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一章
おわかれ
しおりを挟む王太子がアドラメレクの情報を掴んで十日。
今日彼は、愛しの婚約者殿に会いに来ていた。
彼としては、お別れの挨拶の為に時間を捻出し、やって来ていたのだが……。
彼女は、彼に挨拶を済ませ優雅に王太子の向かいに座るとじっと口を閉ざしてしまっている。
怒って居るのか、悲しんでいるのか、俯いているので表情は見えなかった。
そして、勿論なのだが、彼女、エスリルにこんな態度を取られる理由を、サフィシルは気付けないでいた。
「エスリル、健やかにすごして下さいね。僕にもしもの事があっても、それに捕らわれずに貴女の思う時を生きて下さい。それが僕の唯一の願いです……。僕は明日、此処を発ちます。帰還出来る保証は万が一も有りません。だから、貴女どの婚約は白紙に戻しましょう、ね」
王太子の言葉に、エスリルは弾けるように顔を上げた。
その瞳は部屋を照らす灯りでキラキラと瞬いている。
── そんなに……、嬉しかったのなら、もっと早くに打診するべきだったな ──
彼はその思いに、胸にキリキリと痛む物が去来したが、王太子然として顔色一つ変えずにいた。
「サフィシル様、それでも私は、貴方様のご無事を祈っております。お願いです、ご無事でお帰り下さいませ…… 」
そんな彼を見てエスリルは、そう一言、泣く事を堪えた声で言った。
それは彼女の本心なのか、それども建て前か。
王太子には判らなかったが、真摯に受け止め、儚くその口元に笑みを浮かべた。
「そう言ってくれてありがとう。嬉しく思う。でもごめんね。約束は出来ない。僕はただの王子で勇者では無いから…… 」
王太子はそれだけ言うと、優美な所作で立ち上がりエスリルを見やった。
「元気で……。幸せになって……、エスリル。それが僕の願いだ…… 」
そして、ゆっくりとした動作でその場を後にした。
── どうか、君が愛する男と幸せになる事を祈っているよ…… ──
王太子は閉まる扉の向こうを見ながら、心に思った。
彼は直ぐにその場を立ち去った為に気付かなかったのだが、彼が去った後、その部屋からは啜り泣く声が聞こえて来ていたのを、侍女は聞かなかったふりをして、その場を立ち去ったのだった。
どうか、君に幸多からん事を ────。
「さて、サヨナラをしておかないといけない人は……。父上と母上は済んだ、側近二人に、エスリルは今済ませた。後、ひとり……。 アルス…… 」
「アレは……この時間、部屋か…… 」
王太子はそう呟くと弟、アルス王子の元へと足早に歩みを進めた。
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