月には弓を引かない

olria

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白雪姫と女王

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「次の任務はと…。」私はゴーグルを装着して任務の一覧を表示させて、脳波で操作して次々と見ていく。今すぐやるべき任務の数はそこまで多くない。が、面白いものを見つけた。
『白雪姫の脱走』ここで白雪姫と言うのは童話に出てくる白雪姫ではない。通称白雪姫、全身が真っ白で、人型。5メートルから8メートルの身長で二足歩行をしてて、逆関節なので見た目はカンガルーを連想させる。大きく輝く赤い瞳が二つ。なぜ白雪姫なのかと言うと、こいつを封じる同じ見た目だけど真黒な形の対となる個体が存在する。それを女王と呼称。女王は白雪姫を自らの中で眠らせて封じている。ちょっと白雪姫と違う気がするが気にしない。
 そしてなぜそうしているのかは私にはわからない。
 すべての女王は白雪姫を封じるようにしている。
 まあ、大まかな予想は付く。白雪姫は無慈悲な殺戮者なのだ。そりゃ封印したくもなる。
 しかしそれは人の目には見えない。白雪姫は位相が違う物理的実体を持っており、人を通り過ぎるとその人から寿命を奪う。余命は長くて1年ぐらいとなるのだ。寿命が奪われた人間は因果律を引き寄せ事故を起こすか病気になって、1年以内に死亡する。
 ランダムに時空間を跳躍するので、捕まることは非常に困難。こいつを捕まるためには対となる女王を先に捕獲し、そいつを体内に取り入れ、位相を白雪姫のそれと同じにするようにしてから女王の白雪姫に対する追跡センサーのようなもので、追跡して女王に任せると勝手に捕獲するらしいので、そのまま封じるのである。
 実際に取り入れたら直感のように感じると言われたことがある。
 一度もやったこがない作業なのだ。なぜかと言うと、いくら身体能力が似通った私たちマザーのチルドレンであったとしても、繰り返して慣れた作業をうまく出来るのは決まっているからだ。そして私が今までやったのは殆ど討伐系の仕事。
 殺すのが気が楽でいいから。マザーの剣となって、マザーが殺せと命じた相手を殺すのである。
 なぜそんな殺したら気分がいい連中が存在するのかはわからない。誰もがサンドバッグを欲しがるように、世界が我々のためにサンドバッグを作ってくれているというのなら喜んで受け入れるだけ。
 白雪姫を用意したのも生きる資格のない連中を片っ端から片づける親切心故かも知れないが。
 じゃあなんで最初から封印するのか。これにはきっと私みたいにマザーに支持された通りにしか動けない私には理解できない深い深い事情があるだろうが。その深さを私に理解させようとしなくてもいい。その女王とやらを憑依だか何だか知らないが一度受け入れた時の感覚がどうなのかが気になって気になって仕方がない。
 「マザー。女王の位置をお願い。」私はゴーグルに装着されたマイク機能をオンにしてマザーに連絡。
 『雑念に見舞われてますね。何か気に悩むことでも?』落ち着いた感じの芯の通った雰囲気がする若い女性の声。前は中年女性の声にしていたそうだが、なぜか代わった。聞くにマザーに年齢なんて関係ないということらしいが。
 「私にそんな質問をしても無駄だよ、マザー。私は何も考えない、何かを考えたらそれは私じゃない。」
 『何も考えなくても何かを感じることはあるのでしょう?』
 そんなものはない。
 「やるだけやるさ。」
 『あなたを常に見ていますよ。』
 監視されるということではない。見守られているとも少し違う。作られた神様みたいなものだから神様のように思えばいいなんて言っている連中もいるけど、私はランダムに動き回る思考に整合性なんて求めない。人が考えることなんてそんなもので、感情に左右されることのないマザーが決めたことに従えば最高の状態になりえるのである。
 誰が何と言おうとも。だからこう答えるのである。
 「それはどうも。」
