リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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封じられた森

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「わけのわからない事を言ってないで、さっさと消えな、じいさん。これ以上駄々こねるなら地下牢にぶち込むぞ」
 
「ちっ、小僧め……」
 
 だんだんと日差しも強くなってくる初夏も近い王都ウィンザーハーツの城の門番に老人は軽くあしらわれていた。暖かくなってきているというのに残雪のあった頃と変わらず毛皮のウシャンカを被っている。
 
 ウシャンカの老人はしばらく苦々しそうな表情で門の外から城を睨んでいたものの、少し遠くにいる門番が手で追い払うような仕草をすると渋々距離を取り始めた。
 
「さて、どうしたものかの」
 
 一応は気遣って王城に犬を入れたりはしない。少し離れたところに繋いであった四頭の犬のリードを解いた。
 
「ラウド、ガルトリア、ヴェリコイラ、イパッシ……待たせてすまんな」
 
 そう言ってポケットからおやつを取り出して与える様は、目尻の下がったえびす顔、まさに好々爺といった感じである。ついさきほどまでの険しい表情の人物と同じとはとても思えないほどだ。
 
「待て待て、そうがっつくな。ちゃんと一個ずつあげるからな、そこで見てるのは誰だ」
 
 その瞬間少し離れた低木の後ろでがさりと音がした。
 
「隠れても無駄だ。ラウド達がそちらを気にしている。お前をこの子らのおやつにしてやってもいいんだぞ」
 
 表情だけは先ほどの険しい者に戻っているが、何事もなかったかのように犬におやつを与えながら。やがて観念したのか、低木の後ろから姿を現したみすぼらしい身なりの青年。
 
「この間の小僧か」
 
 小僧というにはいささかトウが立ちすぎているのだが、この老人から見れば大した違いなどないのだろう。王宮の下働きをしている男、バザールドである。
 
「こないだのじいさんだな。こ、こんなところで何してるんだ……」
 
「茂みに隠れてた人間にそんなこと言われるとは思わなんだな」
 
 とはいえ、この男からすれば気になったのだろう。あの朝、バザールドの処理したの中身を見られてしまっていたのだ。イェレミアス王子と全く同じ容姿をした人物の死体。
 
 あれが表沙汰になってしまえば大ごとになるのは明白。すでに死体は焼却処理してしまった。仮に「王子が殺されている」などと騒いだとしても実際リィングリーツ宮にイェレミアスはいる。物狂いだと思われるのが関の山である。
 
 しかし、バザールドの仕事に不手際があったのはバレてしまう。この男にとっては進退に関わる問題だ。ヘタすればされるかもしれない。あの女騎士は外見に似合わず冷酷だと聞く。
 
「ふん、俺がバラさんかと気が気じゃなかったわけか。そんな仁義にもとることはせん。俺はただ、王宮に入れてくれと頼んでただけだ」
 
 それもなかなかに無茶な要求ではある。王宮見学ツアーでもあるなら話は別ではあるが、そんなにほいほいと身元不明の老人の要求に従って一般人を中に入れるはずがないのだ。
 
「もうずいぶんと王宮に顔を見せていなかったからな。下っ端の奴らはどうやら俺の事を知らんようだったわ」
 
「じいさんあんた何者なんだ?」
 
 この老人、元々は狩人で、その筋では狩りの棟梁イェーゲマイステルだとか犬使いドッグマスターだとか呼ばれていた人物である。
 
 黒き森の案内人として、また国王の狩りに同行したことから顔が知られ、ある時彼の飼っている犬が国王の飲食物に毒が混入していることを匂いから突き止めたため、その功が認められた、という経緯がある。
 
 だがそれも昔の話。ここ十年以上は隠棲して森の中に暮らしていたため縁が切れている。おそらくは上に話を通せばまだ覚えている人物もいるであろうが、門番のような下っ端にはそれが分からなかった。
 
「こないだの件をチクりに来たんじゃねえのか?」
 
 愚問である。約束を違えなどはしないし、それよりなにより、あの件の黒幕を掴まないうちに王宮に話を持って行っても、最悪の場合首謀者に話が漏れて、逆にこちらが始末される可能性がある、分の悪い賭け。
 
「あの件は『疑惑を深めた』だけで十分だ。それより俺はイェレミアスの私物か……ゴミでもいい。何か手掛かりが欲しかったんだがな。お前さん下働きなら手に入れられないか?」
 
「そんなもん何に使うってんだ? すぐには手に入れられないが……金額によっちゃ考えてやらなくもないぜ」
 
 「お願い」される立場になると途端に強気に出るバザールド。その傲慢な態度が気に入らなかったのか、犬たちが小さく唸り声をあげ、バザールドが小さな悲鳴を上げると、老人は手で犬達を制した。
 
「じゃあその件は頼む。礼金は弾むぞ。しかしそれとは別で手伝ってほしいことがある」
 
 どうやら話はまだ終わらないようである。バザールドは逡巡したが、幸いにも急ぎの仕事はなかったようで老人の申し出に応じることにした。
 
 老人は犬達とバザールドを引き連れて王都を出て、何もない平原を北へ北へと進んでいく。
 
「おい爺さん、一体どれだけ歩かせるつもりなんだ。これじゃあ今日はもう仕事にならないぜ」
 
 不満を漏らすバザールドであるが老人はもうすぐだ、というだけでどこに向かっているのか、そこに何があるのかはまるで話す気がないようであった。
 
 やがて歩き続けて数時間、日も傾きかけてきたという頃になって森に差し掛かり、ようやく老人は歩みを止めた。周辺には民家はなく、薄暗い森の中。リィングリーツの森とは特定の地域を指す言葉ではなく北方の森の総称のため、ここがリィングリーツの森であるかどうかは微妙なところだ。
 
 バザールドは老人が何を考えているのかは分からないが、しかしもう乗り掛かった舟、ここまで来てしまったらとことん付き合ってやろう、という心持ちである。まさか取って食われることはあるまい。
 
「ここを掘ってくれ。俺の腰じゃこれが限界でな」
 
 そう言ってどこから取り出したのか、いや、ここに置いてあったのだろう。老人はスコップをバザールドに渡した。
 
 ここまで来てまた肉体労働か、と辟易したが今更引き返すことも叶わない。
 
 どうやら土は一度掘り返されている場所らしく、存外に簡単にスコップが通る。
 
 バザールドはなんとなく嫌な予感がしてきた。
 
 まさか封じられた財宝探しでもあるまい。とすれば、先人が何を埋めたのかはなんとなく想像がつく。
 
 やがて掘り続けているとやはり思った通り、人間の腕らしきものが出てくる。
 
「やはり思った通りか。もっと掘ってくれ」
 
もう付き合いきれない。これは礼金をたんまり弾んでもらわなきゃやってられん、と思いながらもバザールドは言われた通り掘り続けると、やがて土の中からは男女二人分の死体が出てきた。
 
 しかもそのうち一つ、女の方は首がない。
 
 埋められてからは数ヶ月といったところか、腐敗は始まっているが、それほどボロボロという事もない。しかし死体に慣れているバザールドでなければ嘔吐していたところだろう。
 
「おお……」
 
 バザールドがスコップを杖代わりに一息ついていると老人は穴の中に入っていき、腐りかけの死体を戸惑うことなく抱きしめた。
 
「じ、爺さんの知り合いか?」
 
 その頬には涙が伝っている。
 
「ヒルシェン……だからあれほど言ったのに。リィングリーツは獣の檻、騎士になどなるものではないと」
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