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4巻
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エッリア領内にある魔導技術研究施設を訪問していた京矢と、マーハティーニのメルエシード王女。そこを反乱軍の武装組織に襲撃された二人は、命からがら脱出に成功した。
スィルアッカ率いるエッリア軍精鋭団の戦車隊に保護されて安堵したメルエシードは、緊張が解けて疲労が押し寄せた為か、車両内の座席で眠りについている。一方、応急手当を受けた京矢は、精鋭団を指揮するスィルアッカの活動に協力していた。施設内の様子をコウから京矢に、京矢からスィルアッカに伝えるという方法で、外から内部の正確な情報を得るのだ。
「えっ、それマジかよ!」
「どうした?」
施設を睨む戦車の上で唐突に驚いた京矢を訝しむ事もなく、スィルアッカは冷静に問い掛ける。京矢がコウから何か驚くような情報を得たのだろうと推察しているのだ。
彼女は既にコウと京矢を介した交信技を使いこなしていた。
反乱兵達の思考を読んだコウによると、彼等は元々施設の警備をしていたエッリアの兵士ではなく、数日前に施設を襲撃して入れ替わっていたらしい。
正規兵の遺体が埋めてある場所も伝えられ、スィルアッカはそちらに兵を向かわせた。
今回の緊急事態には、公務の会議を中断して側近のターナに後の処理を任せ、大急ぎで救出にやって来た為、いつもターナが控えているはずのところには京矢が居た。
「ふむ……どうにも反乱軍の動きがおかしいな」
特に京矢に意見を求めるでもなく、スィルアッカは反乱軍の行動の不審を呟いた。すると京矢から、彼等が自分の事を知っているようだったと意外な言葉が返ってくる。
「それも妙だな」
京矢に関しては公式発表したとはいえ、宮殿上層の人間の中でもまだまだ謎に満ちた人物というイメージが先行している。これが他国ともなれば『ゴーレムのような巨漢の男』だとか、『小人のような老人』だとか、『日の光を浴びると皮膚が溶けてしまう為、常に闇色のローブを纏っている』などという無茶苦茶な人物像が氾濫している。
一部はワザと偽情報を流して混乱させているのだが、分かり易い身体的特徴があるとはいえ京矢の容姿を正確に知っていたとなると、誰かが反乱軍に情報を漏らしていた可能性も考えられるのだ。
特に今回メルエシードが狙われた事から、マーハティーニ辺りに反乱軍のスパイが潜り込んでいるのではないか、とスィルアッカは推測する。
――ってスィルアッカが言ってるんだけど、兵士達から何か拾えるか?――
『うーん、今は〝こっち来たー〟とか〝早く逃げないとー〟とかの意識が強くて、細かい事までは考えられないみたい』
京矢が交信でコウに問い掛けると、コウは今現在の兵士達の内面を読み取って伝える。
施設の緊急避難路から撤退を始めた反乱軍兵を追い掛け回しているコウは、反乱軍に潜り込めばてっとり早く色々分かるのではないだろうかと考える。
――潜り込むってどうやって……ああ、なるほどその手があったか――
『うん、さっき壁を叩いた時に落ちてきたのがくっついてるから』
反乱軍兵を追い掛けながら施設内を移動中、適当に荒ぶっている振りをして壁を叩いた際、天井に張り付いていた小さな虫がパラパラと降ってきて複合体に付着している。この虫に憑依して、兵士達にくっついて行くというアイデアだ。
「――って事なんだけど、どうかな?」
京矢から提案を聞いたスィルアッカは、確かにコウが潜入すれば常に反乱軍の動きを把握し、居場所を特定する事も出来ると考える。今回の件を含め、反乱軍の行動については裏も押さえておきたい。
「暫くは宮殿でコウが活動する機会も無い事だしな、許可すると伝えてくれ」
スィルアッカから『反乱軍潜入案』の許可を貰ったコウは、複合体を異次元倉庫に片付けて虫に憑依。追跡者が突然消え失せた事で『召喚の時間切れか?』と仲間の脱出の為コウの誘導役を務めていた反乱軍兵士が足を止める。
