遅れた救世主【聖女版】

ヘロー天気

文字の大きさ
33 / 106
かっとうの章

第三十二話:ベセスホード事案

しおりを挟む



 聖女コノハから『全て知っている』と告げられたも同然の言葉を受け、逃げるように隣の神殿に引き揚げて来たイスカル神官長とグリント支配人。シドが知っている事の全てを話していた場合、もう誤魔化しようがない。
 豪奢な奥部屋で頭を抱えながら右往左往している彼等は、如何にしてこの窮状を切り抜けるかを模索する。

「どうすればいい、どうすれば……」
「持てるだけの財産を持って逃げるか」
「どこへ?」

 聖女が言っていた通り、今は魔族との戦争中で、人類の領域はオーヴィスが最後の砦と言われている。逃げ場など何処にもない。

「いや、まだだ……」

 高級なソファーにどっかと身を預けて、顔を俯かせていたイスカル神官長がぽつりと呟く。シドから情報を得たとて、まだ聖都には知られていない筈。
 伝令が出た形跡はないし、伝書鳥を使われたとしても、証拠を全て消してしまえば、誤解による冤罪だと申し開きで押し通せる。真相を明かされて困る者は、聖都にも大勢いる。

「兵を集めろ……」
「……イスカル殿?」

 顔を上げたイスカル神官長は、血走った目をして捲し立てるように指示を出す。

「今ならまだ間に合う! ありったけの兵をぶつければ、護衛の騎士程度ならやれる筈だ!」
「い、いや、しかしそれは……!」

 流石に聖女一行を暗殺するなど、幾らなんでも畏れ多くて考えられないとグリント支配人はしり込みする。

「何を怖じ気づいておる! このまま手をこまねいていれば、儂らは破滅だぞ!」
「で、ですが、聖女殿は単独で魔族軍の斥候を退けるほどの力を持つと聞きます」

 夕方の騒ぎでもその力の一端が示されたが、聖女の祝福を受けると身体能力が何倍にも強化されるのだ。聖女一行の護衛騎士は確かに少数とはいえ、その一人一人が一騎当千の力を発揮すれば、辺境の小さな街で掻き集めた傭兵崩れなど、何十人いようと敵わないのではないか。
 グリント支配人はそう諭してイスカル神官長の凶行を諫めようとするが、自身の破滅が確定してほぼ錯乱状態に陥っている神官長に、彼の訴えは届かなかった。


 街全体が寝静まる深夜。神殿に併設された高級宿にて、呼葉達は護衛の騎士も含めて一階ロビーの大広間に集まり、これからの事を話し合っていた。
 宿の従業員は皆安全な部屋に避難させてある。イスカル神官長達の息が掛かった者も一纏めにしているので、ある意味隔離処置でもあった。

「彼等は、本当に襲撃などしてくるのでしょうか」
「来ると思うよ? 今頃は手勢でも集めてるんじゃないかな」

 アレクトール達の問いに気負いなく答えた呼葉は、何故か用意されているお茶菓子など齧りながら、偵察に出ているシドの帰りを待つ。

 シドには聖女の祝福を与えた上で『宝珠の外套』を貸し出してあるので、恐らくプロ顔負けの密偵ぶりを発揮してくれるはずだ。そのまま行方を眩ませるという心配はしていなかった。
 呼葉の勘ではあるが、シド少年からは聖女呼葉に付いて行く事が最も身の安全を図れると理解している心情が読み取れた。なので、彼が裏切ったり宝具を持ち逃げする可能性は無いと考えていた。

 孤児院の地下では唐突なポンコツぶりを披露したシド少年だが、呼葉は彼がかなり聡明であると感じている。
 隷属の呪印を解呪されてから、即座に呼葉に仕えた判断の速さも然ることながら、グリント支配人に買われるまでの経歴も、本人から聞いた限りその有能さが覗えた。

 ふと、大広間に血の臭いが漂ったかと思うと、カタンッと床を叩く音を鳴らしてシドが現れる。宝珠の外套の隠密効果を解いたシドは、大柄な男性を連れていた――というか、負傷した男性に肩を貸している状態だった。ざわめく護衛の騎士と、困惑するアレクトール達六神官。
 しかし呼葉は、聊かの動揺も見せずシドを迎える。既に付け焼き刃の悟りの境地が発動していた。

「おかえり、その人は――確かパークスさんね」

 農場の視察現場で開拓作業員のリーダー役をやっていた元傭兵。視線で「どうしたの?」と問う呼葉に、シドは「偵察途中で拾った」と答える。血を流しているがそれほど深い傷は負っていないらしく、そこそこの回復魔法が使えるアレクトールとザナムが治療に当たった。
 ネスが水を汲んで来て彼に渡すと、パークスは一気に呷って人心地ひとごこち付いたようだ。

「ふぅ~、助かったぜ」
「何があったんですか? 大体想像はつきますけど」

 呼葉が訊ねると、パークスは真剣な表情になって告げる。

「ああ、何だか知らねぇが農場の支配人に付いてる護衛の連中が来てよ、聖女一行を襲撃するとかって召集掛けてるみてぇなんだ。ここは危険だぜ」


**
※今回はもう一話投稿します。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...