21 / 148
かっとうの章
第二十話:孤児院の秘密
しおりを挟む孤児院の一階裏側の窓から廊下に侵入した慈は、姿勢を低くして廊下の傷み具合を確かめつつ耳を澄ませる。すると、玄関の方向からイルド院長とナッフェ少年の会話が聞こえた。
音を立てず、廊下を滑るように移動した慈は、物陰から二人の様子を覗う。
「なあシスター、なんであの人等と話さなかったんだ? 救世主とかいう偉い人らしいから、孤児院の中を見て貰えば色々便宜図って貰えるかもしれないぜ?」
「……なぜ救世主様がここに……それよりナッフェ、また院を抜け出してましたね?」
イルド院長は勇者一行が訪れた事に戸惑いの表情を浮かべると、ついでナッフェ少年の無断外出に言及した。明後日の方に目を逸らして誤魔化すナッフェ。
「とにかく、サラに話をしないと……」
「サラ?」
院長の呟きに耳聡く反応したナッフェが、「なんでサラに?」という雰囲気で見上げる。院長はそれには応えず、ナッフェに促した。
「あなたは皆のところに戻って部屋のお片付けをなさい。あと、そんな恰好で出歩くのもよくないわ。皆と同じ服があるでしょう?」
「いいんだよ、俺はこの方が動きやすいんだ」
廊下の陰から二人のやり取りを聞いていた慈は、ナッフェが院を抜け出す時、孤児院の子供だと分からないようにワザとボロを纏っていると理解した。
しかし、ランプ泥棒の動機や、イルド院長との会話の冒頭で『便宜を図って貰えるかも』などという、ナッフェの子供らしからぬ提言を鑑みるに、孤児院の運営が困窮しているのは確かなようだ。
ナッフェを他の子供達のところへ行かせた院長は、そのまま廊下を進んで行く。後を付ける慈。廊下の反対方向からは、子供達の声が聞こえてくる。
「あー、またナッフェがボロいの着てる~」
「お前また勝手に抜け出したな」
どうやら彼は日常的に孤児院を抜け出しており、他の子供達もその事を把握しているようだ。院長を追って廊下の奥へと進むうち、子供達の声も遠くなる。
やがて、院長は一番奥の突き当たりにある部屋へと入って行った。少し重厚で雰囲気のある扉のプレートには、院長室と書かれている。
慈は音を立てないよう、少しだけ開いた扉の隙間から中を覗き込んだ。院長は壁際にある大きな本棚の前に立ち、本の一部を押し込む様な動作をした。
すると何か仕掛けが動いたらしく、本棚が横にずれて隠し通路が現れた。
(おおー、古典的……)
隠し通路は少し先から地下へと続いているようだ。院長の姿が見えなくなる頃、本棚が元の位置へと動いて戻った。素早く部屋の中に入り込んだ慈は、その本棚の前に立つ。
(今動かしても大丈夫かな?)
耳をそばだてて隠し通路の音を探るが、足音も聞こえない。仕掛け部分を押し込み、本棚をスライドさせる。微かに魔力を感じた。
(この仕掛け、魔法で動いてるんだな)
再び現れた隠し通路に踏み出す。奥の方から微かに人の声が聞こえた。地下へと続く階段に差し掛かったところで、本棚が元の位置に戻る。
慈は宝剣の柄に手を掛けつつ階段を下りて行く。人の声は話し声のようだ。
(イルド院長と、もう一人……こっちも女の声か?)
地下には明かりもあるらしく、階段の先が仄かに照らされているので、その光が届くギリギリの場所に陣取った慈は、院長と相手の会話に耳をそばだてた。
「マズい事って、何かあったのですか? もしやまたあの神官長が無理な要求でも?」
「ううん、神官長は多分絡んでいないと思うけど……さっきこの院に勇者様が来られたの」
「勇者様――って、人間界の伝説にあるあの勇者様ですか!?」
「ええ、最近召喚されて来た本物らしいわ。この街には慰問で訪れたみたいだけど――」
いつも街へ抜け出している子供の風貌から、この孤児院が適切に運営されているのか調べに来たように感じたと語るイルド院長に、相手の女性は「ああ……ナッフェ君ね」と息を吐く。
「サラ、ここは危険かもしれない」
「でも……この子はまだ半年は目覚めないわ。ここから動かせない」
深刻な様子で話し合っている二人の会話に聞き耳を立てていた慈は、その内容から彼女達の状況を推察するが、いまいち意味が掴めない。
(誰かを匿っている? 半年は目覚めない? 勇者が来ると危ない? う~ん……)
しかし、話の最初にサラと呼ばれた女性が口にした『神官長の無理な要求』というのが気になった。もう少し様子を見ようと考える慈だったが、イルド院長が上に戻ろうとする素振りを見せる。
「とにかく、どこか別の場所に移動出来ないか考えてみる。勇者様が来ている今なら、監視の目も甘くなってるはずだわ」
「そうね……私達があいつ等から身を隠せれば、きっと孤児院の補助金にも手を出せなくなる」
ここの子供達にも、もっとマシな生活をさせてやれるはずだというサラの言葉に、イルド院長も同意する。そうして彼女は、子供達の様子を見て来ると言って出口に歩き出した。
階段の途中に身を潜めていた慈は素早く引き返すと、隠し扉である本棚の裏側までやって来た。狭い通路に両手と両足を踏ん張って壁を登って行く。
天井に背中の鞄が当たるところまで登ると、宝剣が垂れ下がらないよう足に引っ掛けてそのまま待機。地下から上がって来たイルド院長が、慈の真下を通過する。
やがて、隠し扉の裏側の仕掛けを動かした院長は、部屋の中へと出て行った。
(ふむ、出る時はあそこを押せばいいのか)
本棚がスライドして閉じたのを確認した慈は、そっと通路に着地すると――
(さて、この孤児院の秘密を見せてもらおうかな)
再び地下への階段を下りて行くのだった。
0
あなたにおすすめの小説
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~
シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。
前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。
その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる