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第7章 それは美しき光の玉
便宜
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「いやあ、まさかあんないいわけで引き下がってくれるとは思わなかったな」
あの魔族本当にポンコツ野郎だったな。まあ俺らが言えた義理じゃないんだけどさ。
「まさか魔王軍の直属の方が様子を見に来るとは思わなかったにゃ」
猫獣人のウェックさんも想定していなかった事らしい。
今現在俺達はウェックさんがこの村で簡易的な宿屋を経営しているらしいのでそこのダイニングでテーブルを囲んでいる。
グラントーレの端の辺境に宿など必要なのかとも思ったが、アンススのように迷子になった人間だけではなく、魔族の珍しい品物を求めて命知らずの行商人が来訪したりすることがたまにあるらしい。
「それにしても、貨幣経済が魔王軍にも問題視されるほどの事態になっておるとはのう……」
首をかしげるアスタロウではあるが、当たり前っちゃ当たり前だろう。魔王軍からすりゃ自分達が発行せず、管理もしていない貨幣が市場に大量に出回ってんだぞ。元々貨幣経済自体が無かったとはいえ、普通に考えりゃ国家転覆レベルの陰謀が動いてんじゃねえかと疑うのが普通だろう。
「アハハ、ほーんと。笑っちゃうわよね」
「笑いごとじゃねえよ。お前が全ての元凶なんだよアンスス。お前のせいでとんでもない事態になってるって事が分かんねえのか」
「え、何急に。ケンジくん。そんなに怒らないでよ」
この女マジに事態の深刻さをなんも分かってねえな。
「あのなぁ!」
「待って、ケンジくん」
俺の言葉を遮ってアンススは両手で俺の手を包み込むように握って話しかけてきた。なんというか、いつもながら距離感が近い。こういう事されると強く言えないんだよなあ。
「お金のために言い争うなんて、愚かな事じゃないかしら」
そうだけどそうじゃねえんだよ!! そもそもこの土地にお金を持ち込んだのがお前だろうが!!
「いやあ、仲がよろしそうでよろしおすにゃあ」
「しかしウェック殿、そんな暢気な事も言ってられんじゃろう。実際アンスス殿がもたらした『金』が大きな混乱をもたらしているんじゃないかのう?」
「いやいや……」
そう言うとウェックさんはタンブラーに入っていたお茶か何かをグイっと飲む、のかと思ったが、容器を傾けてぺろぺろと舐めた。人間と違って口が横に裂けてるから口をつけて流し込めないんだな。
「この村が最初に貨幣が持ち込まれた場所ですからにゃ。そう言った意味で一日の長があるんで金融業でうまいことやらせてもらってますにゃ」
なんかこう……邪悪というか、逞しいな、この猫。
しかしなんだかなあ。こんなクソ田舎で、金融業で左うちわってか。彼が手にしてる飲み物の容器といい、なんかこう、身の丈に合ってない……じゃないけど、「溶け込んでない違和感」を感じるんだよなあ。
「案ずることはないですにゃ。どんなに抵抗していても時代というのは流れゆくもの。だったらそれを上手いこと利用して適応していくのが一番いい生き方ですにゃ」
「あ、アンススさん。今日うちに泊まるんだ!」
俺達が話をしていると、さっき外で出会った子供だろうか。正直毛並みの違いくらいでしか見分けられないんでよく分からないが、子供の猫獣人が声を掛けてアンススに抱き着いてきた。仔猫かわいいなあ。
「こらこら、そんな言葉づかい、お客さんに失礼だにゃ」
「いえ、構いませんよ。子供らしくていいじゃないですか」
「まったく、最近の若いもんは語尾に『にゃ』もつけないで……」
それ意識してやってたのか。
「これからは金融業を手広く広げていくと恨まれることも増えるにゃ。そういう時にわしらの外見と、この語尾が効いてくるにゃ」
なんか……
ちょっと……黒いな。こいつら。
自分達が可愛い外見なのを分かっていて、それを最大限利用してくるというか。
「アンススさんまた迷子になったの?」
「いいえ、魔王討伐の途中で立ち寄ったのよ」
「……?」
またその話題か。
先にアンススに言っとくべきだったかもしれん。魔族の前で軽々しくそういうこと言うな、って。まあ言ったところでこいつが守ってくれるとは思わんけども。
しかし子供ですらその不穏な空気は感じ取ってるみたいで黙ってしまった。
知らなければそれで済んだことかもしれないけど、こいつらは「知っちゃった」からな。後から魔王軍に詰問されたとして、知らなかったじゃ済まされない事態になってるわけで。実際知ってるし。
「アンスス殿、おぬしが彼らにそれをバラすことで、彼らの身が危険にさらされるかもしれんのだぞ」
アスタロウの言う通り、俺の言いたいことはつまりそういうことだ。
「?」
しかし当のアンススは何も分かってない様子。
「あのな、アンスス。こいつらはグラントーレの国民なんだから『魔王ぶっ殺す』なんて言ってる奴を見かけたら通報しないといけないだろ? それをしないって事は裏切りになるじゃん?」
「ああ!!」
このくらい噛み砕いて言ってやらないとこいつには伝わらない。なんで異世界人の俺が通訳してやらないといけないんだよ。
「まあ……」
ウェックさんがぺろりとお茶を舐めてから口を開く。
「わしらはアンススさんを売ったりするようなことはしないにゃ」
『仲間は売らない』ってことか。腹黒い事ばっか言ってると思ってたけど、この人意外と男気があるのかもしれないな。
「だから、もし魔王討伐が成功した暁にはいろいろと便宜を図ってほしいにゃ。具体的には所領の安堵と旧グラントーレとアルトーレの優先交易権。この地方を治める領主に指名してくれたらめちゃ嬉しいにゃ。あと、もし討伐に失敗しても知らんぷりしてほしいにゃ」
黒いんだよなぁ……
『仲間は売らない』っていうか魔王が討伐されるのにイチかバチか賭けてるだけじゃん。てかよくよく考えたらこいつらにとっての仲間って今は魔族の方じゃん。
なんかこいつらの都合のよさにだんだん腹立ってきたわ。
「『見逃してやる』程度でそこまでの便宜は図れないよなあ……先代国王さん?」
そう、知らなかっただろうけどこっちには先代国王という強力なカードがあるんだよ。『領主に指名してほしい』って無茶なリクエストにもある程度答えられる発言力のある人間がな。
「しかし、今の戦力で本当に魔王に太刀打ちできるんですかにゃ?」
んん? 話題変えてきたか? それとも一緒に戦ってくれるっていうのか?
「たとえば、この近くにあるほとんど未発掘の『二つの月の神殿』、そこで何か強力な武器やアイテムを手に入れられれば戦いがグッと楽になるかもしれないですにゃ」
ほほう、そう来たか。
あの魔族本当にポンコツ野郎だったな。まあ俺らが言えた義理じゃないんだけどさ。
「まさか魔王軍の直属の方が様子を見に来るとは思わなかったにゃ」
猫獣人のウェックさんも想定していなかった事らしい。
今現在俺達はウェックさんがこの村で簡易的な宿屋を経営しているらしいのでそこのダイニングでテーブルを囲んでいる。
グラントーレの端の辺境に宿など必要なのかとも思ったが、アンススのように迷子になった人間だけではなく、魔族の珍しい品物を求めて命知らずの行商人が来訪したりすることがたまにあるらしい。
「それにしても、貨幣経済が魔王軍にも問題視されるほどの事態になっておるとはのう……」
首をかしげるアスタロウではあるが、当たり前っちゃ当たり前だろう。魔王軍からすりゃ自分達が発行せず、管理もしていない貨幣が市場に大量に出回ってんだぞ。元々貨幣経済自体が無かったとはいえ、普通に考えりゃ国家転覆レベルの陰謀が動いてんじゃねえかと疑うのが普通だろう。
「アハハ、ほーんと。笑っちゃうわよね」
「笑いごとじゃねえよ。お前が全ての元凶なんだよアンスス。お前のせいでとんでもない事態になってるって事が分かんねえのか」
「え、何急に。ケンジくん。そんなに怒らないでよ」
この女マジに事態の深刻さをなんも分かってねえな。
「あのなぁ!」
「待って、ケンジくん」
俺の言葉を遮ってアンススは両手で俺の手を包み込むように握って話しかけてきた。なんというか、いつもながら距離感が近い。こういう事されると強く言えないんだよなあ。
「お金のために言い争うなんて、愚かな事じゃないかしら」
そうだけどそうじゃねえんだよ!! そもそもこの土地にお金を持ち込んだのがお前だろうが!!
