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カルパディア編

第十二章:根回し色々

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 仕事帰りや、これから稼ぎ時に入る人々で賑わう、夕刻前のサンクアディエット。
 人通りの多い一般区を通り抜け、貴族街では時折どこかの家の動力車とすれ違いながら、フォンクランク代表やポルヴァーティア大使、朔耶も乗せた闇神隊一行の動力車は、ヴォルアンス宮殿に到着した。

「じゃああたしはアルシアちゃんのところに行って来るわ」
「了解です。何かあった時は、またよろしく」

 直ぐに発つと告げる朔耶を労った悠介は、地球世界へと帰還する彼女を見送る。それじゃあねと軽く手を振った朔耶は、宮殿前でスッと消え去った。
 地球世界の自宅庭に帰還して、そこからポルヴァーティア大陸にいるアルシアのところへ飛ぶのだろう。栄耀同盟の本拠地が割れれば、意外にあっさり片が付くかもしれない。
 そんな期待も抱きつつ、悠介達闇神隊はヴォルアンス宮殿に帰還の報を入れるのだった。


 謁見の間にて、エスヴォブス王や側近達に今回のカルツィオ聖堂での出来事が報告された。砲撃を受けた事。多数の工作員の存在。ガゼッタの窮状や各国の傾向などだ。
 報告はほとんどヒヴォディルに任せていた悠介は、時折補足したり、同意したりという最小限の働きで任務の締めを飾る。別にサボっている訳ではない。適材適所なのである。

 受け入れるポルヴァーティア大使達の紹介も終わると、宮殿の大ホールに場所を移して歓迎会が開かれた。
 大使達は豪勢な料理の数々に目を白黒させている。そんな様子に和みつつ、悠介は適当に料理をつまんで小腹を満たすと、闇神隊メンバーを連れて早々に会場を後にする。

 そうしてやって来たのは宮殿の二階にあるいつもの部屋。暗黙の了解で闇神隊専用になっている、神民衛士隊の第二控え室であった。

「おう、そろっておるな」

 赤いドレスを纏ったヴォレット姫が、専属警護兼教育係のクレイヴォル炎神隊長を伴って現れた。闇神隊は宮殿衛士隊ではあるが、隊長の悠介がヴォレット姫直属の衛士なので、他の宮殿衛士隊に比べて特殊な立場にある。
 緊急時には現国王の令が直接届く場合もあるが、基本的に闇神隊を動かせるのはヴォレット姫の一存に委ねられているのだ。謂わばヴォレット姫の私兵的な存在であった。

「して、わざわざここに集まったのは皆の前では言えぬ事情があるのじゃな?」

 何があった? と問うヴォレットに、悠介は今後の活動において闇神隊の行動範囲を相談する。アユウカスに耳打ちされた、シフトムーブ網のパトルティアノーストへの再接続について。
 ガゼッタで何か起きた時に、闇神隊として出撃できるよう根回しをしておくのだ。

「なるほどのぅ。なかなか思い切った策を打って来る。流石はアユウカスじゃ」

 ヴォレットは、ガゼッタの里巫女に感心しつつ、「父様にも話を通しておこう」と頷いた。上司の許可も下りたという事で、悠介は改めて闇神隊メンバーに遠征の可能性を説明する。

「向こうで何かあった時はコウ君から都築さんに連絡が行って、必要なら俺にも援軍要請が来ると思うんで、皆も普段から備えておいて欲しいんだ」

 しばらくは意識だけでも警戒態勢を維持し、いつでも出撃できるよう心構えだけしておいてくれと告げる悠介。

「最悪、全員揃わなくても飛ぶ可能性があると考えてくれ」

 悠介がそう締め括ると、腕組みをしたヴォーマルが唸りながら答える。

「ふーむ、中々緊張感のある日々が送れそうですな」
「しばらくはメンバー全員で宮殿の宿舎に寝泊まりするのが妥当か」
「えー、それじゃあ遊びに行けねーじゃねっすかー」
「何言ってるの、任務優先でしょっ」

