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カルパディア編
第十三章:表向きは閑静な朝のひととき
しおりを挟む翌日。朝からレイフョルドの訪問があった。
「よう、普通に顔出すなんて珍しいな」
「君が屋敷の抜け道をことごとく閉じちゃったからね」
忍び込めるスペースを全部潰されたので、正面から入るしかなかったのだ。
悠介はこの屋敷を引き渡された時に、本来の屋敷の設計に無いと思しき隠し通路や隠し部屋などのスペースは粗方埋めておいた。
しかし、この前の『自称森の民、コウ君に翻弄される事件』で、屋敷に新たな抜け道が構築されている事が分かったので、改めて屋敷全体をカスタマイズ画面で調べて怪しい箇所を塞いだ。
「人ん家に勝手にバックドア仕掛けられるのは良い気がしないんだが」
「そこはほら、英雄の器って事で見ない振りして欲しいなぁ」
王宮周りの有象無象な貴族紳士達を『彼は味方である』『安全である』と安心させる意味でも、英雄闇神隊長の情報は常にある程度は握っておきたい。
レイフョルドはそんな裏話をしれっと聞かせる。悠介相手にはぶっちゃけてしまった方が、彼の性格的に妥協すると知っているのだ。
確かに以前までであれば、平穏と安定の為にはやむなしと、多少の偵察なら許容していただろう。しかし、今は色々と状況が違っており、悠介もプライベートの覗き見を許すつもりは無かった。
「都築さんとコウ君に相談してみるか……」
「……それはズルくない?」
「土技の工作員が今せっせと掘ってる隠し通路に即死トラップ仕掛けられるのとどっちがいい?」
「……」
意識だけでカスタマイズメニューを操作できる悠介は、レイフョルドと話している間も、屋敷と周辺の地形状態をカスタマイズ画面でモニターしていた。
画面内には、地下街の大空洞から屋敷に向かって抜け穴が作られている様子が、リアルタイムでバッチリ映っている。といっても人物が映し出される訳ではなく、地下から人一人が這って移動できる程度の大きさの穴が、屋敷に伸びて来ている様子が映るだけだが。
この速度で石材が積み重ねられて出来たサンクアディエット上層の地面を掘り進められるのは、土技の熟練者くらいしか居ない。
「最近ユースケ君が冷たい……くすん」
「似合わん事この上ないな……自分の立場に自覚が出て来ただけだよ」
以前までは、ヴォレットの我が侭で宮殿衛士隊に取り立てられた一般人という気持ちでいたが、今は自身に国政を左右するだけの影響力がある事を理解していると、悠介は語る。
「確かに、この頃は積極的に動いてるみたいだね。ガゼッタへの介入とか」
「今ガゼッタで起きてる問題は、割と他人事じゃないからな」
昨日、宮殿の第二控え室でヴォレットも交えて話した内容を既に把握している事を微妙に誇示するレイフョルドに、悠介は『知られていて当然』という態度で自らの見解を述べる。
「ガゼッタが普通にポルヴァーティアの勢力と交流して、その過程で魔導技術を吸収して発展していくなら問題無いと思うんだけどな」
ガゼッタで暗躍する栄耀同盟と覇権主義派が狙っているのは暴力革命で、単なるテロリズムだ。ガゼッタ国の発展には何ら寄与しないばかりか、カルツィオとポルヴァーティア双方を戦禍に巻き込もうとしている。
新生カルパディア大陸の新時代を担う最初の世代として、旧時代の亡霊は国家の枠組みを超えて沙汰しておく必要がある。
――と、実は半分アユウカスの入れ知恵でもある主張を唱える。
「ふむ。君の考えはもっともだと思うけど……あまり有能さをアピールすると、また暗殺騒ぎとか引き起こされ兼ねないよ?」
「そうなったら都築さんとコウ君が弔い合戦で暴れてくれるだろうな。多分アルシアも連れて」
決して好戦的な性格というわけではないが、仲間想いで義理堅い彼女等は、もし自分に何かあれば必ず動くだろうと、悠介は確信している。
