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カルパディア編
第ー章:和平会談に向けて
しおりを挟むこの日、ヴォルアンス宮殿の会議室では、近々カルツィオ聖堂にて行われる四大国会談に向けて、出席するメンバーの顔合わせが行われていた。
ポルヴァーティア大陸に赴く使節団には、フォンクランクの代表として炎神隊員のヒヴォディルの参加がほぼ決定している。これはポルヴァーティアの中枢都市だった旧聖都カーストパレスを、バラバラに割った張本人である悠介が行くのはカドが立ちそうという配慮が多分に含まれる。
一番最初の遭遇時に、対話の呼び掛けをして攻撃されたヒヴォディル辺りが妥当だろうと、悠介が推した結果でもあった。
カルツィオ聖堂にはヒヴォディルと護衛の衛士団と共に、悠介達闇神隊も出向く事になる。
「この面子で行動するのは久しぶりだねぇ」
「そうだな。最初に海岸でカナン達の斥候とやり合った後は、ずっと街で防衛戦だったしな」
大役を任されて張り切っているヒヴォディルの言葉に、悠介が応える。現在、会議室には悠介達闇神隊とヒヴォディルの他、護衛役となる炎神隊の同行者数名に『自称森の民』も交じっていた。
悠介は、会議室の隅っこで相変わらず気配を薄めているレイフョルドにも声を掛ける。
「今回は正式に同行するのか?」
「僕はいつも通りかな~」
つまり、今回も公式には同行者としての記録が残らない、隠密仕様で付いて来るようだ。
「もしかして向こうに渡ったりとかは……」
「いや、流石にそれは無いよ」
いかに神出鬼没な特殊系風技の使い手であるレイフョルドでも、あの広大な海を隔てた他大陸にまで偵察に行くのは難しいそうな。
「風技の伝達が届かない距離だからねぇ~」
「まあ、行き来する手段も限られてるからな」
今回の彼の同行は、もっぱらガゼッタの内情を探る下準備だと、珍しく特殊任務の概要を教えてくれた。
「それを俺に話すって事は、それだけ警戒する必要があるような状況なのか?」
「う~ん、今のところはまだ何とも言えないね。ただ、用心するに越した事はないでしょ?」
レイフョルドは、悠介の問い掛けをはぐらかすでも無く、そう言って肩を竦めて見せた。
それから数日後。カルツィオの街や村では収穫祭が始まった。悠介とスンは、今年もルフク村に帰省する。少し大きめの、ワゴンのような形の動力車で、ルフク村に続く東の街道を行く悠介達。今回の帰省にはラーザッシアやラサナーシャ、それにパルサとレクティマも連れて帰る。
「俺とスンは途中で四大国会談の方に行くんで、帰りの運転は任せますよ」
「うむ、任されよう」
動力車を運転する悠介が、後ろの座席で楽しそうにしているパルサに一声掛けると、彼女は二つ返事で引き受けた。パルサは、ポルヴァーティアでカーストパレスの地下深くにある施設に幽閉されていた頃は、外を自由に出歩く事も出来なかった。
しかし、大神官に連れられて魔導技術で作られた乗り物に乗る機会は度々あったらしく、乗り物の操縦には慣れているようだった。
そうして、昼前頃には無事ルフク村に到着した。
かつて悠介が光臨した頃は、人口は約二四〇人、およそ六〇世帯くらいの村だったが、近隣の村々から越して来る人達が後を絶たず、今や四倍程の規模にまで膨れ上がっている。
「もうここまで来ると街って呼んでもいいかもな」
「あ、そうかもしれませんね」
悠介の呟きに、隣に座るスンが両手を合わせて相槌を打つ。自分の生まれ育った村が立派に発展している事や、その立役者が想い人だったりする事に、何か感じ入っているようだ。
村の周囲を護る防壁も、昔は油木を敷き詰めた溝が掘られていただけだったが、現在は石造りのしっかりとした壁で囲われている。ちなみに、この防壁は悠介がカスタマイズで構築した。
防壁の門を潜ると、村に駐在している衛士隊員が敬礼で迎えた。そのままゼシャールドの屋敷前まで動力車を走らせる。
「お、バハナさんだ」
「やっぱりバハナおばさんは出迎えに来てくれましたね」
建物も住民も増えたルフク村。以前は悠介とスンが帰省すれば、村人がほぼ総出で出迎えたりというお祭り騒ぎになっていたものだ。しかし今では、顔見知りや親しい間柄の人が偶に挨拶に来るくらいで、特に交流の無い村人とは疎遠とまではいかずとも、適度な『他人の距離』になった。