 そしてマザーが指定した場所に行って、待つ。どこかの建物の屋上。5階ほどの高さで、まぎれもなく不法侵入だけど光学迷彩で見えなくしているから誰からも見えやしない。下で何が起こっているのかもわかるけど知りたくもないし見たくもないし聞きたくもない。ここは町と森の境目で、通りはまばら。弁護士事務所があって、居酒屋とかもあるけど閉まってる。弁護士とやらはただ座ってお茶を飲んでいるだけ。老人男性と中年男性と中年女性が座ってお茶を飲んでいるだけの弁護士事務所。机の上は綺麗に整頓されている。
 誰も興味を持ちそうにない。そりゃ誰も来ないわけだ。ああ、センサーを最大限の範囲に設定してあるからだ。こんなどうでもいいことは気にしちゃいけないのだが。
 逢魔が時、オレンジ色に染まった空はどことなく烏が死体に群がる様相を想起させる。明るい星が見え始め、人工的な明かりがともされる。私は電子タバコを咥えてニコチンを肺いっぱい吸い込んだ。脳を直接くすぐるような感じがたまらない。休日の深夜には電子タバコを吸いながら流行りのブロックバスター映画を見る。ポップコーンもいいけど、枝豆と焼きそばのほうが好みだ。この前見たのは遺産相続をめぐって殺し合いをする映画で、爆笑したものである。隣に座ってみていた仲間の一人が首をかしげていたが。何が楽しいのかわからなかったようである。
 『来たようです。』
 マザーのコールに意識を引き締まる。電磁波の揺れをセンサーが伝えてくる。位相が違う実体だからそのまま視認するのは極めて難しいのだ。
 こういう時体がただの人間であるライオライトは頼りになれない。オペレーターをマザーに任せる贅沢もこういう特殊な任務の時だけ。私は揺れが大きな場所にゆっくりと近づく。位相を同化させるためにマザーが私が来ているぴったりとくっつくボディースーツを調整してくれる。そうしたらただの肉眼でも見えるようになるのである。
 それは6メートルほどの大きさを持つ巨人のようで、細い手足と胴体を持っていた。まるでやせ細った飢餓状態の子供ような体形。顔には人間と同じところに大きな赤い瞳が二つあって、頭の後ろには幕のようなものが地面にまで伸びていた。顔はまん丸くて結構可愛いかもしれない。地に足をついていないところを見るに重力の影響を受けないようだ。ふわふわと浮いている。
 奴が私を認識して顔を近づいてきた。ゆったりとした動き。
 頬のあたりを触ってみる。意外と柔らかくて暖かい。奴は私をじっと見つめていた。私は何も言わずにマザーの支持を待つ。
 『そのままいてください。』
 スーツにピリッとした電流が走った。その瞬間、奴は急激に小さくなって私の胸のあたりに吸い込まれた。
 頭の中に記憶が流れ込む。どこか別の次元で起きた出来事。星々を作って回った存在達がいた。その存在達は星々が奏でる強大な物理的事象のハーモニーが好きなだけだったようで、それを邪魔する知的生命体が星々に現れると絶滅させることを選んでいた。しかしある時、知的生命体にその星々の創造主たちの一人が捕まって、その強大な体を生きたまま隅々まで解体されてから調べられ、創造主たちを殺せる武器を作ることに成功した。それで次々と滅ぼされる創造主たち。最後に残ったのは捕まって数百メートルの体のすべてなくし、脳だけとなった存在。
 彼は知的生命体との価値観が違っていた。恨んではいない。痛みなんて感じないから。意味なんて感じないから。ただハーモニーが好きだった。そんな、自然現象の化身ような存在。しかし殺された同胞たちの怒りが脳に呪いとなって降り注ぎ、脳は新たな体を作ることを強いられる。それほど回復力を持っているけど、小さな空間に閉じ込められている。作れるのは数メートルほどの、元の体に比べたら本当に小さな白い影。そして同時に、そんなことをしても意味がないと黒い影が対となって作られ、それを封印する。そうするとまた白い影が作られ、続いて黒い影が作られる。
 知的生命体たちがその異変に気付くまで数十体の影が作られた。
 それらは殆ど意志を持たない、ただ恨みと恨みを包むような衝動があるだけ。
 それらは星々を作り出した存在から作られただけあって、次元を跳躍する能力を持っていた。
 そして知的生命体は普通の方法ではそれをどうすることも出来ない。そもそも認識すらされない。白い影は黒い影が封じる力が弱まる時に逃げ出して人からすべての寿命を奪った。その繰り返しで、一つの宇宙に存在するすべての生命体が息絶えた。そして影は最初に作られた目的を達成するためにほかの次元宇宙に跳躍したと。
 しかし位相の差が広がったため、一年ほどの寿命は残るようである。