 シャイードが集団行動を挙げると、街唱も買いに行けないじゃないかとぶーたれるフョンケをエイシャが諫める。すると、イフョカが一人素朴な疑問で突っ込んだ。

「あの……これって、任務……に、なるんですか?」
「まあ正確には任務とは言えないかな。ほぼ自主的に他国の事情に介入するわけだから」

 宮殿衛士隊に属していながらも、悠介の独自の判断で動ける闇神隊ならではの特殊な活動となる。厳戒態勢というほど気を張らずとも、きもち意識を緊急時に向けておいて欲しいと伝える悠介。

「みんな悪いな、こっちの都合に付き合わせちゃって」

 今回はかなり個人的な事情も絡む活動になるからと、悠介は申し訳なさそうにするも――

「そんな事ぁありやせんぜ、俺達は隊長の部下なんですから」
「隊長はもっと自信を持っていいと思う」
「実際、隊長に付いてきゃ勝ち組み確定だしなー」
「フョンケ! でも、私も隊長に付いていきますよ」
「わ、わたしも……」

 隊長に付いて行くと口々に表明する闇神隊メンバーの皆に、悠介は心からの感謝を抱いた。

「みんな、ありがとな」

 今日はこれにて解散となり、皆で『お疲れさまでしたー』と、帰宅準備に取り掛かる。
 ヴォーマルとシャイードはこのまま宮殿の宿舎に寝泊まりするようだ。フョンケは行き付けの娼館にしばらく顔を出せなくなる事を伝えに行くらしい。
 イフョカとエイシャは、それぞれ家族に仕事が忙しくなる旨を話しておくそうな。悠介もスンを連れて自宅の屋敷に戻る。
 シフトムーブで瞬間帰宅する予定だが、一階の動力車乗り場までヴォレットと話しながら歩く。同行するクレイヴォルが、先程のやり取りについて少しだけ苦言を呈した。

「姫様の専属衛士とはいえ、宮殿衛士隊は王に与えられた身分である事はお忘れ無きよう」
「ああ、分かってるって」
「おうおう、クレイヴォルはとうとうユースケにまで御小言を始めたぞ」
「姫様はもう少し慎みを持っていただきたい」

 ヴォレットの煽りを気にせず、頭の後ろに手を組んで歩く姫君の行儀の悪さを指導する専属警護兼教育係クレイヴォルは、鍛えられた胃の辺りを習慣で押さえながら何時もの顰め面を披露したのだった。
 その時、悠介はクレイヴォルの苦言を聞いてふと思い出した。

「そうだ、もしかしたら緊急事態で都築さんが連れて来る事もあるかもしれないから、今のうちにコウ君の事を教えとく」
「ふむ? さっきもちらっと名前が出ておったが、それはあの空風レイフョルドが言っていた黒髪の少年の事かえ?」

「ああ、やっぱり話は行ってたか」
「んにゃ、話というか、わらわが何か知っておらぬか探りに来ておった」

 悠介がコウ少年を宮殿に連れて行く事を断念した日に、レイフョルドはヴォレットに彼の存在を知っているか確認に行っていたようだ。

「コウ君は人の心を読み取る能力を持ってるんだけど、ちょっとそれが強力過ぎてさ。流石に宮殿には連れて行けないってんで、ヴォレットにも紹介できなかったんだ」

 先程の報告会でもコウに関しては詳細を明かさなかったが、聖堂に紛れ込んでいた工作員を燻り出したのはコウの功績である。

「多分、宮殿に連れて来たら色々ヤバいものまで全部見通して、本人も意図しない面倒事が起きる気がするんだよな」
「ほう、そこまで正確に他者の心を読めるのか」

 ヴォレットは、その辺りの事はレイフョルドからも聞かされていないと、興味を持ったようだ。

「誰にも言えぬ胸の内を、決して自身で口にせず相手に伝えてもらうという事も出来そうじゃな」

 そんな意味有り気な言葉を口にしながら含んだ笑みを向けてくるヴォレットに、悠介はハテナと小首をかしげる。

「何か内密に伝えたい事でもあるのか?」
「そうじゃな~、あると言えばあるかのぉ~」

 腕組みをしてプーイとそっぽを向きながら勿体付けるヴォレット。スンが察した表情を浮かべるも、悠介はそれに気付く事無くズレた提案をする。

「口に出来ないんなら手紙とかじゃ駄目なのか?」
「証拠が残るようなものは駄目じゃな。ついでに言えば、わらわがそれを自分の意志で伝えたという事実があってはならんのじゃ」

