ただいま、魔法の授業中!

ロンメル

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第1章 今日から君も魔法使い(見習い)

十、校内は全面禁煙

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 結局のところ、マゼンタ先生は職員室におらずシュウ達の無駄足となった。東城先生に、マゼンタ先生の所在について思い当たる場所を教えて貰う。そこは校舎の外れ、黒森の入り口に建てられた薬草の栽培施設でもある実習棟だ。普段からマゼンタ先生の執務室になっているとのことだった。栽培植物、黒森の管理も担っている為でもある。
 実習棟に向かわんとするシュウ達を、東城先生は引き留める。
 「さっきも言ったけれど…」
 東城先生は、特にシュウを睨み付ける。
 「黒森の無許可進入は罰則であることを忘れないように!」
 オリエンテーションにて学園のルールとして、まず最初に説明を受けていたのだが、黒森への進入は許可制だということだった。学園の目と鼻の先にあるのだ、誤って立ち入ってしまうこと請け合いである。事前に申請し、担任ないし学園長の許可が無ければ立ち入り禁止なのである。いや、実は魔法の習熟度によっては申請しなくても入れる場合もあるのだが、入学したてピカピカの一年生であるシュウ達にはまだ先の話だ。

 校舎を出て、人気の無い黒森外周を歩く頃、彦根が同情した様子でぼそりと呟く。
 「東城先生のシュウへの風当たりがすっかり強くなったよな…」
 「…確かに」シュウは今気が付いたと言わんばかりの様子だ。
 「正直羨ましいっす」聡介は相変わらずだった。
 「でも、こうして外周を歩いていても、どこからが黒森でどこまでが学園敷地内なのか、よく分からないよな。…実はもう入っていたりして」彦根が冗談めかして肩をすくめてみせる。
 黒森は玄守市、特に玄守学園を囲むように広がる原生林だ。玄守の人々は有史より黒森の恩恵に預かり、また脅威にさらされながら、共に発展してきた。その積み重ねてきた歴史や営みが、近づくだけでも圧倒されそうな雄大な自然の奥深くに眠っているような気がして、シュウはふらりと立ち入り奥深くまで探索したくなる誘惑に駆られるのである。
 「…あれ、シュウ、そこは黒森の中なんじゃないか?」
 聡介がシュウの足元を指差すので、シュウははっとして足元に視線を落とす。特に何も無い。
 「またか。シュウ、またペナルティか…」彦根がうな垂れて首を横に振り、残念がる。
 「何で俺だけなんだよ」シュウは苦笑する。
 「今度は東城先生との共同作業だったら良いね。俺も手伝うよ」聡介がシュウの肩に手を置き、サムズアップをする。お前はそればっかだな。
 「シュウは神城さんとの方が良いんじゃない~?」
 調子に乗った彦根の発言にシュウは何故だかムッとして、彦根の脇腹を小突いた。

 実習棟は小ぢんまりとした2階建ての旧い洋風家屋だった。校舎とは少し異なった趣があり、建造された時代の差を感じさせる。勉強する場所というよりかは、それこそ黒森探索の為の拠点になるようなちょっとした住居のような趣向が感じられた。
 その証拠に、実習棟が面する道路は黒森の入口へと続き、森の闇の中へと消えていく。そしてその道というのが、大型車が通れる程度には道幅が広く整備されているのである。それはもう、森の中に入るなというのが無茶だと思えるくらいにばっちりと。
 「…おい。シュウ、あれ」彦根が実習棟の陰を指差す。
 実習棟の脇にはベンチが設置されているのか、腰掛ける人影が確認できた。しかし、問題はそこではなく、その人影の周りに漂う紫煙の方であった。
 「おいおい、このご時世に隠れタバコかよ」聡介は呆れ顔で言った。
 「不良に目を付けられたらやっかいだし、とっとと中に入ろうぜ」聡介がシュウと彦根を促す。
 東城先生によると、実習棟の1階が資材置き場、2階が教室とマゼンタ先生の執務室になっており、校舎に用事が無い時は2階の執務室にて事務処理を行っているとのこと。授業も実習棟で行う為、日中はほとんど校舎で姿を見ないが、だいたいこの近辺には居るそうである。因みに、薬草の栽培施設は実習棟の裏手に設営されており、ガラス張りの外観は校舎や実習棟よりも目新しい出で立ちだった。
 シュウが観音開きとなっている扉の、真鍮のドアノブを回そうとする。
 「…開かない」
 「え…、先生居ないのか」彦根もドアを開けようと試みるが、シュウと同じ結果に終わる。
 「どうする、待つ?」聡介が問う。
 「え、ここでか?」彦根が実習棟脇の人影に視線を向ける。
 探しに行くのは非効率、待つのは居た堪れない。彦根と聡介は決めあぐね、シュウの顔を見る。
 「あー、もう、面倒くさいなー!」シュウはそう言うやいなや、どすどすと歩いて行く。行き先は…先刻彦根が視線を向けていた先、実習棟脇の人影の方向。
 「わっ、ちょっ、…あのバカ」彦根は慌ててシュウを止めようとしたが、関わるのが恐ろしくなり立ち止まった。

