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6巻
6-2
『うん、ここの看板に書いてあるよ』
コウが発見したのは、壁に飾られた大きな看板。どうやら案内板らしく、この施設を訪れるお客さんに対する歓迎の言葉が綴られていた。
『〝ようこそ、楽園の島へ〟だって』
――へえ、ここは古代のリゾートホテルだったのかもな。ところでお前、古代文明の文字とか読めたっけ?――
『博士やティルマークさんが古代語を翻訳してるところを思い出したら、読めるようになった』
――ああ、そういや記憶に直結すると、見たり聞いたりした事はそのまま知識として使えるんだったな――
コウの少年型召喚獣や複合体など、その他様々な魔導製品の制作者でもあるグランダール王国の天才魔導技師アンダギー博士と、ナッハトーム帝国に所属する魔導技士で考古学者でもあるティルマーク。
この二人が古代遺跡の探索で古代語の解析をしている現場に立ち会った事のあるコウは、その時に見て得た情報をそのまま活用出来た。
また、一度見たり聞いたりしたものは忘れない上に、相手の思念から直接情報を得る事が出来るので、彼らの古代語の知識さえ自分のものとして扱えるのだ。
その後しばらくこのフロアを探索して、地下へ続く階段を見つけた。
地下部分をもう少し探索してから洞穴拠点へ引き上げようと考え、コウは複合体専用の加速装置と自己修復機能付き鈍器『魔導槌』を装備して階段を下りる。
一つ下の階に下り立ったコウは、周囲をざっと見渡した。かなり古ぼけてはいるが、何の変哲も無い広い通路と空間が広がっている。
フラキウル大陸に点在するダンジョンのように、邪悪な魔力が満ちてはいない。
『でもなんか王都のダンジョンに似てる気がする』
――ああー、そういやあそこも古代の地下街でしたってオチだったよな――
ここは古代のリゾートホテルのような宿泊施設の遺跡なのだから、雰囲気が似ていても不思議は無いと、京矢が納得している。
その時、コウは不意に小さな気配を感じてそちらに視線を向けた。廊下の隅に何かが居る。虫かネズミのような小動物でも棲みついているのだろうかと目を凝らしてみた。
子供の手の平くらいの大きさで、少し細長い楕円形。光沢のある平らな体躯に長い二本の触角。少々大きくてゴツイ姿だが、紛う事なきゴキブリであった。
――でたーー!――
『でたー』
京矢のノリにノリで返したコウ。驚きながらも彼は、遭遇したゴキブリが半透明になっている事に気付いた。昆虫や海の生物などでよく見られる擬態能力とも少し違う。
よくよく観察すると、そのゴキブリ達は身体に周囲の景色を映しているようだ。コウは自分に警戒心を向ける存在の思考や感情を感知する事が出来るので、半透明になっていても見つけられたのだ。
――ステルス能力かよ、スゲーな――
『隠れる事に特化したんだね』
半透明のゴキブリが隊列を組んで去っていくのを見て、京矢は『何か妙な進化してるな』とツッコむ。その後コウはしばらく周囲を探索して、洞穴拠点に戻ったのだった。
2
洞穴拠点に着いたコウは、マンデル達が見つけた建造物が古代遺跡だった事をレイオスに報告した。
更に、地下深くまで続いていそうな構造である事や、フラキウル大陸に点在していたダンジョンのような禍々しい気配は無く、王都の地下ダンジョンに似た雰囲気であった事なども伝える。
「ご苦労だった、コウ。どうやら退屈はしなくて済みそうだな」
「じゃあ明日からは魔導船の修理と並行して遺跡の探索でも行いますか」
コウを労ったレイオスが遺跡探索を仄めかすと、すぐにガウィークが探索隊の組織を提案する。
無人島の古代遺跡なら、手付かずの古代魔導製品などお宝が手に入る可能性がある。また、珍しい動物なども見つかるかもしれない。
そんな風に話が盛り上がっていたので、コウはステルスゴキブリの事を話した。レイオスが感心したように呟く。
「ほう~、そんなのが居たのか」
「害の無い虫ならともかく、そういう能力を持った魔獣の類が居たりすると危険ですな」
レイオスとガウィークが、しっかり準備を調えてメンバーも厳選して行かねばなと話し合っている中、ガウィーク隊の攻撃術士のレフがステルスゴキブリの話にプルプルと反応していた。苦手らしい。その様子を見てガウィークが言う。
「レフは連れて行けないな」
「まあ仕方あるまい、誰にでも苦手なものはあるさ」
そう言ってレイオスが同意を示す。
