リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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殺意

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「キシュクシュの居場所が、分かっただと……?」

「はっ、私が独自に行方を追っていましたが、目撃情報を総合して、ほぼ間違いないかと……」

 むう、と唸ってノーモル公オーデン・オーガンは考え込んだ。

 娘がお付きの騎士と共に失踪してから二か月と少し。春の足音もまだ気配のみという頃に消えて、初夏の気配を感じる頃になってようやくつかめた足取り。

 ここまで全く情報が手に入らなかったのにはノーモル公自身にも原因がある。

 偏に、表向きは全く彼女のことなど気にしていない風を装っていたからだ。武辺者として知られ、この国の軍事を司る立場にもある。外面のイメージが武人一色であるのは、立場上彼がそう振舞わねば下がついてこないせいでもある。

 しかし実際のところキシュクシュは彼の唯一の娘。溺愛して育てていたと言っていい。そんな事もあってあんな我儘いっぱいの性格に育ってしまったところもある。

 本音を言えばヒルシェンの阿呆は絶対に許したくないが、娘は何としても目の届くところに取り戻したいのだ。

 こうなってしまった以上、社交界に出すのは無理だが、オーガン家と繋がりを持ちたい下級貴族とくっつけることくらいはできる。それが無理でもせめて身の安全だけでも確かめたい。要は、あの娘が彼にとってのほとんど唯一と言っていいほどの弱点なのだ。

「兵を差し向けて確保しますか?」

「たわけ、そんな恥知らずなことができるか」

 あまり大っぴらに捜索することはできない。そこはこれまでと同じである。

「向こうに兵力があるわけではないのだろう? ヒルシェンと一緒にいるのか?」

「そこは確認できていませんが、少なくとも兵力はありません。リィングリーツの森のうち捨てられた山小屋に身を隠しているようで」

 言い終わるか終わらぬかのうちにノーモル公の拳がコルアーレの頭を打ち抜いた。余りにも察しの悪い男への鉄拳制裁である。王別の儀で王子を始末できなかったことを弱みに、私的な用事に利用していたが、この男の無能さには反吐がでそうだった。

「戦闘にはならん。仮になったとしてあんな小僧っ子一人なら俺一人で何とでもなる。こんな恥の上塗りに人は動かせん。お前だけついてこい」

 リィングリーツの森の中でグリム人が暮らせる地域となればそう遠くはない。時間がかかっても馬を使えば一日か二日で戻ってこられる範囲である。

 キシュクシュに別の場所に移動されては大変。すぐに仕事の都合をつけて家宰と長男のウォホールにそれを押し付け、旅支度をしてコルアーレを連れ立って逆十字屋敷を出て行った。

 その裏でコルアーレがうすら寒い笑みを浮かべていたことになど気付きもせずに。

(イェレミアス王子が何をなさるつもりなのかは分からんが、ここまで全て彼の言うとおりに事が運んでいる……ノーモル公の人柄も立場も、全て理解した上で事を進めているようだ)

 当然ながら、王別の儀以降、王宮でのコルアーレの立場は微妙なものとなっていた。

 それも当然であろう。リィングリーツの森では作戦に失敗。任務中に偶発的に先住民と接触し、部下の全てを失うという憂き目にあったうえ、本来ならば守るべき相手であるはずのイェレミアス王子に命を救われるという前代未聞の失態であった。

 さらに、実はこちらの作戦が本命なのであるが、裏の目的であるイェレミアス王子殺害の任務にも失敗している。

 国王とノーモル公の、戻ってきた彼を見る目は冷淡としか表現の出来ないものであった。

 おそらくいずれ人の都合がつけば、早ければ年内にも彼は騎士団総長の座を解かれて閑職に回されるであろう。彼の経歴はここで終焉を迎えたと言っていい。少なくとも前者の任務、王子の護衛に失敗して命を救われたことはすでに市井の人々にも広く知られている事態だ。そうしなければ国の体面がもたない。

 さて、そんなところで再び彼の目の前に現れたのがイェレミアス王子であった。

(才色兼備、腕もたつ上に行動に躊躇がない。どんな難しい状況でもそれを軽々と乗り越えて平然な顔をしておられる。あれこそまさに帝王の器というものよ)

 命を救われたこともあって、彼は王子に心酔していた。そして、その前には気が狂いそうになるほどの恐怖も植え付けられていた。

 彼の脳は「恐怖」と「畏怖」によって完全にイェレミアス王子に縛られていたと言ってよい。懇意にしていた公爵にあっさりと掌を返されたことも影響しているだろう。辛い時に手を差し伸べない友人などどうして尽くすことが出来ようか。

(おそらく、殿下はノーモル公を殺す気だろう。この慎重な男をどんな方法で殺すのか、までは分からんが)

 それは殆ど確信に近かった。

 王別の儀以降、当然ながら『裏の作戦』を知っている王子はオーガン家と距離を置くと思っていたが、逆に何もなかったかのように接近した。

 しかしやはりノーモル公とはそりが合わなかったのか何なのか、そこまでは分からないが、息子のウォホールの方とばかり親交が深くなり、ノーモル公とはあまり縁を深く結んでないように見て取れた。

「コルアーレ」

(これは……裏切りではない。俺は王家に仕えているんだ。王子を殺そうとした公爵閣下こそ裏切り者。俺は、何も悪くは……)

「コルアーレ、まだつかんのか!?」

 自分の心に言い訳をしながら馬に揺られていてノーモル公の言葉に反応できなかった。コルアーレは怒鳴られてようやく返事を返すことができた。

「す、すいません。そろそろ着きます。気付かれて逃げられでもしたらことですから、馬を下りて、繋いでおきましょう」

 ここまで全てイェレミアスの指示通りに事が進んでいる。

 そう、彼が従っているのが王子ならば、これは裏切りではないだろう。だが、実際に彼が従っている人間は……

「まったく、こんな腑抜けだとは思わんかったぞ。ひ弱な王子一匹始末できん上に部下も失って……お前のような間抜けを重用していた俺の見識不足か」

 すでに日も落ち始めた森の中。カンテラの弱々しい光と、木の葉のすき間から差す月だけが辺りの不気味な景色を浮かび上がらせる。幸いにしてまだ森の入り口も入り口。初夏の兆しが見える頃ゆえ気温もそう低くない。これが冬であれば生きて帰る事は出来なかったであろう。

 二人は薄明りの中、件の山小屋に向かう。

 コルアーレは、その胸の内に静かな殺意の炎を燻ぶらせていた。
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