「実際、あの二人は一人でも一国を潰せるくらいの力を持ってるからな。アルシアも本気で戦ったらシンハが十人居ても抑えられそうにないほどだし」
「……地獄絵図になりそうだね」
レイフョルドも朔耶の力の一端は実際目にしているので、もし敵に回られるような事があれば、対抗のしようがない事は分かっているようだ。
「ところで、あの少年は諜報力だけでも勘弁願いたい存在なんだけど、戦闘力も凄いのかい?」
さり気なくコウに関して探りを入れて来るレイフョルドに、悠介は別に隠す事でも無しと、朔耶から聞いているコウの戦い方や、以前別世界の魔王討伐に駆り出された時の顛末なども話した。
「読心能力に加えて虫や動物への憑依能力。ポルヴァーティアの機動甲冑みたいなゴーレムにも変身する。神技の力を視覚的に捉えて模倣し、暗闇でも見通せる上に、望遠鏡のように遠くまで視点を寄せる事も出来る。さらにはどんなに大きい物でも持ち運べる異次元の収納能力だって?」
悠介からコウの話を聞いたレイフョルドは、予想以上に人外な力を持っていた件の少年の能力を羅列しながら、呆れたように溜め息を吐く。どれか一つだけでも、十分に驚異的な力と言える。
心なしか、いつもの微笑も引き攣っているようだ。
「オマケに不死身だしな。最近は時間を遡ったりもしてるらしいぞ」
「……控えめに言って無茶苦茶だね」
どうやらコウと朔耶に関しては完全にお手上げらしい。
「さて、じゃあそろそろ僕は行くよ」
おいとまを告げるレイフョルドは、これからしばらくブルガーデンの様子を探りに行くらしい。魔導技術が導入されて恩恵を受けるのは、女王とその支持者の国民ばかりではない。
ガゼッタほどの深い影響は与えられずとも、ポルヴァーティア勢の工作員が何かしら裏で動いている可能性はある。
ブルガーデンの前指導者で、今は地下牢に幽閉されているイザップナー元最高指導官に、秘密裏に接触している者がいるらしいとの情報を得たという。
「トレントリエッタの方は問題無いのか?」
「問題無いのが問題に思えるくらい問題が起きてないよ」
悠介が訊ねると、レイフョルドは肩を竦めて見せながら答える。一応、そちらの監視は部下に任せているそうな。
「そっか。そんじゃまとりあえず――実行」
おもむろにカスタマイズ画面をタッチして先程から操作していたカスタマイズ内容を反映。地下から穴掘り工作員をシフトムーブで引っ張り出す。
「一緒にお引き取り願ってくれ。穴は埋めとくから」
悠介邸の地下に抜け道を掘っていたら、突然屋敷の広間に強制転移させられた土技の密偵は、穴掘りの姿勢で床に這いつくばったまま、上司と闇神隊長を見上げて唖然としている。
「君も大概普通じゃないよね」
レイフョルドは、悠介に対する『カルツィオの神に力を与えられただけの一般人』という認識を、『一般人だった』に改める。
「周りが余計な事しなきゃ、俺も変わらなかっただろうにな?」
悠介の存在を疎んじ、脅威と見做し、表から裏から色々と仕掛けてくれたお陰で、変わらざるを得なかった。
戦いの中でも成長したが、そもそもが『姫様のオモチャ』という当初の認識のまま放置しておいてくれれば、戦いの場に身を投じる様な事にもならなかったのだ。
「一番最初のアレはどっちも想定外で仕方なかったと思うけど、その後のアレやコレはなぁ」
宮殿衛士に仕官した直後に遭遇した『ギアホーク砦』の事件は、確かに大きな影響はあったし、ディアノース砦建造やブルガーデンの内乱に掛かるガゼッタとのごたごたはゼシャールドも絡んでいたので仕方がなかったものの、その後のノスセンテス関係辺りからは婚約者候補組や反闇神隊派の暗躍もあって、色々と危険な状況に曝される事が続いた。
特に、直接的な暗殺騒ぎは決定的だったと言える。身の危険を感じる事が無ければ、ヴォレットの道化師ポジションで玩具作りや実の味付け係りに納まっていただろうという悠介に、レイフョルドは皮肉が効いていると笑ったのだった。
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