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第6章 スターウォーズ
トレイサー
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「見ろ、エイメ、アスタロウ」
慎重に。相手は俺達よりも膂力も闘争心も上の生き物だ。
俺達が三人で森にリキシの痕跡を見つけるために入って三日目。とうとうそれを見つけることができた。
地面には二本の線がスキーのシュプールのように真っ直ぐ続いている。だが綺麗な一本の線ではなく、数十センチおきに人間の足跡のような形に足跡が重なっている。
「これはいったいなんじゃ?」
ヨルダ師匠は健康面での不安があるため里に置いてきた。
「リキシの『すり足』の跡だ」
アスタロウの質問に答える。大きな石のない平坦な森の中のけものみち。草がむしれ、土が露出し、その上に真新しいすり足の跡。
「すり足の跡があるということは、この近くにリキシが生息してるということだ」
「リキシの足跡っていうことスか?」
「足跡とは少し違う。リキシの足腰の稽古のために行う歩法だ」
「稽古? 野生動物が稽古するんスか?」
「リキシとは、そういう生き物だ。それよりも、リキシは自分のナワバリで稽古を行う。ここはすでにリキシのナワバリだってことだ」
むう、とアスタロウが唸って辺りを見回す。ここは危険領域の可能性があるということだ。恐怖を感じるのも仕方ない。
彼に倣って俺も周囲を見回す。ここがナワバリなら、他にも何か痕跡があるはずだ。しばらく周囲を見回して、少し歩くと、奇妙な大木を見つけた。
腰よりも少し高いくらいの皮が、二カ所剝げている。
「これは、リキシのナワバリを示す印ッスかね? 熊とかはこんなのやるって聞いたことあるスけど」
当たらずも遠からずと言ったところだろう。木がこうなる理由について、俺には心当たりがある。
「リキシは、丈夫な柱を見つけると『テッポウ』という行動をとる習性がある」
「テッポウ?」
アスタロウとエイメが疑問符を浮かべる。そもそもこの世界には「鉄砲」がないからな。ピンと来ないかもしれない。
俺は少し足幅のスタンスを大きくとって腰を落とし、両手を木の肌に重ねた。そのままドシドシと交互に掌底で木の幹を押す。
「これがテッポウ……なんだが……」
説明するためにテッポウの姿勢を見せてみたんだが、意外な発見というか、目で見て、口で説明するだけだと分からないことが、実際に行ってみると分かること、というものがある。
「なんか、やりにくそッスね」
そうなんだ。彼女の言う通り、木の幹は太くて安定しているんだが、これだけ太い木になると根っこの方も相当強く張っており、足場が安定しない。
このテッポウの跡をつけたリキシは、こんなやりづらい環境で稽古をしているのか。
ふと思い立って、靴を履いたままではあるが、俺はすり足をさっきの場所でやってみた。
「それがすり足ッスか。そんなに腰を深く落とすんスね」
俺は体が固いし、リキシに比べれば足腰も弱いので形は不十分だろうが、それでも日常取る姿勢からはかけ離れた腰の深さ。どっしりと重心を下げて安定した姿勢。しかし、すり足の跡のついているところは土が露出しているのでやりやすいが少し外れると雑草で滑ってやりづらい。
そもそもが柔らかい腐葉土の上ではこの稽古は向いていないんじゃないだろうか。
「それにしても、これだけ騒いでいてもリキシが出てくる気配はないのう」
考えをまとめているとアスタロウが呟いた。
言われてみればその通りだ。もしかすると、群れで生活しているということは、本来他の生物への警戒心は強いのかもしれない。
森の中、ひとり、考える。
「なんか分かったんスか、師匠?」
「ちょっと森の中は冷えるのう。そろそろ帰らんか? 勇者よ」
雑音をシャットアウトして深く思考の澱を重ねる。
俺はリキシだ。
強くなるために相撲部屋に入った新弟子だ。
今俺に必要なものはなんだ? 何が必要で、どんな行動をとる?