「いやあ、仲がよろしそうでよろしおすにゃあ」
「しかしウェック殿、そんな暢気な事も言ってられんじゃろう。実際アンスス殿がもたらした『金』が大きな混乱をもたらしているんじゃないかのう?」
「いやいや……」
そう言うとウェックさんはタンブラーに入っていたお茶か何かをグイっと飲む、のかと思ったが、容器を傾けてぺろぺろと舐めた。人間と違って口が横に裂けてるから口をつけて流し込めないんだな。
「この村が最初に貨幣が持ち込まれた場所ですからにゃ。そう言った意味で一日の長があるんで金融業でうまいことやらせてもらってますにゃ」
なんかこう……邪悪というか、逞しいな、この猫。
しかしなんだかなあ。こんなクソ田舎で、金融業で左うちわってか。彼が手にしてる飲み物の容器といい、なんかこう、身の丈に合ってない……じゃないけど、「溶け込んでない違和感」を感じるんだよなあ。
「案ずることはないですにゃ。どんなに抵抗していても時代というのは流れゆくもの。だったらそれを上手いこと利用して適応していくのが一番いい生き方ですにゃ」
「あ、アンススさん。今日うちに泊まるんだ!」
俺達が話をしていると、さっき外で出会った子供だろうか。正直毛並みの違いくらいでしか見分けられないんでよく分からないが、子供の猫獣人が声を掛けてアンススに抱き着いてきた。仔猫かわいいなあ。
「こらこら、そんな言葉づかい、お客さんに失礼だにゃ」
「いえ、構いませんよ。子供らしくていいじゃないですか」
「まったく、最近の若いもんは語尾に『にゃ』もつけないで……」
それ意識してやってたのか。
「これからは金融業を手広く広げていくと恨まれることも増えるにゃ。そういう時にわしらの外見と、この語尾が効いてくるにゃ」
なんか……
ちょっと……黒いな。こいつら。
自分達が可愛い外見なのを分かっていて、それを最大限利用してくるというか。
「アンススさんまた迷子になったの?」
「いいえ、魔王討伐の途中で立ち寄ったのよ」
「……?」
またその話題か。
先にアンススに言っとくべきだったかもしれん。魔族の前で軽々しくそういうこと言うな、って。まあ言ったところでこいつが守ってくれるとは思わんけども。
しかし子供ですらその不穏な空気は感じ取ってるみたいで黙ってしまった。
知らなければそれで済んだことかもしれないけど、こいつらは「知っちゃった」からな。後から魔王軍に詰問されたとして、知らなかったじゃ済まされない事態になってるわけで。実際知ってるし。
「アンスス殿、おぬしが彼らにそれをバラすことで、彼らの身が危険にさらされるかもしれんのだぞ」
アスタロウの言う通り、俺の言いたいことはつまりそういうことだ。
「?」
しかし当のアンススは何も分かってない様子。
「あのな、アンスス。こいつらはグラントーレの国民なんだから『魔王ぶっ殺す』なんて言ってる奴を見かけたら通報しないといけないだろ? それをしないって事は裏切りになるじゃん?」
「ああ!!」
このくらい噛み砕いて言ってやらないとこいつには伝わらない。なんで異世界人の俺が通訳してやらないといけないんだよ。
「まあ……」
ウェックさんがぺろりとお茶を舐めてから口を開く。
「わしらはアンススさんを売ったりするようなことはしないにゃ」
『仲間は売らない』ってことか。腹黒い事ばっか言ってると思ってたけど、この人意外と男気があるのかもしれないな。
「だから、もし魔王討伐が成功した暁にはいろいろと便宜を図ってほしいにゃ。具体的には所領の安堵と旧グラントーレとアルトーレの優先交易権。この地方を治める領主に指名してくれたらめちゃ嬉しいにゃ。あと、もし討伐に失敗しても知らんぷりしてほしいにゃ」
黒いんだよなぁ……
『仲間は売らない』っていうか魔王が討伐されるのにイチかバチか賭けてるだけじゃん。てかよくよく考えたらこいつらにとっての仲間って今は魔族の方じゃん。
なんかこいつらの都合のよさにだんだん腹立ってきたわ。
「『見逃してやる』程度でそこまでの便宜は図れないよなあ……先代国王さん?」
そう、知らなかっただろうけどこっちには先代国王という強力なカードがあるんだよ。『領主に指名してほしい』って無茶なリクエストにもある程度答えられる発言力のある人間がな。
「しかし、今の戦力で本当に魔王に太刀打ちできるんですかにゃ?」
んん? 話題変えてきたか? それとも一緒に戦ってくれるっていうのか?
「たとえば、この近くにあるほとんど未発掘の『二つの月の神殿』、そこで何か強力な武器やアイテムを手に入れられれば戦いがグッと楽になるかもしれないですにゃ」
ほほう、そう来たか。
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