スンが小さい頃から良く面倒を見てくれていたバハナは、ほとんど家族のような付き合いなので、今でもこうして顔を出しに来る。
「おかえりスン、ユースケ。随分と大所帯じゃないか」
「ただいま、バハナおばさん」
「バハナさん、ただいまっす」
動力車のドア窓越しに挨拶を交わすと、とりあえず全員で降車して荷物を下ろしに掛かる。その顔触れを見渡したバハナが、ニヤニヤしながら一言。
「べっぴんさんばかりじゃないか。みんなユースケの嫁さんなのかい?」
「違います」
予想していた悠介は間髪入れずにツッコんだ。すると、件の『べっぴんさん』達が自己紹介した。
「ユースケの奴隷でーす」
「愛人です」
「居候だ」
「保護観察対象です」
初めから順にラーザッシア、ラサナーシャ、パルサ、レクティマである。さらに、ラーザッシアから目配せされたスンも、皆のノリに付いて行かなくてはと自己紹介に参加した。
「あ、えと……恋人……です」
が、やはり自称するのは恥ずかしかったらしく、顔を赤らめながら目を逸らす。
「スン……そういうノリには付いて行かなくて良いから」
その仕草は非常に萌えてよろしいのだが等と、脱力しつつも正直な悠介に、爆笑しているバハナ。兎にも角にも、ゼシャールドの屋敷前では賑やかで和やかな光景が繰り広げられたのだった。
現在のゼシャールドの屋敷は、悠介のカスタマイズで増築されている。駐車場も完備した、結構大きな敷地を持つ屋敷になっていた。
ちなみに、村長の屋敷や駐在衛士隊の施設なども、ポルヴァーティアとの戦争が一段落してからまとめて整備した。
「お主が来ると、いつも賑やかになるのう」
「お騒がせしてます……」
ホッホと笑って出迎えるゼシャールドは、今もルフク村の医者として活動を続けている。優秀な助手として活躍する元暗殺者のベルーシャや、保護者として預かっている元暗殺児のエルフョナの二人とも、良好な関係を築いていた。
今日から数日間、ここでお世話になりながら皆で収穫祭を楽しむのだ。
「それにしても……」
悠介はゼシャールドとテーブルで向かい合ってお茶を頂きつつ、広間の様子を見渡して呟く。
「何か男女比の偏り凄いっすね」
「うむ」
現在屋敷に居る人々、手伝いに顔を出しているバハナも含めると、十人中の八人が女性である。
「まあ、大体お主のせいだが」
「うーむ」
偶々の巡り合わせの結果だとしても、これでは普段からフョンケに『ハーレム乙』等と言われても仕方が無い気もすると、一つ溜め息を吐く悠介なのであった。
その日の晩餐の席にて。
皆で豪華な料理が並ぶ食卓を囲み、明日からの祭り見物に和気あいあいとした雰囲気を醸し出しながらも、話題に挙がるのはガゼッタの動向とポルヴァーティアの出方という政治的な話である。
「なあ、もうちょい楽な話題にしないか?」
「だーめ。大事なお話なんだから」
悠介は話題の転換を図ろうとしたが、ラーザッシアに却下された。そしてパルサからも――
「お前の進退に関わる話は、この場に居る全員の運命にも関わる事だからな」
この世界の変革者としての立場に「自覚を持った方が良いぞ」と促される。本人の意思に関わらず『邪神』としてこの世界に在る以上、悠介はカルツィオの『変革者』なのだと。
「今後十数年の間は、お前に倒れられては困る。せめてこの御仁ほどは生きて貰わねば」
「ほっほっほ」
ゼシャールドを指してそんな事を言うパルサに、当人は楽し気に髭など弄っている。
ともあれ、ガゼッタの内部で問題視され始めた覇権主義勢力と、ポルヴァーティア勢力の中でもカルツィオの混乱を狙う好戦派勢力との接触は抑えなければならない。
(うーん、流石に1200年も生きてる人に言われると、結構響くなぁ)
ポルヴァーティアの古の『勇者パルサ』の言葉は、ガゼッタの『里巫女アユウカス』とは、また違った重みがあると唸る悠介は、しかし正論で返す。
「つっても、その辺りはガゼッタが考える事だからな」
ここで自分達が話し合ったところで、有意義な結論に辿り着けるとは思えない。問題の覇権主義勢力に注目される当事者ではあるものの、自分達はあくまでガゼッタの外の人間なのだ。
「どうせ四大国会談に出た先で嫌でもその話題に絡む事になるんだし、今は祭りを楽しもう」
「むぅ……ユースケは相変わらず楽観的よねー」
「うふふ。ユースケ様の場合、その方が事を上手く運べるみたいよ?」
「ふむ、問題もそれに触れる時期も、適切な取捨選択という事か。それがお前の在り方なのだな」