その内の一人にくっついた小虫なコウは、カサコソと甲冑の隙間に潜り込んだ。
「よし、兵士の一人に取り付いたみたいだ」
「そうか、ならば追跡の手を緩めてやらねばな」
反乱軍兵への深追いを禁じ、施設内の制圧と生存者の捜索を優先するようスィルアッカが指示を出す。それと入れ替わりにやって来た伝令から、施設の近くに埋められていた警備兵の遺体を発見したという報告が届けられた。
「そうか……よし、これであの反乱兵共は施設の警備兵と入れ替わっていた反乱軍兵士だった事が証明された」
一つ憂いが晴れたような表情を浮かべたスィルアッカに、京矢が怪訝な顔を向ける。コウが傍に居れば彼女が何を思い、考えているのかすぐに把握出来るのだが、あいにくと今は不在だ。
そんな京矢の疑問を感じ取ったスィルアッカは、少し憂いを帯びた表情を浮かべると、厄介な問題の一つが解消された事に安堵したのだと話す。
「とりあえず、ここで殺された使節団一行が属する国からの抗議や賠償請求を躱せる」
今回の事件は全て反乱軍が行った暴挙であり、エッリアは被害国側の立場であると表明出来るのだ。犠牲者の追悼云々より先に、そんなところでホッとしなくてはならないのも政務者の在り方だとスィルアッカは自嘲する――自分の手は今も血塗れなのだと。
「軽蔑するか?」
あくまで軽い調子ながら内面の緊張を感じさせるその問いに、京矢は『んなこたぁ無い』と答えた。自分も、生き延びる為に同行していた他の研究者達を見殺しにしているし――
「スィルアッカ達の仕事場が、人の命さえ取引に使われるような大変な世界だって事は理解してる」
「……そうか」
京矢の淀み無い理解の言葉に、スィルアッカは少しだけ救われた気分になった。それから暫くして、施設の制圧を完了した精鋭団の伝令から、追撃を逃れた反乱軍部隊が南西方面へ逃走したとの報告が届けられたのだった。
起伏の激しい砂漠地帯では、足場の悪さからどうしても戦車隊の機動力は砂馬に及ばなくなる。エッリア軍精鋭団の追跡を、反乱軍部隊は施設の厩舎から調達した砂馬の足で振り切った。日が沈む頃、砂峰の影でキャンプを張りつつ、今後の事を話し合う。
「我々は現在この位置にいる。本隊はマーハティーニ軍に北側を抑えられている為、陽動の攻撃部隊が廃鉱を通って――」
隊長兵士は、本隊と合流すべく自分達『特務別働隊』の、これからの行動について語る。
既にナッハトーム正規軍の装備は解除され、全員がバッフェムト独立解放軍特務別働隊の基本装備を纏っている。
『この人は〝対の遠声〟を持ってるのか~、何か他の人とはちょっと違うような?』
彼等の会話などから色々情報を吸い上げて記憶しておけば、京矢を通じてスィルアッカ達に伝えられる。あまり近付き過ぎて羽音ではたき落とされないよう、兵士達の頭上をゆったり漂う小虫のコウは、やがて隊長兵士のローブにぺたりと張り付いた。
――まったく、こんな簡単な任務を失敗するとは『精鋭』が聞いて呆れる……所詮こいつ等の実力なぞこの程度か――
隊長兵士が胸の内で毒付く心の声。その思考から拾い上げられた情報が、現在はエッリアの離宮まで引き上げている京矢へと送られた。
「こりゃまた、随分と重要な情報だな……」
離宮の奥部屋でコウからの情報に意識を傾けていた京矢は、隣の部屋でターナと今回の事件に関する各方面への概要発表について話し合っているスィルアッカに伝えた。
コウが探り出した重要な情報。それは施設を襲った反乱軍兵士の隊長は、反乱軍で同志として活動をしているが、本当の所属は別である事だった。どうやらヴェームルッダ国から派遣された雇われ兵らしいが、反乱軍兵士達もその事は知らないようだ。
「まだあんまり詳しいところまでは探れてないみたいだけど、なんかその隊長兵士は別の誰かに雇われて反乱軍に居る、みたいな?」
「ふむ……色々と複雑な事情が絡んでいそうだな」
