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しんげきの章
第五十話:遠征訓練
しおりを挟む翌日、聖都を出発する慈達一行。勇者部隊の試運転は一応、秘密裏に行われているのだが、遠征仕様の多人数竜鞍を付けた地竜ヴァラヌスはやはり目立つ。
遠征訓練に出掛ける慈達を見掛けた街の人々がわらわら集まって来てしまい、結構な数の民衆達から手を振って送り出された。
正面の御者台座席には、手綱を握る御者と慈。左右に六席ずつ並ぶ側面座席の一番前の席には、パークスとシスティーナ。後ろにアンリウネとシャロル、セネファスとリーノが座り、間に傭兵を挟んでフレイアとレゾルテ。一番後ろには兵士が座る。
そして後方向きの座席には姿を消したレミが陣取った。全方位に注意を向けつつ、脅威にも対処可能な配置であった。
基本的に、危険を察知した時点で慈が対処するので、傭兵と兵士の配置はあくまでも六神官と地竜を護る為の備えだ。
北に続く街道を進み、再建中の第二防衛塔を越えた先にある分かれ道を東へ。この辺りは聖都軍の哨戒も多く、街道上にはちらほらと旅人の姿も見える。
聖都の南側方面に比べれば殺伐とした空気を感じるが、まだ比較的安全な地域であった。
街道は、クレアデスとの行き来が激しい北方面はよく踏み均されていて、整備もされているので起伏も少ないのだが、あまり人通りの多くない辺境方面になると結構荒れている。
と言っても、馬や人の足でなら普通に歩けるし、躓くほど大きな段差や穴があったりするわけではないので、特に問題は無かった。
「今日は最初の村まで進んで一泊する予定だから、ヴァラヌスの走破性を見ておこう」
街道の荒れた区域に入ったが、地竜の足には何ら影響はない。ズドドドドッという地響きを立てて進む勇者部隊の地竜に、時折見掛ける街道を行く旅人の集団が慌てて道の脇へと避けている。
速度は普通の馬車が安全に走る時くらいのものだが、地竜の厳つい見た目と巨体故に迫力が半端無かった。
「この辺りで街道を逸れよう」
「分かりました」
慈は御者に指示を出して、地竜を街道脇の森へと分け入らせる。いくら走破性が高いとはいえ、幅があるのであまり木々が密集しているところには入って行けないが、通常の馬車では絶対に走れないような場所を行けるのは大きい。
「いいね、これなら山の中でも問題無く進めそうだ」
「この地竜なら、狼などの野生の獣も寄って来ませんでしょうな」
流石に道なき道を進むと多少揺れは大きくなるが、慣れれば居眠りができる程度で気にならない。そんな調子で休憩も挟まずひた走り、無事に最初の目的地に到着した。
通常なら急いでも半日は掛かる距離であったが、森をショートカットしたので陽の高い内に村に入る事が出来た。
勇者部隊は野営の準備に入り、慈はアンリウネ達と村長のところへ挨拶に向かう。
六神官を連れた『勇者様』に訪ねられて恐縮しきりな村長に、明日の朝まで村の広場を借りる事を告げて挨拶を済ませた慈は、広場に張られた大型野営テントの中でこれからの行軍を話し合う。
「今日の行程で地竜がかなり自在に動ける事が分かったから、明日からも街道を少し外れた森の中を進もうと思うんだけど、皆の意見を聞かせて欲しい」
慈の提案と要請に、セネファスが問う。
「街道を使わない理由は?」
「こっちの街道はこの先どんどん狭くなるから、他の旅人とすれ違う度に徐行するのもな」
深い森を通す曲がりくねった道は、高い木々が生い茂って見通しも悪い。地竜の巨体だと道幅を一杯まで使うので、常に道の先に人が居ないか気にしながら進む事になる。
どうせ速度が出せないなら初めから森の中を進む方が、誰かとぶつかるような事故の危険も少ないと慈は説く。
「滅茶苦茶だけど筋は通ってるかな」
どの道、敵地での行軍では目立つ街道をそのまま使う事はあまりないのだ。遠征訓練として、多少安全なオーヴィス領内で、森の中を進むのに慣れる良い機会とも言えた。
他は特に質問も意見も上がらなかったので、この提案を明日からの方針として、遠征訓練の一日目は静かに過ぎていった。
最初の村で一泊して何事もなく翌朝を迎えた勇者部隊は、出発して直ぐ街道脇から森に入った。次の目的地には曲がりくねった街道を真っ直ぐ突っ切る形で進む。起伏は激しくなったが、大きく迂回しながら進む道を直線で駆け抜けたので、目的地には予定より早く到着する事になった。
そんな二日目の野営地となる集落では、この先にある国境沿いの村が壊滅しているという話を、そこから逃げて来たらしい元村人の避難民から聞く事が出来た。
なんでも、小鬼型や狼型の魔獣を使役している魔族軍兵士の集団による襲撃があったそうだ。
「その話、聖都に報告は?」
「ここに逃げて来た日に、調査に来ていた役人さんに話しただよ」
村人は、聖都から派遣されて来た役人に自分達の窮状を訴え、魔族軍部隊が村に居座っている事を伝えたが、その後一向に音沙汰無しだという。
「時期から推測して、召喚の儀式が行われる前でしょうか」
「正確な位置が分かっているのに、何の対処もされてないってのはおかしいね」