口を尖らせるラーザッシアをラサナーシャが宥める。パルサは悠介の考え方を考察して納得していた。
「いや、だから、そんな小難しく考えなくても……」
「皆さん、ユウスケさんの事を心配してるんですよ」
困った顔で頭を掻く悠介に、スンがそう言ってフォローする。
「……まあ、それは分かるけどね」
何だかんだと、自分の世話を焼いてくれる。普段よりも賑やかな晩餐を楽しむ彼女達を見渡した悠介は、内心で『確かに簡単には死ねないな』と、先程のパルサの言葉を噛み締めた。
悠介達がルフク村で収穫祭を楽しんでいた頃。
ポルヴァーティア大陸の中央付近を埋め尽くす囲郭都市群の一つ。ポルヴァーティア人自治区の中でも、集合住宅モデルの居住施設が密集する一画にて。
一般信徒服姿の男が、とある居住施設の一室前にやって来て扉をノックした。
「……」
「俺だ」
扉の向こうからの微かな誰何にそう答えると、開錠の音がして扉が少し開かれる。ノックの主を確認した中の住人は、素早く周辺を見渡して室内へと招き入れた。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中では、十数人の若者や中年男性が、テーブルの上に広げられた『カルツィオ大陸の地図』と『計画書』を囲んで、ほぼ最終確認となった議論を交わしている。
「尾行はされていないだろうな」
「ああ、問題無い。この頃は例の会談の準備で、本部の連中も皆浮足立ってるからな」
招き入れられた男は、議論の輪に加わりながら、自身が表向き所属している組織の現状について語る。組織構成員個人に対する監視も、日に日に甘くなっている傾向が覗えるという。
「我々の動きを気取られる心配は無いだろう。そっちの準備はどうだ?」
「予定通り揃っている。海上基地の水中倉庫内に残っていたものを、どうにか掻き集めた」
彼等は、元ポルヴァーティア神聖軍でもエリート部隊に所属していた将校達である。悠介の秘策によって聖都カーストパレスが分割され、旧執聖機関が崩壊した日。ポルヴァーティア人は幾つかの勢力に分かれた。
大神官が逸早く立ち上げた新しいポルヴァーティア人組織、『真聖光徒機関』は、旧執聖機関の体制を殆どそのまま引き継いだ最大規模の組織となる。その大神官の組織から爪弾きにされた者達が、彼等である。
大神官は、力の象徴だった魔導兵器が軒並み悠介によって潰されていた為、組織の結束を固める方法として、これまで民衆を纏めて来たポルヴァ神への信仰と教えを利用していた。
純血のポルヴァーティア人で構成される、信心深い信徒と『役に立つ』神聖軍幹部や兵士で纏められた組織は、それ故に指導者である大神官と周囲の者達には、品行方正な立ち振る舞いと在り方が求められる。
旧体制下でポルヴァ信仰の欺瞞という真実を知る『一握りの選ばれた者』であったエリート将校の一部には、かつての特権階級時代を忘れられず、信徒相手に傲慢な振る舞いを続ける者も居た。そういう輩は、組織の結束を乱す不適合者と見做され、排除されていった。
ここに集う彼等は、主にそうして爪弾きにされた者達であった。先程この部屋にやって来た男は、表向きは大神官の政策に従い、真聖光徒機関の中で『立派な幹部』を演じている。
しかし内心では、今の大神官達を『牙を抜かれた旧執政機関の残党』と見限っており、自分達が真なるポルヴァーティア人の中枢組織となるべく暗躍しているのだ。
彼等が進めている計画は、カルツィオ側の勢力とも大いに関わる作戦だった。近く、カルツィオの使節団が和平交渉にやって来る。その際、人材交流の一環として互いに数名の親善大使を送り合うという計画が挙がっている。これに大使役として参加し、向こうに渡って既に潜入活動しているこちら側の工作員と連携を取るのだ。
ポルヴァーティアの有力組織は、大神官の『真聖光徒機関』の他に『勇者アルシア』が後ろ盾に付いた組織『暁の風』があり、そちらにも彼等の仲間が潜り込んでいた。
それぞれの有力組織に所属しながらも、彼等の帰属する本命の組織はここ『栄耀同盟』であった。
「我らにあの栄光を取り戻さんがため!」
「富と力を在るべき場所へ!」
「革命万歳!」
ポルヴァーティアの地下組織『栄耀同盟』の同志達は、来る決起の時に備えて密かに気勢を上げ合うのだった。
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