 実習棟裏にはガラス張りの栽培施設が並んでいるが、それを実習棟の日陰から眺められるようにベンチが設置されている。そして、件の人物は、左手に灰皿と化したコーヒーの空き缶を握りしめ、そのベンチにただぼんやりと座っていた。意外なことに、隠れて煙草を吸っていたのは生徒では無く、何者かも知れない老翁だった。くたびれたジャージを着ているが、異様なのは、禿げ上がった頭部全体を走る太く大きな傷痕だった。色付きの眼鏡を掛けている為、その表情も窺い知ることはできない。不気味な、話し掛けるのもはばかられる様な、学園に存在する事自体が似つかわしくない老人だった。
 「…お取込み中のところ失礼ですが、ミスタ」シュウがベンチの脇から礼儀正しく話し掛ける。
 「ミセス・マゼンタに用事があるのですが、どちらにいらっしゃるかご存知ないですか?」
 本当に不気味な老人である。シュウが話し掛けたにも拘らず聞こえていないのか、はたまた無視しているだけなのか、ただただ無反応だった。身動きせず、どこを眺めているのかも分からず、何を考えているのかも分からない。ただ呼吸はちゃんとしており、目も開いているようなので、居眠りをしている訳でもない。
 長い沈黙の間にシュウの苛立ちも募っていき、このままでは埒が明かないともう一度声を掛けようと息を吸ったその瞬間。
 「…マゼンタならいるではないか」そう、老人は回答した。酒焼けし、酷くしわがれた声で。
 「どこに?」シュウは老人の視線の先を見遣る。しかし、確認できる人影など無く、ガラスに反射して映るシュウと老人の姿が見えるのみである。
 「森の方から、こちらに向かって来ているではないか」
 森の方。それはシュウ達が向いている方向と実習棟を挟んで真反対。シュウは振り返ろうと老人に背後を見せようとし……

 止めた。

 気が付かなかった。無意識の内に胸元のスティックホルダーに右手が伸びていた。杖の握りの感触が指を伝う。

 「…良い反応だ。その反応が無ければ、半年も保たないだろう」
 老人は未だ、微動だにしていない。シュウも振り返り動作から身じろぎ一つしないが、視界外の老人の呼吸音には全神経を集中していた。心臓が高鳴る。何かされそうになったら何かをできる準備は出来ている。
 「貴様のその眼は只の飾りのようだが、なかなかどうして、エリックの養育も無駄ではなかったということか」

 最悪だった。胸の中に大きな石が落ちてくるような感覚に襲われる。その名を今日で2回も耳にすることになるとは。道理で、先刻の殺気がジジイのそれに近いような気がしたのは。気のせいでは無かったのだ。
 シュウは攻撃の意思を緩め、老人に向き直る。きっと、顔は失望の色に染まっているだろう。

 「…フン。龍が、騒がしいな…」老人は天を仰ぎ見る。のどかな晴れ間が広がっている。
 そして初めて、遥か遠くの彼方を見つめるその双眸そうぼうをシュウへと向けた。
 「ここで油を売っている場合ではないぞ。シュウ・ガントランス」
 色眼鏡を通しても判る琥珀色アンバー。凄まじい威圧感を覚えながらも、シュウの焦点は彼の双眸そうぼうに吸い寄せられる。しかし、いくら見詰めても決して交錯こうさくしない視線。シュウは初めて老人が盲いていることを知った。

 「シュウ~、マゼンタ先生が居たぞ~」
 背後から聡介の声が聞こえた。シュウは、呆気ないくらい簡単に振り返り、聡介達を見遣る。彦根と聡介が、作業着に身を包んだ老婦人と一緒に実習棟玄関口で待っていた。手を振って応える。
 「名前を…」尋ねようとシュウがまた振り返った時、既に老人は姿を消していた。
 ヒグラシの喧騒が森から響き渡っていた。
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