スピリット・マイグレーション

ヘロー天気

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4巻

4-3

 そんなウルハの様子を気にした様子もなく、マズロッドはコウモリの糞石と塩の結晶でかなりの活動資金が得られると語った。

「マズロ、子供達にそんな話をしても、きっと難しくてよく分からないと思うわ」
「おおっと、これは失礼。少々舞い上がってしまいましたよ」

 フロウにたしなめられて頭を掻く参謀総長の姿に、周囲から和やかな笑いが零れる。この時、コウは『活動資金』というキーワードから、マズロッドの思考より重要な情報を読み取っていた。

 ――最近は新しい事業とやらで資金の減少が著しかったからな、これで何とかしのげるだろう――

 マーハティーニから供給されていた組織の活動資金がここ最近減少気味だったせいで、調達部隊の稼ぎ程度では活動体制を維持出来ないと悩んでいたのだ。マーハティーニのどの辺りから資金が出ているのかまでは把握していないようだが、恐らくはレイバドリエード王による指示と推測しているようだ。その目的についても、マズロッドはおよそ見当をつけている。

『ディードルバード王子の名声を上げる為の策かぁ』

 バッフェムト独立解放軍がディード王子の功名稼ぎに利用されている事に関しては、スィルアッカをはじめ各国の王達も暗黙のうちに理解していた。だが、まさか活動資金の提供まで行っていたとは誰も思っていなかった。
 指導者であるフロウは、参謀総長マズロッドがマーハティーニと通じている事も、調達部隊の実態も、特務別働隊隊長の正体がマーハティーニに雇われたヴェームルッダの上級戦士長である事も知らない。

 ――完全な傀儡だなそりゃ――
『あ、おはよーキョウヤ』
 ――おはよう。とりあえずその情報、スィルアッカに伝えてくるよ――
『うん、よろしくー――あっ、それとねー』

 解放軍の重要な裏事情を探り出したコウは、特に何を思うでもなく、いつもと変わりない調子で自身が帰還する時の事を相談し始める。マーハティーニの策略によって演出されていた、数年に及ぶ反乱軍と征伐軍のイタチごっこは、コウの暗躍により大きな変化を迎えようとしていた。



 4


 元々は漁師達が集まって結成された、小規模な抗議集団でしかなかったバッフェムト独立解放軍。それを影で操り、糸を引いていたのは、最も征伐に熱心だったマーハティーニのレイバドリエード王であった。
 レイバドリエード王が反乱軍に求めた役割は、反皇帝を唱える集団組織の表立った活動によって、現皇帝ガスクラッテや帝都エッリアの牽引力を弱め、反乱軍を鎮圧するディード王子の支持を高める事である。
 つまりエッリアを宗主国の座から追い落とす為の道具として、圧政に苦しむ弱小国や地方部族から人材を集め、現在のような中堅国の一軍にも匹敵する武装組織を結成させたのだ。
 長きにわたり隠蔽されてきたこれらの事実は、イレギュラーな存在によって明るみにされつつあった。


 宮殿の資料室にて、スィルアッカはバッフェムト独立解放軍に関連する反乱軍資料を読み漁っていた。そしてコウからの決定的な情報を基に現状のおよその構造を推測、把握するに至った。

「組織の創始者が掲げていたのは自由な漁業。大型漁船の接収と漁の規制に対する抗議か」

 彼等がバッフェムト独立をうたい始めた時期は、組織の首謀者だった一族のおさが戦死して娘が後を引き継いだ頃からのようだ。この娘は恐らく現在の指導者フロウの事であろう。
 バッフェムト独立解放軍の活動による被害報告が増え始めたのは、それの少し後からである。

「しかし……コウからの情報を聞く限り、組織を拡大したり過激化させたりするような人物ではない――」

 ――となれば、やはりマーハティーニと通じる参謀総長マズロッドが、指導者フロウを旗印に組織の結束を図りつつ、規模の拡大と武装集団化を進めていったと考えられる。
 活動が行き当たりばったりなのは戦略性が無いのではなく、明確な意図が分からないように動く事で、本来の目的である『ディード王子の名声を高める餌として存在している事実』から人々の目を欺いているのであろう。
 実際、目的がハッキリしないせいでどこに現れて何を行い、またどこへ行くのか予測が立てられず、他国の征伐隊が領内の巡回や待ち伏せで反乱軍と遭遇した事例も殆ど無い。
 ちまちまとした被害報告は上がるものの、街を占領されたり帝国内の要所を押さえられたりといった大きな被害も無い。征伐隊が向かえばすぐに逃げてしまう事からも、当初はあまり脅威と見做みなされていなかった。
 近年、反乱軍の兵力が『所詮は烏合うごうの衆』と看過出来ない規模にまで膨れ上がった事で危機感を覚え始めた近隣国は、マーハティーニに征伐隊の派遣を依頼してくるようになっていた。丁度、エッリアではグランダールとの戦に備えて戦力の再編をしていた頃だ。

