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第2部:御披露目の前
静謐な空気
しおりを挟む『あんた、誰? 僕は躾られてなんかいないからねっ!! 』
まあるいお腹をふんっと突き出して、虚勢を張るルナティを見て、奪衣婆がカラカラと笑う。
おさげに編んだ白髪が、楽しげに笑う度に揺らめくのを見て、ルナティは戦意を喪失したのだった。
ケラケラと笑う奪衣婆に、キョトンと呆ける目が四つ。
奪衣婆は、二人を瞳に捕らえながら笑うのを止めると、
「儂は薬師十二神将が一人、因達羅の部下で奪衣婆と言う。主達が来るまでの隠密と護衛が儂のお役目となる。宜しゅうなぁ、白虎殿」
「うぇぇ!? あれってやっぱ、薬師様だったのっ!? 本当に!? あううううっ…… 」
脱出して屋敷まで無事連れ帰るものだと、名瀬か思い込んでいたルナティは、奪衣婆の言葉に目を剥いて、急にポロポロと涙をこぼし始めた。
責任とそれに伴う緊張の糸が切れた故の結果が、泣く羽目と言う事にルナティは気付かぬ儘、ただただ、涙を流す。
その光景に心を痛めたのはナディアで、彼女はそっとルナティを抱き上げると、きゅっと優しく抱き締めた。
その心に寄り添い、感謝の気持ちを込めて。
そんな二人を奪衣婆はしょうがない者達だと表情を崩し、眺める。
「お主、まだまだじゃのう。あの御方の気性を理解しておらぬな。ふふふ、此処の国守は御方様の怒りをかった。この短時間で西河省は変わるぞ。愉快愉快」
「あの……一体何が起こるのでしょうか? 」
ナディアが心配そうに奪衣婆に問えば、彼女は首を少々倒しニイッと歪に笑う。
「奥方さまは、御方様の為さる事が気になりますかのぅ……。クフフフ…… 」
流石は、地獄の獄卒の一人ではある。
美人ではあるが、不気味極まりない。
「我等地獄の住人からすれば、体の良い娯楽ですわい。まぁ、奥方様は何も気にせず御方様とまみえるがよろしかろう」
奪衣婆はナディアに向かってそう言うと、徐にお茶を入れ始めた。
それは意外と堂に入った洗練された侍女の動きで、ナディアは素面で驚いていた。
そして、促されるままナディアはソファに腰掛けお茶を頂こうとしたその瞬間、その土地の空気が振動するように震え、静謐な空気で瞬く間に満たされた。
奪衣婆が、ルナティが、辺りを見回す。
ふわりと、ナディアの身体を柔らかく包み込む気配に彼女は一時、酔いしれる。
ナディアが挫けそうになった時、幾度も護り助けられた気配が、彼女を一瞬抱き締め、ふっと消えた。
ポロリと瞳から零れたそれは、安堵の涙かはたまた。
『「御方様が来られた」』
そう呟いたのは誰だったか。
見事に異なる声が、発音が、重なってナディアの鼓膜を優しく振るわせた。
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