パニックになったりしたらパーティーを吹き飛ばす火薬になり兼ねない。彼女の戦力を欠くのは惜しいが、レフは今回の遺跡探索メンバーから外れる事になった。
代わりに、遠距離攻撃はカレンとディスに頑張ってもらう。天然気質なカレンは、件のゴキブリを見つけても、くれぐれも素手で捕まえようとしないように注意されていた。
「しかし、その遺跡の固有種でなければ、この辺りにも棲息してるかもしれないな」
副長マンデルのもっともな推測に、確かに在り得ると頷く面々だったが、レフは一人顔色を悪くしていた。
夜。強風吹き荒れる大雨の中、魔導船の固定と作業用足場の補強が岩陰で続けられている。一方、洞穴拠点では、無人島滞在用に居住性の改善作業が行われていた。
居住空間は、コウが異次元倉庫に色々保管しているので、それを使って快適に整えられた。
京矢から交信が入る。
――ベンチは分かるけど、なんでマッサージチェアが入ってるんだ――
『拾っても怒られなさそうな物は回収してたんだよ』
木のベンチは、グランダール王国の国境の街バラッセのダンジョンから。マッサージチェアは、地球世界でフリージャーナリストの美鈴と取材旅行をした時、宿泊施設で廃棄される予定だった物を貰って来た。
「くたびれているが、良いソファーだな」
「異世界のソファーか……」
レイオスとガウィークが、重量感あふれる革張りのマッサージチェアに興味を示している。博士に見せれば魔導技術で動くように出来るかもしれない。他にも、旅館の食堂に置かれていた長テーブルなどがあった。
――なんつーか、カオスだな――
『そーお?』
出来上がった『統一感の無い快適な居住空間』に、京矢からツッコミが入ったのだった。
深夜になり、洞穴拠点の入口に見張りを立てて皆が就寝する中、眠る必要の無いコウは虫や動物に憑依して付近を探る活動を続けた。
雨風が強いのであまり自由には動けなかったが、洞穴周辺には大型の獣は居ない事などが分かった。
そして翌日。嵐は少し勢いが収まっていた。とはいえ、まだまだ暴風雨は続きそうである。そんな空の下、ガウィーク隊と〝金色の剣竜隊〟から数名ずつから選ばれた探索隊が件の古代遺跡を調べる事になった。
レイオスは探索隊には参加せず、魔導船の修理と今後の航路設定などの作業をするらしい。それらの目途が立ってから探索に加わるようだ。
「ヴォヴァヴーヴァ〝いってきます〟」
複合体のコウは遺跡探索隊を先導して、昨日通った道無き道を進む。
途中の川は橋を架けておこうという事になり、木を切り倒して運ぶ役目を担った。ちなみに大工道具も一通り異次元倉庫に入っていた。
「何でも出て来るな」
「ヴェヴァヴァー〝えへへー〟」
探索隊メンバーに感心されたりしつつ橋作りの作業が進められ、やがて丸太を組み合わせた丈夫そうな簡易橋が出来上がった。
そこから進む事しばらく。ついに、昨日コウが見つけた遺跡に到着した。一行は、コウが出入り口に立てかけておいた錆びた扉を外して中に入る。
「なるほど、王都のダンジョンにそっくりだな」
ガウィークが入ってすぐの広間で壁や天井、床をぐるりと見渡し呟く。
「ヴァヴァヴォヴァヴァヴァーヴァ〝簡単にだけど、いちおう地下一階に下りるところまでは調べたよ〟」
「ふむ、という事は一階の全容を把握したわけではないんだな」
それならまずは、この入口周辺を隅々まで調べて安全そうであれば、探索用の拠点を設けようという方針になった。探索を進めて行くうちに危険な怪物に出くわす可能性もあるので無理はしないという安全策である。
しかし、コウがここに棲みついている虫などに憑依して読み取った情報からすると、あまり危険は無いとも思われた。また、無人になってから随分経つようだ。
「そんなに入り組んだ造りじゃないな」
「コウの話だと、ここは古代の宿泊施設って事でしたからね」
ガウィークの呟きに、マンデルが応える。
入り口からフロアの奥の瓦礫で埋まっている付近まで、全体的に広々とした造りになっている。いくつか小さい部屋が見つかるが、いずれもドアは無く、ほとんどは瓦礫に埋もれていた。
やがて、一行はとある部屋で立ち止まる。
「ここは他と少し違うな」
「左右対称の入り口ですな」
「ヴォヴァヴァヴァヴォヴァー〝そこは御手洗いだよー〟」
排泄専用の部屋と聞いて、ガウィーク達はなるほどと納得する。ここまで立派な入り口の厠は初めて見たと苦笑している。
「流石は謎多き古代文明ってところか」