「宗主国の座を狙った長期的な戦略、と見るべきか……」

 約一年前、京矢を保護した事を切っ掛けに発展した機械化技術の優位性が無ければ、今頃はエッリアの凋落とマーハティーニの台頭がハッキリと現れていたかもしれない。

「スィル様、少し休憩なさってはいかがですか?」

 机に向かって唸るスィルアッカの傍にやって来たターナが、お茶を勧める。うむとひと口すすり、椅子の背もたれに身を預けるスィルアッカ。机の上に広げられた資料の隣には『マーハティーニと反乱軍についての考察とその対策』と綴られている。

「難しい状況ですか?」
「ああ……正直、かんばしくない」

 マーハティーニの策略は予想以上に深いところまで進んでおり、近隣国への発言力、影響力がその資金と共に浸透しているようだ。
 スィルアッカはグランダールとの休戦協定が結ばれる以前、コウが味方判定を下した支分国の王達の中にも、自国の重鎮がマーハティーニ寄りである事に憂いを持つ者がいた事を思い出す。

「マーハティーニの勢力は近隣国の王よりも、王家を支える有力家との結びつきが強い。要は足元からの切り崩し工作だった訳だ」

 反乱軍の被害が多い地域では、征伐隊の派遣と街の復興によく投資や援助をしてくれるマーハティーニへの友好度が高い。各街の領主が自国の王室うえを通さず、直接マーハティーニと交渉を重ねて援助を受けるケースも増えている。
 特に不正がある訳でもなく、資金援助に無茶な見返りを求められる訳でもない。それらの国々の王達は、マーハティーニとの今後の関係を考えると、領主達にそういった資金の受け入れを禁止する訳にもいかない。
 近隣国とマーハティーニの繋がりはもはや、簡単には断ち切れないところまで来ているのだ。

「反乱軍との繋がりを暴露して糾弾する訳にはいかないのですか?」
「明確な証拠が無いし、あの狸親父がそうそうボロを出すとも思えん」

 コウの情報は正確なモノだが、相手の思考を読んで取得した機密であるだけに、それが間違いなく正しい情報であると第三者に証明出来ない。
 証拠になりそうな物や人はすぐ隠滅を図られ、その上でしらを切り通されてしまえばそこで手詰まりだ。逆に証拠もなく反乱軍との繋がりを指摘した事に対して切り返しを受ける危険性もある。

「内容が内容だけに、相談出来る相手も居ないのが痛いところだ」
「キョウヤは……こういう事に詳しい訳でもありませんでしたね」
「こういう話にもしれっと参加して来るから忘れがちになるが、アレは一応、素人だからな」
「そうでした」

 そんな事を話している二人の前に、へっくしょいと呟きながら、京矢がぶらりとやって来た。別に悪口を言っていた訳ではないのだが、噂の本人がいきなり現れて少し動揺するターナとスィルアッカ。

「素人からの提案いかがっすかー」
「な、なんだ?」

 謎のテンションに気圧されながら京矢の『提案』とやらに二人が耳を傾けると、京矢はコウの記憶と自分の知識、双方を交えた発想から至った結論を披露する。

「適材適所、目には目を、狸親父には狸親父を――って事で、コウと俺からのお勧め」

 策略や陰謀に通じていそうな人物。カウンターアタックを任せられそうな海千山千の手腕を持つ人材に相談する事を勧める京矢。その人物とは――

「ルッカブルク卿、か……」


 ――京矢達の会話より少し前。解放軍キャンプの昼下がり。
 本来食事の摂取は必要ない為、少量の配給スープで早々に食事を済ませたコウは、諜報活動に勤しむ。食後の自由時間に、キャンプの敷地内でもまだ立ち入った事が無い区画を見て回っていた。
 攻撃部隊に所属する同志達の共同生活テントが並んだ一角から更に奥まった所に見える、ひときわ大きな指導者のテント。その背後にそびえる高い崖には木枠で組まれた階段が設けられており、崖の途中にぽっかり開いた洞穴へと繋がっている。

『あそこはなんだろう?』

 コウが洞穴に注目していると、指導者のテントからフロウが姿を現した。どこか気だるげな足取りでテントの裏に回ると、階段を上って洞穴へと姿を消す。
 何があるのかと興味が湧いたコウは、崖の洞穴を探索してみる事にした。
 普段なら指導者のテントに向かう小道には見張り役が立っている。だが、今日はコウが見つけた地底湖周辺のお宝資源集めに人手が駆り出されていた事、昼食時であった事が重なって警備に空白ができていて、コウの侵入を見咎める者は居ない。
 真っ当な軍組織ではありえない失態だが、バッフェムト独立解放軍は『真っ当な軍組織』ではないのだ。
 指導者のテント前まで来た時、中から誰かが出て来る気配がしたので、コウは素早く物陰に隠れた。指導者フロウの付き人くらい居てもおかしくはない。そんな事を考えていたコウの視線の先、テントの出入り口から現れたのは参謀総長マズロッドだった。

『あれ、この人が来てたのかー』

 マズロッドは服の裾や襟を軽く整えながら一度振り返り、テントの裏手に見える崖の洞穴を見上げると、そのままきびすを返して攻撃部隊の共同テントが並ぶ一帯へと下りて行った。去っていく参謀総長の後ろ姿を、コウは物陰から静かに見送る。
 やがて物陰から出たコウは、木枠で組まれた階段を上って洞穴に踏み入った。くぐもった水音が反響している洞穴内は、少し奥まで入った辺りで厚そうな布に遮られている。
 サウナ用テントのように何枚も重ねられた布をカーテンにしているらしく、閉じた隙間から僅かに白い蒸気が立ち昇っていた。

『もしかしてフロウ専用のサウナなのかな?』

 コウが布壁に触れてみると、以外にもあっさりとした手応えで簡単に隙間が開き、外気の流入と蒸気の流出で発生した風がコウの頬を撫でて行く。そんな空気の流れに反応したフロウが、ぼんやりした表情で振り返った。

「マズロ……? ごめんなさい、私……今日はもう――」

 真っ白な肌に刻まれたばかりの赤いあざと情事の痕跡を、暖めた湯で汗と共に洗い流しながら、また今度にして欲しいと懇願するフロウ。しかし、視線を向けた先に少年の姿を認めて驚愕をあらわにする。

「えっ! あ、あなた、何故ここにっ」
「何があるのかなと思って、勝手に上ってきちゃった。ごめんなさい」

 ペコリと頭を下げるコウ。身体も露にしていた事を思い出したフロウは、汗を拭き取るサウナ用の薄いタオルを身体に巻きながら自身の動揺を抑えつつ、努めて冷静に話し掛けた。

「そ、そうだったの……あ、あの、下で誰かに会わなかった?」
「マズローさんがテントから出て行ったよ?」
「そう……えーと、彼が訪ねて来てたのは、あなたが見つけた資源の事で大事な秘密のお話があったからなの」

 だから他の人達には内緒にしておいてね、とお願いするフロウ。何かを必死に誤魔化そうとしている様子がありありな彼女の思考から読み取れた情報に、リアルタイム交信中の京矢が反応した。

 ――コウ――
『どうしたの? キョウヤ』
 ――あのレイパーぺド参謀、やっちまおう――
『え~まだダメだよ~』

 お飾りの指導者は、先代より受け継いだ組織を護る為、ここまで大きくなったバッフェムト独立解放軍を維持していく事が可能な手腕を持つ者に、見返りとしてその身を捧げていた。
 ありがちな話ではあったが、自らその判断を下したのではなく、当時まだ年端も行かなかった少女が組織の解散か継続かという選択を突きつけられ、なし崩し的に奉仕を迫られての結果。そんな裏事情に京矢の倫理観が火を噴いた。

 ――殴りたい、ああ殴りたい、殴りたい――
『ごーしちごーだねっ』
 ――まあそれはともかく。解放軍もマーハティーニの傀儡組織だって事は間違い無い訳だ――
『そうだね、それを知ってるのは参謀の人と、この前の部隊長の人くらいみたいだけど』