ゆっくりと目を開く。
木の葉の間から見えてくる柔らかな光が、俺を祝福している気がした。なんとなくだが、見えてきたぞ。
「リキシを誘き出すための罠を作る。一旦村に戻るぞ」
――――――――――――――――
俺は村に戻って以前に話を聞いた里長のカルモンドさんに話をした。リキシを誘き出すための罠を作り、そこで全ての決着をつけると。
罠はかなり大掛かりな制作物になり、作るのにはかなり時間がかかる。しかしそれは決して無駄な投資にはならないはずだ。
それはただ単に害獣を駆除するものではない。ヨルダ師匠の言っていた「スターウォーズ」を実現するための「戦い」だ。全てに向き合い、そして全てを丸く収める。
それが実現すればここ最近悩まされているリキシのスタンピード問題の根源的な解決になるはず。
俺の、勇者としての資質が試される戦いになるはずだ。
慎重に。相手は俺達よりも膂力も闘争心も上の生き物だ。
俺達が三人で森にリキシの痕跡を見つけるために入って三日目。とうとうそれを見つけることができた。
地面には二本の線がスキーのシュプールのように真っ直ぐ続いている。だが綺麗な一本の線ではなく、数十センチおきに人間の足跡のような形に足跡が重なっている。
「これはいったいなんじゃ?」
ヨルダ師匠は健康面での不安があるため里に置いてきた。
「リキシの『すり足』の跡だ」
アスタロウの質問に答える。大きな石のない平坦な森の中のけものみち。草がむしれ、土が露出し、その上に真新しいすり足の跡。
「すり足の跡があるということは、この近くにリキシが生息してるということだ」
「リキシの足跡っていうことスか?」
「足跡とは少し違う。リキシの足腰の稽古のために行う歩法だ」
「稽古? 野生動物が稽古するんスか?」
「リキシとは、そういう生き物だ。それよりも、リキシは自分のナワバリで稽古を行う。ここはすでにリキシのナワバリだってことだ」
むう、とアスタロウが唸って辺りを見回す。ここは危険領域の可能性があるということだ。恐怖を感じるのも仕方ない。
彼に倣って俺も周囲を見回す。ここがナワバリなら、他にも何か痕跡があるはずだ。しばらく周囲を見回して、少し歩くと、奇妙な大木を見つけた。
腰よりも少し高いくらいの皮が、二カ所剝げている。
「これは、リキシのナワバリを示す印ッスかね? 熊とかはこんなのやるって聞いたことあるスけど」
当たらずも遠からずと言ったところだろう。木がこうなる理由について、俺には心当たりがある。
「リキシは、丈夫な柱を見つけると『テッポウ』という行動をとる習性がある」
「テッポウ?」
アスタロウとエイメが疑問符を浮かべる。そもそもこの世界には「鉄砲」がないからな。ピンと来ないかもしれない。
俺は少し足幅のスタンスを大きくとって腰を落とし、両手を木の肌に重ねた。そのままドシドシと交互に掌底で木の幹を押す。
「これがテッポウ……なんだが……」
説明するためにテッポウの姿勢を見せてみたんだが、意外な発見というか、目で見て、口で説明するだけだと分からないことが、実際に行ってみると分かること、というものがある。
「なんか、やりにくそッスね」
そうなんだ。彼女の言う通り、木の幹は太くて安定しているんだが、これだけ太い木になると根っこの方も相当強く張っており、足場が安定しない。
このテッポウの跡をつけたリキシは、こんなやりづらい環境で稽古をしているのか。
ふと思い立って、靴を履いたままではあるが、俺はすり足をさっきの場所でやってみた。
「それがすり足ッスか。そんなに腰を深く落とすんスね」
俺は体が固いし、リキシに比べれば足腰も弱いので形は不十分だろうが、それでも日常取る姿勢からはかけ離れた腰の深さ。どっしりと重心を下げて安定した姿勢。しかし、すり足の跡のついているところは土が露出しているのでやりやすいが少し外れると雑草で滑ってやりづらい。
そもそもが柔らかい腐葉土の上ではこの稽古は向いていないんじゃないだろうか。
「それにしても、これだけ騒いでいてもリキシが出てくる気配はないのう」
考えをまとめているとアスタロウが呟いた。
言われてみればその通りだ。もしかすると、群れで生活しているということは、本来他の生物への警戒心は強いのかもしれない。
森の中、ひとり、考える。
「なんか分かったんスか、師匠?」
「ちょっと森の中は冷えるのう。そろそろ帰らんか? 勇者よ」
雑音をシャットアウトして深く思考の澱を重ねる。
俺はリキシだ。
強くなるために相撲部屋に入った新弟子だ。
今俺に必要なものはなんだ? 何が必要で、どんな行動をとる?
ゆっくりと目を開く。
木の葉の間から見えてくる柔らかな光が、俺を祝福している気がした。なんとなくだが、見えてきたぞ。
「リキシを誘き出すための罠を作る。一旦村に戻るぞ」
――――――――――――――――
俺は村に戻って以前に話を聞いた里長のカルモンドさんに話をした。リキシを誘き出すための罠を作り、そこで全ての決着をつけると。
罠はかなり大掛かりな制作物になり、作るのにはかなり時間がかかる。しかしそれは決して無駄な投資にはならないはずだ。
それはただ単に害獣を駆除するものではない。ヨルダ師匠の言っていた「スターウォーズ」を実現するための「戦い」だ。全てに向き合い、そして全てを丸く収める。
それが実現すればここ最近悩まされているリキシのスタンピード問題の根源的な解決になるはず。
俺の、勇者としての資質が試される戦いになるはずだ。
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