スィルアッカにとっては心に負った傷を思い出すのであまり聞き心地のよくない国名だ。しかしその精強な兵力を以てエッリアの後ろ盾を担って来たかつての軍事強国であるヴェームルッダは、誇りや名誉を重んじる国柄であり、国王の方針も変わっていなかった筈。
裏で反乱軍に手を貸しているとはちょっと考えられない。スィルアッカはそう考える。
「グランダールとの一戦で帝国内の安定は図れたと思ったが、そう思い通りにはいかないものだ」
これはもう一波乱、何か大事が起きそうだと、スィルアッカは気を引き締めた。
ナッハトーム帝国内の勢力図はここ数年でかなり変動していた。機械化兵器の開発成功によってエッリアがヴェームルッダからあまり兵を借りなくなった一方、反乱軍征伐などでマーハティーニが多く借りている。
エッリアのガスクラッテ帝はヴェームルッダのこれまでの貢献を称えて関係は大事にしている。だが、年々エッリアに貸与する兵が減り、唯一の強みであった武力で差を付けられた事がヴェームルッダの不安と嫉妬を煽り、疑心を呼び起こしてもいる。
スィルアッカの推測とは裏腹に、ヴェームルッダは暫定的ながらマーハティーニの策謀に手を貸していた。
ヴェームルッダ側としては、エッリアの帝都としての格を保つ為に散々後ろ盾の役割を果たして来たのに、強い兵器を手に入れた途端お払い箱扱いかという意識があった。そこをマーハティーニのレイバドリエード王が巧みに突いた形だ。
「エッリアの施設で反乱だと?」
「ハッ、まだ詳しい情報は不明ですが、メルエシード様の同行する視察団一行が巻き込まれ、壊滅したという話も……」
「な……っ!」
妹姫メルエシードの顔が脳裏を過ぎり、一瞬言葉を失うマーハティーニのディードルバード王子に、伝令から戦況が伝えられた。
反乱軍の攻撃部隊が征代軍の左方向から奇襲を仕掛けて来たという報告。どうにか対応しようとするディード王子だったが、すぐには意識を切り替えられない。
「迎撃の準備を――いや、包囲網を固めて敵本隊の動きに注意しろ!」
「反乱軍本隊より突撃部隊が接近!」
征伐軍の動きが鈍る。その隙を突いて攻勢に出た反乱軍の本隊が、崩れた包囲網を突破した。
「敵攻撃部隊、退いて行きます!」
「反乱軍本隊は散開しながら撤退中」
「ええいっ、またこの戦法か!」
反乱軍の撤退はいつも素早く、まるで壊走しているかのように散り散りになりながら退いて行くのだが、どういう指揮なのかちゃんと統制がとれていて非常に鮮やか。逃げる事にかけては高い錬度を誇っていた。
今回もまた逃げられてしまったと呻くディード王子はしかし、ここまで追い詰めて逃げられた反乱軍の事よりも、エッリアの施設で起きたという反乱の事が気に掛かっていた。追跡隊を組織した後、一旦本国まで引き上げる事を検討する。
「エッリアの反乱について親父殿から何か連絡は入っているか?」
「いえ、特には。本国でもまだエッリアに問い合わせを行っている最中なのではないかと」
部下の答えに『そうか』と呟いたディード王子は、反乱軍が撤退して行った方角を一瞥すると、征伐軍の撤収に取り掛かるのだった。
バッフェムト独立解放軍という組織が生まれたのはおよそ四年前。元々の発端は、ガスクラッテ帝が支分国への食料援助でエッリアの価値を上げる為に、バッフェムトから大型漁船を接収して漁業の縮小などを突きつけた事に対する反発だといわれている。
当時、バッフェムトの港街を中心に周辺の村や集落を治めていた一族の長が、首謀者となって組織を立ち上げたのが始まりだ。
「現在、本隊は南の廃鉱から渓谷を移動中との事だ。我々は平野を迂回して山間部からのルートを行く」
本隊が無事、征伐軍の包囲を抜けて集合地点へ移動を始めたとの連絡を受けた『特務別働隊』は、速やかに合流を果たすべくマーハティーニ領内を横断していたのだが、一つ問題が発生していた。
エッリアの魔導技術研究施設からは本来もっと余裕を持って撤収する予定だった為、施設の物資を確保しておく段取りが崩れて、手持ちの水や食料が心許ない状態になっているのだ。