「ヴォヴァヴァヴァヴォヴォーヴァ? 〝地球世界のトイレはもっとすごかったよ?〟」
コウが、以前見た地球世界のトイレの話をすると、ガウィーク達は文明が進むと厠が発達する法則でもあるのだろうかと、冗談めかした反応を見せた。
現在就寝中の京矢が起きていれば『日本のトイレは地球でもちょっと特殊に発達しているからな?』と、コウに交信ツッコミが来ていただろう。
そんなこんなで、ガウィーク達と入り口周辺を調べた結果、危険は無いと判断され、遺跡探索用の拠点を置く事が決まった。
早速コウが異次元倉庫から色々取り出して設置していく。
洞穴拠点には大き過ぎて置けなかった重厚で大きなテーブルや、システムソファーと呼ばれる組み合わせ自由な地球産の高級ソファーなどが並べられた。
洞穴拠点より快適かもしれないとは、ディスの談。
「これいいな」
「ふかふかだぁ」
車座になるように置かれた大きなソファーで皆が寛ぐ。
必要な家具をあらかた設置し終えたコウは、少年型になってソファーの使い方をレクチャーし始めた。
「ここを押して倒すとベッドにもなるよ」
「おおっすげぇな、これ」
「よく出来てんなぁ」
こうして探索拠点の構築を終えた探索隊は、次の段取りについて話し合う。とりあえず拠点となるこの階層を隅々まで探索してから、下の階に挑む事になった。
壁に貼られていた案内板によれば、この古代遺跡は地上二十階、地下六階で構成される、かなり巨大な建物だったらしい。現在の建物の地上部分は、五階辺りから上が無くなっているが。
「探索のし甲斐がありそうだな」
ガウィークの感想に皆が同意した。
小休止を終えた探索隊は、次に上の階を調べに向かう。
一応、現在残っている最上階まで上がる事は出来たが、三階から四階のフロアは、床が抜けて瓦礫で埋まっていた。
「一階が無事だったのは、かなり強固に造ってあったからなんだろうな」
「まあ、元々は二十階なんていう途方もない高さの塔を支える基礎部分のようですからな」
実際は一体どれほどの高さだったのか、想像もつかないと話し合うガウィークとマンデル。
五階部分は木材で補強され、見張り台のようになっていた。マンデルが見たテラスの欄干はこの部分だったようだ。しかし、ここもほとんど朽ちており、そのまま使うのは危険だ。
見張り台に立ったガウィークが告げる。
「晴れていれば、この見張り台から洞穴の拠点と互いに見通せるな」
「何かあった時に便利ですな。魔導艇で行き来するのに丁度いいかもしれません」
更に、見張り台を補強して、魔導艇を接岸出来る空中港にしようという案まで話し合われる。
とりあえずこれで、上の階は全部調べ終わった。探索隊は、再び一階に戻ってフロア全体の探索に入る。
「ディスとマンデル、カレンはここに残って各隊との連絡と状況把握に努めてくれ。俺とダイド、リーパは剣竜隊の小隊と右側の通路から調べる。コウは反対側を頼む」
ガウィークがガウィーク隊のメンバーとコウに探索指示を出した。コウが解読した案内板によると、ガウィーク達が探索するという右側は『飲食店街』、コウが探索を任された左側は『商店街』のエリアとなっている。なお、拠点に設定したこの場所は『中央エントランスホール』と記されていた。
出発しようとするコウが、ガウィークに声を掛ける。
「ヴァヴァヴォヴォー〝じゃあ行ってくるねー〟」
「ああ、気を付けてな」
「コウちゃん、たいちょー、いってらっしゃーい」
カレンにゆる~く送り出されながら、コウ達はそれぞれのエリアへと出発していった。
古代遺跡の商店街を、複合体コウがノシノシ歩く。そこそこ広い廊下の両側には店舗らしき部屋がいくつか並んでいるが、ほとんど瓦礫や土砂で埋まっている。
埋まっていない部屋の中も、木片や石が転がっているだけで何も無い。
時折、金属で出来た箱状の機械類っぽい物体が並んでいたり倒れていたりするのを目にしたが、腐食が酷く、ほぼ鉄屑の塊でしかなかった。
(なにもないなぁ)
暗い廊下に、ズシン、ズシンという複合体の足音だけが響く。
今日はまだ京矢からの交信も無い。暇を持て余したコウは、探索を続けながら装飾魔術を使って記憶の映像化に挑戦してみた。しかし、空中に光文字や図形を浮かべる術で映像を作り出すのは、流石に簡単にはいかない。
(うーん、むずかしい。やっぱり精霊の力を借りないと上手くいかないのかな)
以前、『異界の魔術士』と謳われる地球世界出身の精霊術士、都築朔耶が『魔術式投影装置』という試作装置を持って来た事がある。その装置を使って、コウは自分の記憶の映像化に成功した。
