ただいま、魔法の授業中!

ロンメル

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第1章 今日から君も魔法使い(見習い)

十二、冷静と焦燥の間

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 走る。走る。軽やかに。
 拡げた翼に揚力を感じると、シュウの合図でドラゴンは地を蹴る。運動場の上昇気流を捉えるのに苦労は無く、あっという間に蒼天へと舞い上がった。

 空を見上げる人達が小さくなるのを見送った後、シュウは先ず、カンナを連れ去ったドラゴンの影を捜した。再び『遠見』で黒森の林冠上空を見渡す。だがしかし、非常に困ったことなのだが、影が見当たらなかった。進路を変えたのか、高度を上げたのか。見回しても、何処にも空の上には影一つ無かったのである。

 ―――落ちたのか…?

 じわり、と胸騒ぎが大きくなる。
 マズイ。非常にマズイ。目を離した隙に黒森に墜落したのなら、捜索の難易度は一気に飛躍する。ドラゴンの飛行速度、見失った時間から逆算しても遠くまで行ってしまったとは考えにくいのだが…。
 くそったれと悪態を吐きたい気持ちを抑えつけ、冷静に、合理的に判断していくことを心に誓う。
 ドラゴンの装備を確認する。短時間のフライトを目的とした装備の為、身軽だが万全とは言えない。カンナ捜索には時間を掛けられない。とは言え、焦り過ぎも良く無い。シュウが駆るこのドラゴンは、騒動前に負荷の強いアクロバット飛行を行っていたばかりであるし、東城先生との戦闘もある。その消耗度合いは推して知るべしであるし、事実、既に呼吸も乱れていた。無理な飛行は禁物である。
 見渡す限り広がるこの黒森上空でドラゴンに力尽きられると、カンナを捜すどころでは無くなる。シュウ自身が黒森でサバイバルへ突入することとなり、逆に周囲に迷惑を掛けることとなる。

 ―――タイムリミットは夕暮れまで―――

 それが限界だ。

 勿論、カンナの安否について考え出すと、内心穏やかではいられない。
 助けたい。絶対に助けたい。隣の席のあの娘を。初めて見る魔法に好奇心と期待を膨らませながら、自身の将来に不安を抱く、あの少女を。―――可愛い、カンナを。

 ―――何で、あの時俺は、あの場所に居てやれなかったのか。

 ―――何で、あの場に、事態を直ぐに終息できる人物が居なかったのか。

 ―――果たして、自分があの場に居れば、こんなことにはならなかったと考えるのは、俺の、傲慢なのか…?

 答えの無い、自問。塞ぎ込む、少年。

 不意に、自身の駆る飛竜が遠く嘶いた。飛びながら身体を上下に揺すられ、一瞬身体がドラゴンの背中から浮き上がる。
 シュウははっとする。シュウの重心の乱れのせいでバランスを取り辛いと、シュウを咎めているようだった。

「済まない。『重心の乱れは心の乱れ』、だったな…」

 その言葉は、確か爺さんが言っていたっけか。
 助けたい気持ちが逸り過ぎて、考え過ぎてしまったか。

 シュウは深呼吸をすると、改めて黒森に視線を落とす。
 黒森の広大さは学園に居ただけでは判らなかった。こうして上空を飛んで、初めてその奥深さが予想の遥か上にあることを思い知ることとなる。見渡す限り果てしない樹海。こうして望むに、くよくよしていた自分の矮小さを自覚させらされる。
 そうしてシュウは思い当たる。眼下一面に広がる深い森。見覚えある、この光景に。
『木を見て、森を見ず』では無いが、シュウはドラゴンを捜す事に拘る余り黒森をしっかりと観察していなかった。自分が何を信じてここまで来たかを、すっかり忘れていた。

 そう、夢で見た光景なのだ。

 夢占いや予知夢を信じる人間では無いが、この状況で手掛かりが無い以上、そんな物でも縋るしか無いと、正直そんな思いもあった。

 ふと、視線を上げる。やっぱり、山が見えた。現地では『陸奥富士』と呼ばれる霊山だ。
『陸奥富士』自体は玄守市に来た時から、その存在感からよく知っていた。しかし、こうして黒森上空から望んだ景観が夢の記憶と一致すると、まさか夢にまで出て来るとは思いも寄らず唖然とする。
 まあ、いちいち驚いてもいられないので、そろそろ次の一手を講じる事にする。

 シュウは黒森の林冠の中で木が倒れ空洞となっている部分を探した。所謂ギャップと呼ばれる場所である。これだけの高木を持つ極相林だ、そのギャップの規模も相当なもので、ドラゴン1頭が難なく降り立つだけのスペースは確保できるものと踏んでいた。
 シュウの予想は的中し、丁度良いギャップを発見したので、そこに向かい降下する。
 何となくだが、夢の終わり頃に見ていた風景と酷似しているような気はした。仰向け状態で落下していたような気もするので信憑性は低いが。しかし、兎にも角にも、黒森には降り立たなければならないし、ドラゴンからパラシュート無しで飛び降りるにしても安全な場所で着地はしたいので、こうした好条件のギャップを発見できたのは良い流れだった。
 翼をはばたかせ、減速させながら、ゆっくりと黒森内へと降下していく。日中である筈なのに、ぽっかりと口を開けるギャップの底は薄暗い。辛うじて光が届いてはいるので、地面は確認できた。

 無事着地すると、シュウはドラゴンの積み荷から発煙筒を探し出す。必ず装備していると思っていたが、案の定あった。
 自分が降り立った場所の目印として、焚いた発煙筒を残していく。帰りの目印にもなるし、後続の救援部隊への信号にもなるからだ。

 深く息を吸うシュウが「うーん、想像以上の濃さだな」と、そんな感想を漏らす。空気中の魔力の濃さが、だ。
 この世界において、魔力は大気中、水、鉱物等、大自然の至る所に存在するのだが、こうして物質の循環が多い森林や、空気が籠り易い場所などは魔力の濃度が特別高くなる。こういった場所には、高位の魔法生物や精霊が棲み付き易いため、玄守学園がそうしているように、進入に際し制限を設けるのが適切なのである。
 因みに、黒森はというと、シュウの故郷に所在するエルフの森よりは濃度が高い、といったところだ。シュウ自身も気を引き締めねばならない。面倒な物に遭遇しなければ良いが。
 そもそも、魔法も何も知らない筈のカンナはここに一人ぼっちになったとして、生き抜く術は無い。

 ドラゴンに乗ったまま、シュウは周囲を見回す。どこまでも深い闇が、樹々の間を塗りつぶす。「おーい」と叫び、耳も澄ます。発煙筒に気が付いて、カンナが助けを呼べば僥倖だが、そんな期待は水泡と化した。
「カンナの匂いを、追えたりはしない、かな?」一応、ドラゴンに訊く。ドラゴンは背中のシュウを一瞥して、直ぐにそっぽを向いた。
 そりゃそうだよね。と言いながらシュウはドラゴンから降りると、胸元から親指大の5個の乳白色の丸石を取り出す。黒い腐葉土の上に、その5つの石を適当な距離を開けてそれぞれ投げる。

 シュウは探し物を見付けるのが苦手である。何というか、一度置いたものの置き場所を覚えるのが苦手というか、そういう次元の話でも無い気がする。

 だから確実な手段として、少々時間は掛るが、シュウは魔法を使うのである…。
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