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はじまりの章
第九話:パルマム奪還作戦
しおりを挟む隣国クレアデスの国境の街、パルマムの奪還作戦に参加する事が決まった慈。
オーヴィスの聖都サイエスガウルでは、神殿から民達に向けて『勇者様の強い要望により、急遽隣国に遠征中の援軍兵団に派遣される事になった』と喧伝が行われている。
救世主光臨の報と同時発表になったので、先日の召喚早々の出撃による活躍もあり、少しばかり情報が錯綜していたが、民衆の間では『直ぐに結果を出している救世主』として、概ね良い反応がみられた。
サイエスガウルを出発して約三日。慈達は、パルマムの街の防壁を見渡せる丘に陣を張る前線基地に到着した。
かなりの強行軍になったが、神官の回復魔法で馬を回復させながら一昼夜走り続けて、何とか作戦開始前に辿り着く事が出来た。
「シゲル様、着きましたよ」
「……むにゃ」
「豪胆な方ですねぇ、シゲル君は」
車室の座席で居眠りしている慈を、苦笑しながら起こす神官のお供二人。
今回の派遣には、アンリウネとシャロルが同行している。彼女等の他にも護衛の騎士が四人ほど、御者台と後部の外座席に乗っていた。
「んあ? ついた?」
「ええ。今はカーグマン将軍の援軍兵団が張る陣の中ですよ」
「シゲル様、よだれが……」
ぼへ~とした慈の寝ぼけ顔に、アンリウネがハンカチを差し出す。
仄かに良い香りのするハンカチで口元を拭われた慈は、一呼吸して目を覚ますと、馬車を降りてカーグマン将軍達の居る中央大テントへ挨拶に向かった。
道中、陣内で待機中の兵士達が、慈達一行を見てヒソヒソとざわめく。
「おい、なんだあの連中は」
「聖都の騎士はまだ分かるが、神官が何だってこんな前線に」
「あの少年、もしかしてクレアデスの王族とか?」
「実はうちの聖都まで落ち延びてたってか? 流石にそれは無いだろ」
鞘に豪奢な装飾が施された剣を下げ、外套に身を包んだ少年に付き従う二人の神官。それを護衛する四人の騎士は、装備している甲冑から聖都の騎士団所属だと分かる。
何処かのエライさんが視察にでも来たのかと訝しむ兵士達。ここは侵攻の勢いも衰えぬ魔族軍との戦いの最前線基地であり、女子供がウロつくにはあまりにも場違いな戦場だ。
そんな兵士達の視線を他所に、中央大テントに入った慈は、作戦用テーブルの上に広げられた地図を睨みながら部下達と何やら話しているカーグマン将軍に声を掛けた。
護衛の騎士が敬礼して、聖都から『勇者をお連れした』旨を告げると、カーグマン将軍と参謀達は二人の神官の間に挟まれて立つ少年を見やる。
「ご苦労。詳細は聖都からの魔導通信で聞いている」
カーグマン将軍は、少し小太りな体形だが身長が高く大柄な体躯なので、少々突き出た太鼓腹も貫禄に貢献しており、どっしり構えた雰囲気を醸し出していた。
(見た目は頼りになりそうだけど……)
慈がそんな感想を抱いていると、カーグマン将軍は指揮官用の椅子上で肘受けに寄り掛かり、姿勢を斜めに崩しながら問う。
「して、勇者殿の御用向きは?」
その質問に、アンリウネは眉を顰めたが、シャロルは冷静に説明して返した。
「聖都からの連絡で詳細をお聞きになっておられるという事ですので、既にお分かりかと思われますが、我々の訪問はパルマム奪還作戦への参加です。まずは現在の戦況をお聞かせ頂けますか?」
作戦に参加しに来た事を分かっていて『何の用か』と訊ねたのは、言外に『邪魔するな』という意思表示だったのだが、『護国の六神官』という肩書を持つ神官にしれっと返された将軍は、仕方が無いとでも言いた気な様子で、隣の参謀に顎で指示した。
