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帰還編
第九話:黒幕?
しおりを挟むルタシュの後に続いて現れた他国の彷徨い人と思しき女性に、各派閥の代表者達からの注目が集まる。希美香もそっと様子を窺う。
「……」
「……っ」
その時、彼女とピタリと目が合った。まるでそこに希美香が居る事を知っていたかのように、迷いなく視線を向けて来た。
ものの数秒ほど見つめ合っていたところへ、カフネス侯爵から全員に向けて説明が入る。
「皆、ここへ来る途中で少なからず聞いていると思うが、王宮内にドルメアの手の者が多数入り込んでいた。そればかりか、衛兵隊や騎士隊の中から裏切り者が出た」
実に由々しき事態だと、カフネス侯爵は城内で捕り物騒ぎまで起きた事をかい摘んで説明した。
まず、昼間の会議で話した異国の彷徨い人とアズタール家の嫡男ルタシュが、城門の前で再会したそうだ。
すぐに声を掛けたルタシュは、そのまま自分の馬車に招いて城にとんぼ返りすると、案内の担当に『探し人が見つかった件』で国王陛下かカフネス侯爵に取り次ぎを申し込んだのだが――
「この案内人から既に不忠者の息がかかっていたようでな」
国王に直接面会できるクラスの賓客を、警備の甘い一般用控え室に案内したうえで、暗殺者を送り込んできた。
最初はもてなしの茶に毒を仕込んでいたようだが、それが失敗するや直接手に掛けようとした。この騒ぎに駆け付けた衛兵隊は、率いる衛兵隊長が暗殺者側の仲間だった。
更に駆け付けた騎士隊の中にも、拘束された暗殺者を逃がそうとする者が交じっていて――と、立て続けに問題が発生。
最終的に騎士隊の宿舎に強制捜査が入り、乱闘が起きるまでの騒ぎになった。
「そして、ここに居る彼女がその全てを暴き、対処してくれた。紹介しよう。遠方はオルドリア大陸の大国、フレグンス王国から来た異国の彷徨い人。ツヅキサクヤ殿だ」
「はじめましてー」
いきなりぶっこんだ内容の紹介をされた彼女は、実に軽い雰囲気で、至って控えめな挨拶をした。
(ツヅキサクヤって名前……やっぱり日本人、っぽい?)
希美香が彼女の出自について考えを巡らせていたとき、騒めく会議室の面々からとんでもない発言が飛び出した。
「失礼だが、彼女こそが一連の騒ぎの元凶という事はないのかね?」
その発言をしたのは、希美香の認識で『嫌味伯爵』ことクァイエン伯爵だった。トレクルカーム国に取り入るための自作自演や共謀を疑う伯爵に、会議室のざわめきが増す。
「クァイエン伯爵、それは本当に失礼だぞ」
眉間に皺を寄せたカフネス侯爵が、即座にそう諭す。
クァイエン伯爵がどこまで本気で疑っているのかは分からないが、希美香から見た印象としては、彼は意図的に失礼な物言いをしているように感じた。
まるでそうする事が自身の役割と認識しているかのような振る舞いに見えるのだ。
(な~んかワザとらしいのよねぇ)
初めて王様に謁見した日の難癖も、あの時は緊張していて気付かなかったが、今思えば随分と芝居掛かった滑稽な言動をしていたように思える。
(それはそれとして、ユニを罵った事は赦してないけど)
希美香はそんな事を考えながら、クァイエン伯爵に胡散な目を向けた。そしてふと、ツヅキサクヤの様子を窺う。
彼女はクァイエン伯爵を無視して、とある一点を見つめていた。正しくは居並ぶ各派閥の代表者達の中の一人を。
カフネス侯爵がその人物を一瞥して、彼女に問う。
「……彼はウェイン・クルサーゼ伯爵。融和派の中心人物だが――彼に何か?」
「この部屋の中で、その人だけがあたしに明確な敵対意思を向けてるんですよ」
融和派の代表の一人として、その人物と並んで座っていたルタシュが、「え!?」と驚いた表情を浮かべて振り返る。
発言を無視されてムスッとしていたクァイエン伯爵も、訝しげにクルサーゼ伯爵を見た。
(確か、融和派って豪商系の貴族が多いんだっけ)
希美香は、これまでに勉強してきたこの国の主要な派閥の特徴について思い起こす。
商人を多く抱える派閥は、ルインのコンステード家も所属する中立派だが、融和派は商人の中でも爵位を賜るにまで至った上澄みの豪商達が多い。
彼らがコネとして寄っているのが、王宮勤めの上級貴族ウェイン・クルサーゼ伯爵だ。
そのクルサーゼ伯爵は、周囲から向けられる疑念の視線に慌てる様子もなく、困惑したように口を開く。
「あー……儂の目つきが厳つい事は自覚しているが、それを敵意の目と取られても困るのだが」
融和派は他国との経済の結びつきを謳う革新的な政策を推している為か、他の保守的な派閥からはよく危険視されている。
「ただでさえ我々は他の派閥から睨まれておるのに。まだ国交もない他国の彷徨い人にまで睨まれるなぞ勘弁してほしいぞ」
クルサーゼ伯爵は、そんなおどけた調子で誤解を訴え、この場の空気を流そうとするが、ツヅキサクヤは『敵意の判定の仕方』について解説を入れた。
「あたしが使ってる精霊術には、意識の糸を相手の精神に絡めて、考えてる内容を読み取る術があるんですよ」
つまり、人の心を直接読む事ができる。この会議室に入ってきた時から、全員に意識の糸を絡ませていたと告げられ、希美香は思わず自身の胸元に手をやった。
他の皆も同じような反応をしている。
ツヅキサクヤは、クルサーゼ伯爵に目を向けたまま続ける。
「”今も読まれているのか”って? どうかしらね?」
「!……っ」
明らかに今この瞬間も読み取っていると分かる言い回しに、クルサーゼ伯爵の顔色が悪くなった。これらのやり取りから、状況の深刻さを理解した他の者達も、若干蒼ざめている。
城内で起きた一連の騒動の背後に、王宮勤めの上級貴族が関わっていた疑いが挙がったのだ。衛兵隊長や騎士隊員の中に裏切り者が居たどころの騒ぎではない。
トレクルカーム国内でそれなりの発言力を持つ、主要な派閥の一つを率いるクルサーゼ伯爵が、ドルメア軍の密偵を国の中枢に引き入れていたかもしれないという、最もあってはならない事態。
ツヅキサクヤの暴露ターンは続く。
「控え室に用意した暗殺メイドさんと暗殺者さんは、お金で雇った外部の人ね。衛兵隊長と騎士の人は隠れ融和派で、普段から暗躍してるみたい。案内の人は――ああ、賄賂を握らせたのね」
次々と明かされる暗躍の内情。クルサーゼ伯爵はますます顔色を悪くしていき、明らかに焦りを募らせている。
その様子に、ツヅキサクヤの発言の真偽を問うような声も上がらない。クァイエン伯爵もすっかり大人しく沈黙している。
(凄い……完全に独壇場だわ)
突然現れていきなりこの状況。貴族の中でも偉い人ばかりが集まった会議の席で、大層な注目を浴びているが、相当場慣れしているのか彼女に緊張している様子は見られない。
「ルタシュさんは――……ふむふむ、最初は都合のいい駒だったと」
「へ? え?」
「……」
暴露内容はルタシュ――アズタール家に対するクルサーゼ伯爵の見解に及ぶ。
アズタール家は、融和派が希美香と交渉する際の窓口扱いとなっているが、クルサーゼ伯爵の当初の評価は、家格が古いだけで大した力のない末端貴族。
いつでも切れるトカゲの尻尾として利用するつもりだったが、ルタシュが『錬金術士キミカ』と良好な関係を築いたので、融和派の代表として取り立てた、という事らしい。
(精神の読み取りって、そんな身も蓋もないところまで分かっちゃうんだ……)
今考えている内容をリアルタイムで読み取っているらしい事は分かった。希美香は、ツヅキサクヤがどのようにして相手の心を読んでいるのか推察する。
(多分、最初にルタシュさんの名前を出して、それに反応した思考を読み取ったとかかな?)
彼女は、『意識の糸を相手の精神に絡めて考えている内容を読み取る術』と言っていた。そこでふと、通信用の『共鳴石』と一緒に作った『共感覚石』の事を思い浮かべる。
(意識の糸って事は、有線? もしかして、創作鉱石で思考の読み取りに近いことができる?)
『共鳴石』は離れた場所にある石同士が振動して音を伝える仕組みになっているが、『共感覚石』はそれを持つ人同士の感覚を何となく同調させるような仕様だ。
相変わらず能力に丸投げになるが、今回得た読心のイメージを強く意識して精製すれば、互いの思考を感じ取れるような、『共感覚石』の上位互換になる特殊鉱石が作れるかもしれない。
――等と、希美香が新しい創作鉱石のアイデアを閃いている間に、クルサーゼ伯爵への追及がクライマックスに入っていた。
「そもそも融和派自体が隠れ蓑で――」
「もうよい」
ツヅキサクヤのリアルタイム思考暴露に沈黙で応えていたクルサーゼ伯爵が、遂に口を挟んで溜め息を吐く。
「元より儂の計画は破綻していたのだ……あの宝石塔が立った辺りからな」
そして、達観じみた重々しい呟きと共に希美香の方へと視線を向ける。急に自分に矛先が向いて困惑する希美香であった。
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