「補給が必要だな」
「確か、この先の近くに村があった筈です」
岩山と渓谷ばかりが連なるマーハティーニの領内。エッリアのある東方向に進むほど地形は山間から荒野へと変わり、やがて砂漠が広がり始める。特務別働隊は砂漠と荒野が交わる、山間の寂れた村へ補給に立ち寄った。
「我々はバッフェムト独立解放軍の部隊である! 活動物資が不足している為、この村に立ち寄った次第だ!」
村の代表者を求める隊長の声に、何人か村人が姿を現す。いずれも老人ばかりで、若者の姿は見当たらない。隊長が村の代表者達と話している間、隊の兵士達は見張りの兵士を残して三人一組で村の中を練り歩く。
「年寄りばかりだな、ここは」
「へえ、若い衆はみーんな都の鉱山まで出稼ぎに出ておりますじゃ」
隊長のローブにくっついていたコウは、兵士と村人、双方の思考からそれぞれの思惑を読み取った。
村人達は女子供を含む若い衆が見つかると、解放軍の新たな構成員として連れて行かれてしまうので隠しているようだ。
兵士達は使える人材が居ないか探している。特に、年端の行かない子供は解放軍兵士として教育し易いので、成長した若者よりも重宝される傾向にあった。
『なるほどー、こうやって仲間を増やしてるのかー』
人員補給で村や集落を訪れた場合は、家捜しまでして使えそうな者を連れて行くところだが、今回は物資の補給に立ち寄ったので、僅かばかりの水と食料の提供を受けると、特務別働隊は出発準備に取り掛かる。
ホッとしている様子が窺える村人達の思考から、子供達を隠している場所を割り出していたコウは、隊長のローブからふよふよと飛び立った。
「?」
「どうしました?」
「いや、気のせいか」
首を傾げつつかぶりを振った隊長は、何でもないと言って出発準備を整え始める。
彼は一昨日辺りからやけに近い場所、自分のすぐ傍に誰かの気配を感じて不気味に思っていた。急にその気配が遠ざかった気がして疑問を浮かべたものの、兵士稼業などやっていればよくある事だ、と流したのだった。
石と土を固めて造られた村の建物上空を浮遊するコウは、岩壁の角部分に立つ家の屋根に降り立つ。煙突らしき隙間から屋内に入り込み、更に床に敷かれた薄い絨毯の上を旋回。この下に自然の小さな洞穴があって、そこが隠し部屋になっているのだ。
『うーん、小虫くんの身体じゃ入れないなぁ』
暫く部屋の中を漂っていたコウは、壁際にクローゼットらしき家具を見つけたのでそちらへと飛ぶ。扉に張り付いて精神体の頭を突っ込んでみると、何点かの衣服が吊られていた。
『これをもらっていこう』
少年型の体格に合いそうな村服を拝借し、代わりに十分なお金を置いていく。
あちこち修繕された跡の残る少々傷んだ服だが、この方が自然だと満足げに異次元倉庫へと仕舞うと、コウは煙突から建物の外に出て、そのまま村の出口に向かって飛んだ。そうして村の外れまで移動したコウは、小虫から抜け出す。
『小虫くん、ここまでありがとね』
コウの語り掛けに何か答えるような雰囲気を残して、小虫はどこかへと飛び去った。
周囲に人影が無い事を確認し、複合体を出して憑依したコウは、とりあえず魔導輪でその場を離れる。村人達から得た情報を基に、近くの果実採集場所へと向かった。
目的の場所に着くと、身体を少年型に乗り換えて作業開始。山間にできた僅かな平地に群生する植物から幾つか実を採り、以前ダンジョンで拾った古いかばんに詰めて擬装用の小物が完成した。次に少年型の外装を、いつもの街服から全裸に切り替える。
「そういえば、こうして服を着るのって初めてかも」
拝借してきた村服に袖を通し、村の子供に変装したコウは、ごろごろごろーっと地面を転がって適当に身体を汚し、偽装完了。特務別働隊が通る道に先回りしていかにも『村の外へ食料の実を採りに行って来た子供』を装いながら道を行く。
やがて、移動を始めた部隊と鉢合わせした。