 それならば、解放軍をどうこうするよりも大元であるマーハティーニをどうにかしてしまう事で、色々な問題が一気に解決するのではないか――そんな風に考えた京矢に意見を求められたコウは、自分がこれまでに見たり関わったりして来た問題を思い出す。
 クラカルの街でディレトス家の世話になっていた頃に関わった、行政院の幹部貴族による不正事件。グランダールの王都トルトリュスで起きた、沙耶華さやかの拉致誘拐にも絡む一連の陰謀。ナッハトームとの戦争でバラッセの防衛の支援に参加した折、総指揮を担っていた老紳士が語ってくれた昔話とその顛末。
 それらを踏まえて、全て潰してしまうよりも、悪い部分を切除するなり、良い流れに向かうよう処置した方がいいとコウは答えた。

『マーハティーニが何もかも悪いわけじゃないと思うんだ』
 ――外科手術的なやり方か……――

 策略に策略で対抗する静かな戦い。スィルアッカにそれを推すならば、コウにはマーハティーニに潜入してレイバドリエード王に張り付いていて貰いたいところだと考える京矢に、コウは疑問を呈する。
 たとえ相手が何を企んでいるか全て筒抜けに出来たとしても、必ずしもそれで相手の策略全てに対抗出来る訳ではない。
 大勢の思惑が絡む国家間の策略合戦では、一つの企みからそれに絡む様々な要素が派生する。それらを全て把握するのは勿論、予測するのも困難だ。
 むしろ一人の企みに意識を集中し過ぎるあまり、他の動きに対する警戒が薄れ、派生した別の要素を経由して迫る脅威を見落とす危険もある。
 相手の策略内容を知ってから対策を講じるような「受け」の対処法ではなく、相手の目的や方針を理解した上でそれらを織り込みながら仕掛ける「攻め」の戦略が必要だとコウは考えた。

 ――うーむ……なんか自分の分身とは思えない思慮深さだな――
『キョウヤだって覚えてる記憶とか全部使えたら、すぐに思いつくと思うよ?』

 何かを考えるにも覚えるにも、また思い出すにも脳を使う普通の人間に比べると、記憶情報にほぼ直結している精神体のコウは、自然と頭の回転も速い状態に在る。本体きょうやが目覚めた事で魂が活性化してからは特にその傾向が顕著だった。

 ――しかし、難しい問題だな――

 スィルアッカも頭は良いのであろうが、彼女自身が「策略家の狸親父」と呼んで警戒している相手を、やり込められるだけの策略手腕を果たして発揮出来るのか否か。

『それは大丈夫。味方になってくれそうな人に、そういうの得意な人がいるから』
 ――それって誰……ああっ、なるほどな、確かにあの人なら対抗出来そうだよな――

 コウの意識から該当する人物を読み取って納得した京矢は、早速スィルアッカ達に勧めようと奥部屋を後にする。「確か宮殿の資料室に居る筈だ」という京矢の思考を拾ったコウは、宮殿内の詳しい道順を思い出す事で京矢の移動を補佐した。
 と、その時――

「あの……コウくん?」

 先程から黙り込んだままボーっとつっ立っているコウに対して、参謀総長マズロッドが自分のテントを訪れていた理由をあれこれ説明していたフロウが訝しむように覗き込む。

「ごめん、フロウに見とれてたんだ」
「なっ! こ、コウくんったら……もう、大人をからかうものじゃないわよ?」

 ぽっと頬を染めたフロウは少年コウを回れ右させると、サウナ部屋から追い出した。優しく退室させられたコウは、そろそろ武具磨きの仕事場に戻ろうかと洞穴を後にするのだった。

 ――つくづく、俺の分身だとは思えない……――

 意識の奥で、京矢がぽつりと呟いた。



 5


 帝都エッリアではスィルアッカ皇女を支持する者は多い。宮殿上層を占める半数以上の有力家からは、次期皇帝として帝位継承を望まれている。
 だが女帝を戴く事に慎重な一派も少なからず存在し、とりわけルッカブルク卿はその筆頭として知られている。