 「こんなの知ってどうしろと。」
 『いい話ではありませんか。教訓に満ちています。』マザーが割り込んだ。どうやら私が何を経験したのか知っているようだ。
 「意識飛んでた?」
 『二分ほど。』
 「二分の夢にしては重すぎた。休みたい。」
 『どうぞ。』そう言われたけど。
 「冗談。今でも女王が奴を早く捕まれと私の中で暴れだしそう。」
 『なら女王が示す方向へ向かってください。最速で。』
 「わかった。」スーツの足の部分が伸びる。逆関節の足がもう一つ作られるまで伸びる。地面にジャンプして着地。私はぴょんぴょん飛びながら直感が示す方向に向かって走った。時速120キロほどの速さであるが、地面に傷一つ付かないのはマザーが持つ謎技術の一つなんだろう。車をよけながら道路を疾走し、建物が前にあると飛び越える。
 そうやって走って走ってたどり着いた場所は都心部にある公園だった。似たような形の大きな白い影が遠くからでも見えた。奴は通行人たちを何事もないように踏みつけては通り過ぎている。通行人たちは何が起こったのか感じることもなく位相の違う物理的実態に踏みつけられたことなんて知らずに足を進ませた。
 散歩中の犬が吠えたりすることもない。超自然的現象に動物はもっとセンシティブとでも?そんなわけがない。災害ならともかくあれはそんなレベルの物じゃないもっとやばい何かだ。
 女王を取り込めるのは一人だけだからこの任務にあたるのも私だけになってるが、人数の制限がなかったら数十人でかかる規模のカタストロフ。
 『位相を調整します。』マザーではない、スーツから聞こえる無機質な声。ターゲットと接触したからなんだろう。私は空高く飛び上がって、重力の影響から自由になっているので背中に推進装置を生やして、これもまたスーツにある機能の一つだけど、白雪姫に向けて飛んで思いっきり殴りつけた。
 奴がよろけてこちらを見る。奴は生き生きとしていた。やせ細った女王と違って、下半身がドレスのように広がっている。なんでそうなっているの?普通に太るならともかく。
 私は疑問に思いながらも殴る。殴るたびに奴から白い粒子が飛び散ってどっかに飛んで行った。奴が吸い込んだ寿命なんだろう、多分。知らんけど。奴は反撃する機能は備わってないのかただ殴られるだけ。十発ぐらい殴ったところで、奴の体が白く輝き始めた。
 『殴るのはその辺にして女王にあなたの体への制御をゆだねてください。逃げだしす兆候です。』マザーからのメッセージを聞いて私は意識を沈ませる。そうすると胸の中から黒い鎖ような帯のような、文様が書かれているそれがどこまでも伸びて白雪姫に絡みついてグルグル巻きにし始めた。
 そして白雪姫が悲鳴をあげる。位相を同じにしているから私には声が聞こえる。とても悲痛な、怒りに満ちた叫び。私まで泣きたくなるじゃないの。泣かないが。
 やがて全身が帯のような鎖に縛られた白雪姫は小さくなり始めた。それと同時に白い粒子が飛び散る。
 その幻想的な光景に私はしばらく見惚れていた。雪が降るようである。あれが寿命の輝き、命の輝きなのです、尊く美しい、なんてマザーが言っているけど聞こえない。もっと泣きたくなったからだ。泣かないが。
 『白雪姫の再封印を確認しました。』また無機質な声。
 「こいつら私の中から出て行かないんだけど。」
 『はい、それも含めて再封印です。』
 は?
 「は?今なんと言った?」思っていたことをそのまま口にした。
 『あなたが死ぬまでずっとあなたの中に眠れるでしょう。』
 「普通にどっかに放りだせないの?気色悪いんだけど。」
 『今のところは。方法がわかるかもしれませんが、封印の方法として一番安全なのがそれです。』
 「人柱に封印するってのが?」
 『あなたは死んでませんし、スーツのサポートなしでも位相を自在に変化することも出来るようになったはずです。それに彼女らに意識はありません。眠っているのです。』
 「通りで私がこの任務に志願した時誰も止めなかったわけだ。」
 『位相の任意変換を犯罪などにはなるべく使わないでくださいね。』
 「そこは絶対じゃないのか。」
 『致し方ない状況もあると思いますので。』
 こうやって私は意味の分からない新たな力を手に入れたのである。


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