「む? 小僧、そこの村の者か?」
「うん、そうだよー」
一言二言、言葉を交わしながらじろじろと値踏むようにコウを見定める隊長。
少し舌足らずに感じるが、こんな辺境の田舎村に住む子供など大体こんなモノだろう。泥で汚れた顔もよくよく観察してみれば、かなりの器量――
両親は既にいないという村の少年に、隊長は『上玉』の判定を下した。
「お前、我々と一緒に来い。同志として迎えてやろう」
バッフェムト独立解放軍に来ればもっとマシな服を着られるし、飯も腹いっぱい食える。同年代の友人もできるぞと、コウはほぼ強引に部隊の小間使いに編入される。
戸惑い(の演技)を見せながら彼等について行く事を了承したコウは、最後尾を行く兵士に引き上げられて砂馬に跨った。
『というわけで、ばっふぇむと解放軍に潜入するよー』
――独立解放軍な。とりあえず宮殿も今はバタバタしてるけど、その内そっちの動きにも呼応できると思うから、無理せず頑張ってくれ――
京矢と意識の奥で交信したコウは『りょーかい』と返して、特務別働隊の隊列が進む山道に視線を向ける。徐々に険しさを増す周囲の山々。低く流れる千切れ雲が岩肌に影を落としては去っていく。
『良い人がいればいいなぁ』
渓谷から吹き上げる風に髪を撫でられながら、コウはバッフェムト独立解放軍の人達との出会いに期待するのだった。
2
渓谷を越え、廃鉱と繋がる入り組んだ洞窟を抜けると、そこだけ切り取られたかのように開けた空間が広がる。
険しい岩山の連なる山脈の中にできた平地。この辺りの岩山には同じような場所が幾つか点在しており、ここはバッフェムト独立解放軍が隠れ家に使っている内の一つだ。
先日、マーハティーニの征伐軍の包囲からどうにか逃げおおせた解放軍本隊は、新たな本拠地を構えるに当たって損害の出た各部隊の編成を見直すなど、組織の立て直しを図っていた。
「別働隊が帰還したぞー!」
洞窟前の見張り役が叫ぶ。出入り口を塞ぐ格子状のバリケードが開かれ、帰還した特務別働隊を本隊の同志達が出迎える。
「おお、砂馬じゃないか! 調達してきたのか?」
「エッリアの施設からかっぱらって来たんだ、残念ながら任務は失敗してしまったが」
「そうか……いや、しかしお互い無事で何よりだ」
「本隊もかなり危なかったそうだな」
わらわらと集まって来た若者や年配の同志達が互いを労い、無事を称え合う。そんなちょっとした盛り上がりの中、後方から人垣が割れて、若い男性を従えた少女が特務別働隊の前に現れた。
ゆるくカールした金髪混じりの斑な茶髪を後ろで纏め、橙色の瞳で真っ直ぐ別働隊の隊長を見上げる少女。年の頃は十六、七歳くらい。別働隊の隊長がさっと姿勢を正して敬礼すると、部隊の兵士達もそれに倣う。
「申し訳ありません、フロウ様。どうにか帰還は果たせましたが、任務は完遂出来ませんでした」
「いいえ、無事に戻ってくれて何よりです。危険な任務、ご苦労様でした」
少女は、頭を垂れて任務失敗を詫びる隊長を優しく労う。彼女こそバッフェムト独立解放軍の指導者として崇められる、かつて組織を立ち上げた『プック一族』の長の娘フロウ・プックであった。
『この人がリーダーなのかな?』
厩舎に運ばれて行く砂馬から降りたコウは、集まった人々から敬意を払われている少女を観察する。解放軍を統べる指導者としては随分歳若く、スィルアッカのような支配者らしい毅然とした覇気も感じられない。ごく普通の少女に見える。
「あら? その子は?」
特務別働隊の隊員達に交じって様子を窺っている少年を認めたフロウが訊ねる。隊長は少年を、道中の村で拾った孤児だと説明した。身寄りも無く、寂れた村に独りで暮らしているようだったので同志に誘ったのだと。
「まあ、そうでしたか……あなた、お名前は?」
「ボクは、コウ」
偽名を使おうかとも思ったコウだったが、この地域の自然な名前が思い浮かばなかったので、そのまま名乗る。その名を聞いた特務別働隊の隊長は、一瞬『ん?』という表情と共に冒険者ゴーレムのイメージを思い浮かべるも、『関係ないか……』とすぐに忘れたのだった。