そして、コウが記憶映像を装置で浮かべるところを見ていた朔耶が、コウなら自力で記憶映像を表示出来るようになるかもしれないと絶賛していたのである。
なかなか思うようにいかなかったが、コウはしばらく光の図形を浮かべながら廃墟の中を歩いていた。やがて突き当たりの大きな部屋に辿り着く。ここが商店街の終点のようだ。
奥の方に開けた空間が見える。瓦礫の散乱する廃墟の中にあって、そこだけ片付けられているかのように整っており、円形の小さな広場になっていた。
天井には、くすんだ色のステンドグラスのような窓が嵌め込まれており、僅かに外の光が射し込んでいる。
朽ちた長椅子の残骸が、広場の外周に沿って散らばっていた。ここは憩いの場のような空間だったのかもしれない。
――おはよう。今日は探索中か――
『あ、キョウヤおはよー』
たった今目覚めたらしい京矢から交信が来た。昨日交信してからコウの探索活動が気になっていたらしい。最近は離宮での彼の仕事も落ち着いているので、またしばらく頻繁に交信出来そうだとの事。
――今どんな感じなんだ?――
『探索拠点を作り終えて、一階をぜんぶ調べてるところだよ』
こんな風に京矢と雑談しながら、コウは探索を続ける。商店街エリアの探索という事で、色々な発見を期待していたのだが、今のところ瓦礫と残骸しか見つかっていない。
――瓦礫とか残骸の中に何か使えそうなモノとか埋まってないのか?――
『そっか、調べてみる』
発掘するという発想は無かったと、コウは動かせそうな部分をどかしてみる事にした。
――そう言えば、オルドリア大陸の方だと古代遺跡から見つかった道具とかは『発掘品』って呼ばれてるらしいな――
『朔耶が言ってたね』
比較的土砂の少ない部屋で瓦礫をどかしながら隈なく探索した結果、人型の残骸っぽいものを何体か見つけた。
――中身が詰まってるみたいだし、単なるマネキンってわけでもなさそうだな――
『ろぼっととか?』
人型の残骸はかなり腐食しているが、中には細かくて複雑な電子部品のような物が詰め込まれているのが分かった。
転移装置といった高度な魔導技術が存在していた古代なら、人型召喚獣のような魔導機械人形があってもおかしくないだろうとは京矢の談。
『もしかしたら、ボーみたいにまだ動いているのも居るかも?』
――リゾートホテルの案内ロボットみたいなのがか? それはそれで興味あるけど、何かちょっと切ないな――
廃墟と化した施設で働き続けるロボット。そんな姿に哀愁を感じるのは日本人の性か、などと呟く京矢。
コウは、王都の地下遺跡にあったボーの製造工場で、天井の穴からどこかへ流れていくボー達を切なそうな表情で見送っていた沙耶華を思い出した。
コウ達が古代遺跡の商店街エリアで瓦礫の山を掘り返していた頃。
飲食店街エリアを探索中のガウィーク達は、手の平ほどもありそうなゴキブリの大群に遭遇していた。
絨毯の如く床一面を覆って蠢いていた黒い影が、一斉に透明になっていく。床の様子が露わになってゴキブリの姿はほとんど見えなくなったが、わさわさと蠢く音までは消せない。
時折ブーンという飛行音も聞こえるので、ガウィーク達はその場から進めなくなっていた。
「こりゃあ……凄いというか、酷いというか」
「レフを連れてこなかったのはマジで正解だったな」
呆れたようなガウィークの呟きに、リーパが応えて肩を竦める。襲って来る事は無いようだが、この数が相手では下手に攻撃して刺激しようとは思えない。
「燃やしたら建物ごと灰になりそうですな」
「色々と笑えない冗談だ」
剣竜隊の魔術士の言葉に突っ込むガウィーク。この閉鎖空間で火の付いた大量のゴキブリが飛び回るなど、想像しただけでもゾッとする。
しばらくじっとしていると、ゴキブリ達の音が少なくなってきた。
どうやらどこかに逃げ込んでいるらしい。微かに見えるゴキブリ達の影を注視しながら先に進むと、突き当たりの大きな部屋に辿り着いた。
割と広めの部屋のようだが、通路を埋め尽くす勢いだったあの大群がこの部屋にすべて収まっているとは思えない。
「一応、確認してみるか」
外から魔術の光源の明かりを翳しながら、そーっと中を覗き込むと、まばらな黒い影が床や壁をちょろちょろと這い回っている。それらは先ほどと同じように、透明になって姿を消した。
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