壁を殴りつける赤髪メイドだったが、それ以上のなにかをすることはできなかった。

 「ちくしょう!!」

 執事風の男も立ち上がったころにはレフィンとの距離は決定的なまでに引き離されており、地面を叩くほかなかった。

 「……そ、そんな……このままじゃ、あたしたちはギゼム様に……」

 絶望感に打ちひしがれた表情の青髪メイドがペタリと地面に座り込んだ。
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