 それはまた面倒な条件だなと、悠介は明後日の方を見ながら頭を掻く。そんな悠介をじっと見上げるヴォレットは、ニヤニヤの笑みを浮かべながら言った。

「ふふふ……ユースケよ、ニブちんの振りをしても無駄じゃ。もう分かっているのじゃろ?」
「……さーて、何の事やら」

 惚けて見せる悠介に、ヴォレットは唇を尖らせる。だが直ぐに妖しい笑みを作りながら、ぽつりと囁くように呟いた。

「まあ、今はまだお預けじゃ。時が来るまでは忍んでおこう」
「……」

 悠介が沈黙を返すと、ヴォレットは「わらわは諦めが悪いのじゃ」と言って、いつもの天真爛漫な笑みを見せるのだった。

 国の安定の為、ひいては民の為、一度は諦めようとしたヴォレットの悠介に対する秘めたる想い。ポルヴァーティアの出現で、世界の情勢が大きく変わり、今後も国の在り方に変化の兆しが窺える今日この頃。
 将来フォンクランクの女王として君臨する予定である炎の姫君は、自らの望む未来の姿を、その爛々と輝く紅い瞳の奥に、しっかりと捉えていた。



「ただいまー」
「おかえりなさい」
「おかえりー」
「おお、やっともどったか」

 シフトムーブで帰宅した悠介とスンを、ラサナーシャとラーザッシア、それにパルサも迎えてくれた。
 動力車で帰宅した時は玄関を通るので、使用人達が揃ってお出迎えの挨拶をするのだが、シフトムーブで直接広間に帰宅した場合は、それも省略させている。
 直ぐにお茶が用意され、悠介とスンは皆が揃っているソファーに着いて一息吐いた。

「お疲れ様でした。色々と大変だったようですね。ガゼッタには行かれるのですか?」
「ああ、なかなか厄介なことになってたよ。場合によっちゃあ出撃する事になる」

 ラサナーシャの労いに答える悠介は、彼女が既にある程度の情報を入手している事には触れず、これからしばらくガゼッタの情勢を見守りながら警戒態勢に入る事を告げた。

「コウ君が向こうに行ってるから、ガゼッタに潜り込んでるポルヴァーティアの地下組織が燻り出されると思うんだ」

 その関係で、何かあればここからパトルティアノーストまで飛ぶ事になるかもしれない事を伝えておく。

「あら、あの子ガゼッタに行ったんだ?」
「私よりも長く生きる御仁の母国だな。興味深い」

 1200歳を生きる古代ポルヴァーティアの勇者パルサは、その倍以上も生きているアユウカスの住むガゼッタに興味を抱いているようだ。
 ラーザッシアはコウ少年が居ない事にホッと一息吐いた。

「シアはコウ君苦手なのか?」
「うーん、苦手というか……何か把握出来なくて不安になるというか」

 以前の仕事柄、相手の人格などを正確に感じ取る特技を持つラーザッシアにとって、コウは得体のしれない存在という底知れなさを感じて、緊張するらしい。

「ふーん。まあ、シアがそう感じてるって情報も次会った時に伝わるんだけどな」
「忘れてっ 今すぐ!」
「無茶言うな」
「皆さん、夕食の準備が出来たそうですよ」

 悠介の第一婦人候補でありながら、使用人達に交じって配膳を手伝っていたスンが呼びに来た。広間で雑談に興じていた皆は、ぞろぞろと食堂に移動する。

「そういや歓迎会の料理、少し貰って来ればよかったな」
「ふふ、実は分けて貰ってきました」
「マジか、流石だな」

 悠介のふとした呟きに、スンが微笑んで答える。意外なところで抜け目がない。
 今宵の悠介邸では、主たる悠介達を始め使用人達も含めて、宮殿で大使達の歓迎会に用意されていた豪勢な料理に、皆で舌鼓を打つ事になるのだった。


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