「ふむ。私に内密な相談という事ですが、例の従者は連れておられないようですな?」
「コウには別の仕事を任せていますので」

 重要な会議や支分国大使達との会談でも特に議論で良い流れを作ったり、有益な結果に結びつけたりした時はいつも「例の従者」が傍にいた事を言外に指摘するルッカブルク卿。
 のっけから、あの従者コウには「珍しい冒険者ゴーレム」という以外にも何か秘密がある事に気付いているようなニュアンスを含ませて牽制するルッカブルク卿に、スィルアッカは苦笑を返した。そして言葉遊びに乗らず、ストレートに切り出す。

「マーハティーニに仕掛けたい。貴方の力を貸して欲しい」
「――それは……」
「勿論、謀略の類だ。国力はそのままに、帝国内での影響力を削ぎたい」
「……私に策略の知恵を貸せと仰る訳ですか」

 対立的な立場を明確にしている自分のところへ直々に協力を求めて来た真意を推し測ろうとするルッカブルク卿に、スィルアッカは表に出せないマーハティーニ絡みの事件やその真相を語った。
 先日の魔導技術研究施設が反乱軍に襲撃された事件の真相、バッフェムト独立解放軍の実態とその裏に隠されたマーハティーニの暗躍など、帝国内の暗部にかなり踏み込んだ危険な内容だ。

「そのお話、陛下には?」
「父上の耳には入れていないし、事が済むまで知らせるつもりはない」

 横槍を入れられたくないというスィルアッカの判断は、現皇帝のあずかり知らぬところで全ての処置を行う事を示している。それは将来自身が次期皇帝として君臨し、帝国を治めていく心積もりである事を表明するモノだった。
 スィルアッカの帝位継承に対して慎重な立場であると公言する重鎮を相手に、これほど重要な情報ネタを持って秘密裏に協力を要請する行為。正面から「我が軍門に降れ」と誘っているようなものである。

「……殿下は、随分と私を買い被っておられるようだ」
「正直なところ、私は貴方が苦手だった」

 唐突な告白に、それは確かに正直な意見ですなと肩を竦めるルッカブルク卿。その一方で彼は、スィルアッカが自身と対立する一派を掌握する為に何を語り、いかなる説得にて自分を味方に引き入れるつもりなのか興味を持った。

「コウは人の本質を見抜く力を持っている。そのコウが、貴方は敵ではないと言った」
「ほう、祈祷士のような能力ですかな? しかし、従者の進言を根拠に味方を選定するというのは、いささか……」
「勿論、それを信じるか否かは私の判断だ。そしてコウを起用したのは正しかったと明言出来る」
「ふむ。まあ確かに、ここのところはトラブルの対処を含め色々と上手く運んでおるようですな」

 スィルアッカはコウの素性や能力について伏せた部分を残しながら、ルッカブルク卿に歩み寄る事を決めた理由の一つに、政治的な戦略手腕を持つ有能な参謀役が必要である事を挙げた。

「はて、最近殿下の携わって来た交渉事をことごとく良い方向に導いて来た彼は、貴女あなたの直属ではありませんでしたかな?」
「コウの役割はあくまでも判断材料を提供する為の補佐だ。コウが正確な情報を上げ、それを私が判断する」

 今自分が欲しいのは、敵勢力をこちらの望む形に弱体化させた上で理想的な関係に持ち込めるような、効果的な政治戦略を組み立てられる人材なのだとスィルアッカは語る。

「なるほど、殿下の仰りたい事はよく分かりました。では……私めが殿下の側につくとして、その見返りには何を?」

 皇帝の臣下という立場にある者が、皇女殿下の要請に応えるに当たって見返りを求めるなど、本来なら不敬のそしりを受けかねない言動である。だが己が主君はあくまで皇帝陛下であるとするルッカブルク卿は、この問い掛けでスィルアッカを試した。
 交渉する相手の事をどこまで把握し、理解出来ているか。問いに対して何と言ってどう対処するのか。その答え如何によっては、スィルアッカ皇女に対する見方や自身の立場を変えていかなくてはならない。
 ルッカブルク卿の最後の試しに対して、スィルアッカは淀みなくこう答えた。

「帝国の発展と民の憂い無き平和な世界を約束しよう」

 スィルアッカは既にコウを通して得た情報によって、ルッカブルク卿が普段から何を求めているのか把握していた。最初にコウからそれを教えられた時、意外過ぎて聞き直したほどだ。その為、卿の願う「民の憂い無き平和な世界」という願いをしっかり覚えていた。

「……これは驚いた――いや、感服致しました。これまでの数々の非礼、お許しください」
「非礼だったとは思っていない。それに、貴方の願いを知っていたのはコウの功績だ」