冒険者協会の影響が低いナッハトームでは『冒険者コウ』の名もさほど知れ渡っていない。
グランダールから遠く、ナッハトーム帝国内でも反乱軍という立場にあるここの人達が、エッリアの上層部の人間でさえ見抜けなかった冒険者ゴーレムのコウと少年コウの関係に気付ける由も無い。
「ようこそ、コウくん。私達はあなたを仲間として歓迎するわ」
「よろしくー」
大勢の知らない大人達に囲まれてきっと緊張しているだろうと思い、気分を解してあげようと声を掛けたフロウは、妙にあっけらかんとしたコウの返答に少し驚き、思わず笑みをこぼした。
「うふふ。ではマズロ、コウくんに同志の服を用意してあげて? 所属は少年部になるのかしら」
「畏まりました、お嬢様」
フロウに付き従っている男性が丁寧に答える。彼は先代であるフロウの父に参謀役として仕えていた解放軍でも古参のメンバーだった。今は参謀総長としてフロウの補佐をしながら、組織のまとめ役を引き受けている。実質、独立解放軍を動かしているのはこの男であった。
「初めましてコウ君、私はマズロッドという」
「コウです」
灰色の髪に長身で面長、冷静沈着な光を携えた碧眼がコウに向けられる。子供の扱いも心得ている雰囲気で、優しく微笑みかけるマズロッド。だがコウは、彼に対してバッフェムト独立解放軍の中では最も注意しなくてはいけない相手であるという判断を下した。
「じゃあ行こうかコウ君、少年部のテントに案内しよう」
「はーい」
バッフェムト独立解放軍の参謀総長マズロッド。彼の思考から読み取れた個人情報の中で、まず明らかになったのは、幼児趣味の性癖を持ち、特に小さな男の子を好んでいる事などだった。が、その辺りはコウにとっては些細な事情でしかない。
マズロッドの注意しなくてはならない部分、それは、彼がマーハティーニと通じている事であった。
コウが配属された『少年部』は、一般訓練生や攻撃隊候補生になるには年齢が若過ぎる子供が主に所属している。配膳や清掃、裁縫、武具磨き、組織内の支給品配達などの雑用を担う『予備隊』の部署だ。
予備隊の中でも少年部を卒業する年齢になれば『青年部』へと上がり、そこで組織の一般構成員として訓練生になるか、素質があれば攻撃隊の候補生として各種訓練を受ける事になる。
解放軍構成員少年部の制服に着替えたコウは早速、少年部に所属する他の子供達に紹介された。
「今日から我々の仲間になるコウ君だ。皆、仲良くするように」
参謀総長の紹介に、子供達から素直な返答が上がる。満足げに頷いたマズロッドは後の事を少年部の纏め役に託すと、コウの頭をひと撫でして自分の仕事場へと帰っていく。
着替え中、身体を彼方此方触れられても嫌がらないし怖がらない上に、異国人特有のエキゾチックな容姿で相当に器量の良いコウの事を、マズロッドはかなり気に入ったのだった。
ちなみに、意識の奥でリアルタイム交信中だった京矢からは『そいつ、バールのようなモノでぶん殴りてぇー』という感想が届いていた。
「コウくん、コウくん、あなたはどこから来たの?」
「その……コウくんの黒髪って、め、珍しいよね……ぼくも、ちょっと黒っぽいんだ」
「〝あまね〟たべるー?」
集まってきた少年部の子供達が口々に話し掛ける。見た目が珍しい事もあってか、みんな興味津々といった様子で瞳を輝かせている。そこへ、いかにもワンパク小僧な雰囲気を纏った男の子が他の子達を押しのけて来て、コウの前に立つ。
「おい新入りっ、オレがここのボスのバゼムだ、きょうからはお前もオレの子ぶ――っ」
スパーンと後頭部を叩かれて言葉を詰まらせるバゼム。見れば、コウに最初に話し掛けてきた活発そうな女の子が、平らな板切れを重ねて棒状にした物体を片手にふんぞり返って、バゼムを睨みつけている。
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