参謀の説明によると、現在魔族軍はパルマムの街門を固く閉じ、街中にバリケードを構築するなどして魔族軍の拠点化を進めているらしい。
ここをオーヴィス侵攻に向けての前線基地にするべく、魔族軍の援軍を各方面から呼び寄せようとしていると思われる。
「それじゃあ早いとこ攻略しないと厄介だな。奪還作戦の概要は?」
慈が訊ねる。先程まで黙って成り行きを見ていた勇者らしき少年が、話に入って来た事で驚いた参謀は、一度カーグマン将軍に御伺いの視線を向けた。将軍から『かまわん』という頷きを頂くと、今後の作戦を説明する。
「まず、我々の部隊が全力で正面の門を破りつつ防壁上の敵も無力化し、アガーシャ騎士団の突入を支援します」
将軍達は、クレアデスの敗残兵達、王都アガーシャから落ち延びて来た騎士団に先行突入をさせ、駐留魔族軍の指揮部隊に突撃を仕掛ける事で街中の魔族軍部隊を一ヵ所に引き寄せた後、援軍兵団でその背後を急襲、殲滅するという作戦を挙げた。
「そんな少数で突入させるよりも、オーヴィスの兵団と一緒に攻めた方が安全確実じゃないか?」
と、慈は小首を傾げながら指摘する。
「彼等の望みを叶えてやる事も、国を想う騎士の本懐を理解するなればこそだ」
カーグマン将軍は、本作戦はアガーシャ騎士団からの願いを受け入れた形であると、何やら含んだ言い方で目を細める。
「忠義を向けるべき存在が眠る地へ、弔い合戦に赴く彼等には、最大の栄誉を用意せねば」
クレアデスの王族は消息不明となっているが、パルマムの陥落後に脱出が確認されていない時点で、生存は絶望的と見られている。
サイエスガウルにはクレアデスから避難して来た貴族も何人かいるが、王都で王室に関われるほどの地位を持つ者は居ない。
「……それで、王都の騎士団が玉砕したら、パルマムは奪還後オーヴィスが確保。後ろ盾も統治に必要な人材も失ったクレアデスは、丸ごとオーヴィスの属国に編入されるってとこか」
慈の推察に、参謀達は感心したような表情を浮かべて見せた。
「ほう、流石は勇者殿」
カーグマン将軍は『何だよく分かっているじゃないか』と言わんばかりに、ニンマリした笑みを返す。そんな策士気分な笑顔の将軍達に、慈は一言、投げ付ける。
「ばかじゃないのか?」
一瞬、何を言われたのか理解が追い付かず、将軍を含め周りの空気が固まる。アンリウネとシャロル、護衛の騎士達も思わずぎょっとなって慈を見た。
慈は、彼等の動揺には構わず、カーグマン将軍達に問い質す。
「今、人類がどんな状況か分かってるのか?」
そんな陰謀策略ごっこなぞやっている場合じゃない。そう諭すが、いきなりの暴言から再起動した将軍は『勇者殿が考える事ではない』と諫める。
「神殿の人間が、国家戦略や政治に口出しするものではないな」
若干憮然としながらも、言葉を荒げたりはせず威厳を保とうとしているカーグマン将軍に、慈は言葉よりも行動で示す。
「それなら、アガーシャ騎士団の突入には俺が同行するよ」
「シゲル君?」
「シゲル様!」
この宣言にアンリウネとシャロルは慌てたが、慈がここに来たのは戦う為だ。
そもそもが、勇者は最前線に出るのが前提になっている。そこを指摘されると、止める事が出来ないアンリウネとシャロル。
「じゃあ、俺はアガーシャ騎士団の人達に挨拶してくるから」
突入作戦への編入手続きよろしくと、細かい段取りを任せた慈は、中央大テントを後にした。
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