 大きく改められた態度に少々面食らったスィルアッカはそう言って卑下するが、優秀な人材を部下に招けるのも、部下の功績を活かせるのも、上に立つ者として優秀である証だといさめられる。

「この上は微力ながら姫様の為に、策謀の知恵を尽くしましょう」
「そうか、よろしく頼む」

 若干表情を緩めたスィルアッカとルッカブルク卿は、しっかりと握手を交わした。
 その後、ルッカブルク卿の私室にターナも呼び寄せたスィルアッカは、対マーハティーニの策を練るに当たって話し合いに入り、その際ルッカブルク卿から心構えを確認された。

「差しあたり、マーハティーニに仕掛けたいという事でしたが……お手を汚す覚悟はお有りですか?」
「うん? 私の手はとうに血塗れだが」
「貴女個人の闘争によるものではありません。貴女の働き掛けにより、他者の手を血で汚す覚悟を問うております」
「既に通った道だ」

 宮殿庭園で姉の護衛戦士を屠った時から、スィルアッカ自身もこれまでに大なり小なり策略の類は仕掛けたり仕掛けられたりを重ねて来ているのだ。流石に国家戦略規模のはかりごとはまだ経験に乏しく、グランダールに仕掛ける時は暗部同盟に任せきりだったが。
 割とあっけらかんと答えた皇女殿下スィルアッカに、これは自分も掴みきれていないところで相当数の問題と向き合って来た経験があるのだなと悟ったルッカブルク卿。ならばこそ、個人的な感情に惑わされる事なく、支配者として非情な決断も下せるであろうと期待する。
 実際のところ、ルッカブルク卿の心配は、およそ彼の認識不足による杞憂の類であった。
 ルッカブルク卿が懸念していた要素。それはスィルアッカと「非常に親しい」マーハティーニの王族兄妹、ディードルバード王子とメルエシード王女に対して感傷が働き、計画の詰めに甘さが出るのではないかというものだったのだ。
 逆に言うなれば、ルッカブルク卿の眼をもってしても、メルエシードが演じていたスィルアッカとの親密さという演技は見抜けなかった事になる。ある意味、レイバドリエード王の持つ策略の才が娘メルエシード王女にも備わっていた、とも言えた。

「では、現在の状況と先の施設襲撃事件の真相を利用した策を一つ挙げたいと思います」
「ほう……さっき教えたばかりの情報をもう活用するのか」

 ルッカブルク卿を味方につけたスィルアッカは、エッリアの安泰と帝国内の安定に向けて、対マーハティーニの策謀を練り上げていくのだった。


 バッフェムト独立解放軍キャンプ、少年部のテントにて。今日も武具磨きの仕事を終えたコウは、就寝時間の静かなひと時を京矢との交信で過ごしていた。京矢からの知らせによれば、数日中に帝国内で大きな動きが見られる可能性があるという。

 ――俺も詳しい事までは聞いてないんだけど、そっちにも影響が出るかもしれないから備えておくようにってさ――
『んー、わかった』
 ――今のところは解放軍キャンプにも特に問題は無いみたいだな――
『うん、征伐隊もこないし、調達部隊はコウモリのふんと塩の結晶を売りに行ってるみたい』

 何か起きた時は、正体をバラしても良いので子供達は護ってやれよ? と言う京矢に、コウもそのつもりでいると応える。また、ウルハを連れ帰る事に関しては許可が下りたと京矢が伝える。

 ――まあ、その子の能力を利用する事が前提みたいだけどな――
『それはウルハも分かってるみたいだよ、ちゃんとスィルの為に働くって言ってた』

 祈祷士としての訓練も無しに才能だけで、熟練祈祷士であるリンドーラ並みの交感能力を発揮したウルハについては、話を聞いたスィルアッカが即日お持ち帰りOKを出した。実質、人材選定をこなせる者が一人増えるようなものである。
 今後の方針を定めたコウは、スィルアッカ達の活動による大きな動きがあった際に組織内で動き易いよう、フロウからの信頼を得ておくべく接近して距離を詰める予定を立てた。

 ――……お前も大概策士だよなぁ――
『そーお?』

 コウの内心予定を読み取った京矢が、溜め息交じりの思考を飛ばす。主に境遇に対する愚痴っぽい思考だ。


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