リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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騎士団総長

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 令嬢、キシュクシュの父親。ノーモル公オーデン・オーガン卿。
 
 国王ヤーッコの遠縁であり、信を置く人物でもある。武断派としても知られ、キシュクシュの傍若無人な性格は父親の背中を見て育ったからではないかとも言われている。
 
 しかし、ここ数日、可愛がっていた娘が姿を消してからは周囲が驚くほどにやつれ果て、落ち窪んだ瞳とこけた頬、さらに元々伸ばしていた総髪と髭も相まって幽鬼を連想させる。
 
「オーガン卿この度は……その」
 
 言いかけて言葉が淀む長兄ガッツォ。なんと言えばいいのか、とりあえず口を開いたものの彼にも何が正解なのか測りかねた。
 
「この度は、なんだ」
 
 ガッツォは次期国王の最右翼であるが、オーガンの言葉に遠慮の色はない。それほどの権力と、領地を有する人物である。
 
「何か言いたい事でもあるのか。はっきり言ったらどうだ」
 
 がしりと強くガッツォの肩を掴んで凄むオーガン卿。ガッツォも彼の迫力に言葉を失うだけである。実際何も言い様がないのだ。キシュクシュ失踪は間違いなく公爵の醜聞であるが、その実態を掴んでいる者は誰もいないのだ。ただ一人を除いて。
 
 ギアンテはなんとなくヤルノの方に視線をやった。
 
 それは勿論この男が何かを裏でやっているのを知ってのことではない。ただ、人知を超えた魔力を持つこの少年がまた何かうまいことやって解決に導くのではないかという期待があったのだ。
 
 だが、実際にはヤルノはオーガン卿から目を逸らし、ギアンテの陰に隠れているだけであった。はっきりと言えばこれはイェレミアスの影武者としては全く正しい態度である。
 
 ギアンテがアシュベルに侮辱された際には怒って見せた彼ではあるが、別に誰にでも噛みつくわけではない。実際イェレミアスはキシュクシュから軽んじられていたのは自覚していたし、その父であるオーガン卿とも、兄であるガッツォとも特に親しかったわけでもない。
 
 ならばこの窮地は嵐が過ぎ去るように黙して耐えるのが『イェレミアスが取り得る行動』である。それを忠実に実行しているだけなのだ。ガッツォが絡まれようが知ったことか。
 
「婚約者が行方不明だというのに、貴様も暢気なものだな。何とか言ってみたらどうだ」
 
 唐突に(そして当然に)ヤルノの方にも飛び火してきたが、それでも彼は居心地悪そうに目をそらしているだけである。
 
 そしてオーガン卿の言葉はヤルノ達への八つ当たりであるとともに多分に自嘲気味でもあった。
 
 当然である。
 
 真実どうであるかは別として、世間的には自分の娘が婚約者の王子をほったらかしにして護衛の騎士と駆け落ちして消えてしまったのだ。本来ならば王子に対して土下座して謝らなければならない立場。
 
 これを逆切れして八つ当たりなどという曲芸が出来るのはよほどの胆力と言わざるを得ない。
 しかしそれをできるほどの力を持った人間であることもまた真実。
 
「イェレミアスもショックを受けているんです、さあ、行こう」
 
 ガッツォはやはりというか、ヤルノの正体には気づかず、彼をだしにしてこの場から退散することを選んだ。弟の身を気遣う振りをして窮地を脱するようである。こうしてその場にはオーガン卿だけが残された。
 
「くそ、あのバカ娘め。恥をかかせおって……」
 
 当然ながら娘がすでに帰らぬ人となっていることなど露も知らぬオーガン卿は腹立ちまぎれにそう吐き捨てた。
 
 少し自由に育てすぎたか、という後悔はある。あれの性格ならばおそらくは当たりの弱いイェレミアスは尻に敷かれるであろうことは予測していた。であれば、王子は恐らく妻の、そして義父の言いなりとなる。
 
 であれば、イェレミアスがたとえ王別の儀を突破することができずとも、次期王弟の妻、そして義父としての地位が手に入り彼の王国内での立場も盤石となる手筈であったのだが、まさかこんな事態になるとは。
 
「穏やかではないですな、オーガン卿」
 
「コルアーレか」
 
 そんなオーガン卿に声をかけたのは彼に劣らず強面の巨漢。平時であるため鎧に身を包んではいないが、このグリムランド王国国家騎士団『グリム人のための勇敢なる太陽戦士団』総長、シッドルト・コルアーレである。
 
「お気持ちはわかりますが、今はひっそりと息をひそめるべき時ですぞ」
 
 元々古い友人で、オーデン・オーガンとコルアーレは昵懇の仲である。友であれば行き過ぎた行動を諫めもする。周りから見て、今のオーデン・オーガンは明らかに冷静さを欠いていた。この件は公爵にとっての醜聞であり、王子に恥をかかせたという事件なのだ。
 
「コルアーレ、今年は王別の儀が行われる予定であったな」
 
 中庭には二人。さらにそこから見える位置にも人はいないが、オーガン卿は声をひそめて言った。
 
「イェレミアス王子が棄権しなければ、の話ですが」
 
「ふむ……」
 
 あごひげをいじりながら視線を彷徨わせ、考え事をするオーガン卿。
 
 グリムランド国家騎士団は王国が抱える最大戦力であり、少なくとも形式上は王に臣従する貴族の保有する騎士団もこの傘下に入る、という形になっている。
 
 同時に、『王別の儀』の警備も担当する立場にある。
 
 この場合の警備とは王子に害が及ばないため、ではない。不正が行われないためというのが第一義にある。この警備が存在するために、王妃インシュラは陰で動いて息子のサポートをするのではなく、そもそも別人を替え玉として用意し、事に当たるなどという大胆な作戦を取ったのである。
 
「それが、どうかしましたか? 申し訳ありませんが、手心を加えろ、王子の手助けをしろというのならそれは受け入れられません。総長の任命をされた時、国王陛下にもそれは言われていますから……」
 
「いや、そうではない……」
 
 オーガン卿は手を上げてコルアーレの言葉を制し、そしてまた考え込む。同時にぶつぶつと何かつぶやいている。おそらくは喋りながら自分の考えをまとめているのだろう。
 
「あいつがひょっこり返ってくるとも思えんしな……帰ってきたところで、男と逃げた傷者の娘を王子に嫁がせることなど……やはり、可能性はないか……」
 
 どうやらキシュクシュの事を言っているようである。それはコルアーレにも理解できた。しかし何を考えているのかまでは分からない。この話が王別の儀と何か関係があるのか。
 
「……やはり、それが一番か」
 
 目を瞑ってそう呟き、顎髭をいじる手を止めた。どうやら考えがまとまったようである。
 
「いずれにしろ、王別の儀での贔屓は出来ません。助けになるような事をしろ、とおっしゃるなら……」
 
「逆だ」
 
 オーガン卿は周囲に人がいない事を慎重に確認してからコルアーレの耳元に口を寄せた。
 
「殺せ」
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