「おそらく、魔族派の息が掛かった役人に揉み消されたのかも」
「聖都の近辺によく現れていた斥候は、その村に居座っている部隊が手引きしているのでは?」
件の話について、慈と六神官はパークスやシスティーナ達も交えて意見を述べあう。以前、レミが例の会合で聞いた、魔族派が支援しようとしていた部隊である可能性を考える。
「オーヴィス近郊の街を占拠してるって話だったよな」
「じゃあ、結構でかい本命の部隊が街にいて、その村に居座っているらしい連中も斥候に過ぎないかもしれないって事かい?」
「これは……予想以上に危険な状況であるとみなすべきでしょうか」
慈の捕捉から得たセネファスの推測に、アンリウネはオーヴィスの領内に入り込んでいる魔族軍の規模を多目に修正して、聖都に一度報せを出すべきと進言した。
ここ最近まで、勇者部隊は試運転で聖都周辺に出没する魔族軍の斥候と頻繁に遭遇していたが、あれが魔族の支配域から来たのではなく、オーヴィス領内の街から出撃していたのだとしたら――
「知らぬ間に聖都が包囲されていた、なんて事にもなり兼ねません」
「そうだな、そっちはアンリウネさん達にまかせるよ」
一夜明けた集落の野営地にて、準備を整える勇者部隊。ここから先は、魔族軍の部隊に遭遇する確率が高くなると予想される。
魔族の支配域で活動する事を目的にした勇者部隊の訓練としては、悪くない環境だと考える慈は、突発的な戦闘に備えて気を引き締めるよう、皆に注意を促して集落を出発した。
三日目となる今日、まずは魔族軍部隊が居座っているらしき壊滅した村を目指す。
昨日までは地竜の走破力に任せた怒涛の進撃ながらも、どこかノンビリした雰囲気のあった勇者部隊だったが、今日は会敵を意識した警戒態勢での移動となった。
相変わらず街道の大きく曲がる場所で曲がらず、急な斜面を物ともせず、真っ直ぐ森を突っ切るショートカット走法。森の中がメインで時々街道を横切るような走り方で進む事しばらく。
座席から正面と斜め前方を警戒していたパークスが、何かを見つけた。
「うん? 少し先に何かあるぞ」
「ありますね……柵――でしょうか」
御者も気付いて地竜の速度を緩める。簡単に組まれた結構背高い木の柵が森の中を横切り、街道の方まで伸びていた。慈は宝剣フェルティリティに手を掛け、いつでも抜けるよう構えている。
その時、左側面を見張っていた傭兵と兵士から警告が発せられた。
「敵だ!」
「魔物部隊発見! 魔狼騎乗型小鬼2、単体型3!」
ガサガサと茂みを揺らして現れた魔物部隊は、地竜ヴァラヌスを見て不思議そうに立ち止まると、その上に乗っている慈達に気付いて一瞬呆けたように固まった。そこへ、光の刃が襲い掛かる。
「!!っ――」
ヴォンッという剣波を放つ音と共に魔物の身体が消し飛び、残った肉片が草葉の上にぱたぱたと落ちる。声を上げる間も与えず殲滅した。
迎撃しようと座席から半分下りかけていた傭兵や兵士達が固まっている。
「ああ、出発前にも話したと思うけど、基本的に敵には俺が対処するんで」
傭兵と兵士隊は六神官と御者、足である地竜ヴァラヌスを護る事を優先するよう説明した慈は、まずはこの柵の正体を確かめようと、移動を促した。
柵に沿って街道の方へ、地竜ヴァラヌスがのっしのっしと歩いて行く。道中、先程の魔物部隊について皆で意見を述べ合った。騎獣兵だけでなく徒歩の小鬼型も交じっていた事を鑑みるに、近くに魔族軍の拠点があるのかもしれないと。
「今目指してる村から来たとか?」
「いえ、ここからではまだ少し距離があると思いますが……」
慈の問いに、システィーナが答える。少々控えめな喋り方になるのは、クレアデス国の騎士である自分が、オーヴィス国の村の位置など地理に関して詳しく語る事に遠慮があるようだ。
「もうちょい詳しくよろしく」
「は、はい。では、私見で恐縮ですが――」
殲滅した部隊は荷物らしい荷物も持っていなかった。魔物部隊も遠出をする時はそれなりに荷物を抱えているので、遠方から来たのか、近場を拠点にしているのか、大体見分けがつくらしい。
「そういや、斥候狩りやってた時も荷物持ちっぽいのがいたな」
「聖都の周辺で遭遇した魔族軍部隊は、長距離移動を想定した装備だったように思います」
システィーナの見立てでは、聖都周辺に出没していた斥候部隊は国境付近から――つまり、現在魔族の支配下にあるクレアデス国から来ていたのではないかと推察される。
対して今し方殲滅した魔物部隊は、その編制と軽装具合からかなり近い場所に拠点を持つ哨戒部隊であった可能性を示唆する。
そんな話をしている慈達に、御者から声が掛かった。
「そろそろ街道に出ます」
地竜の速度をさらに緩めてゆっくり進むと、木々の隙間からそれらが見えた。街道を塞ぐように巡らした高い柵と、木枠を組み合わせたような門。
柵の向こう側には幾つかの建物もあり、見張り台らしき櫓まで立っていた。慈達は今現在、街道から森に少し入った小高い場所に居る為、柵の内側がよく見渡せる。
「あれは……関所のようですね」
「こんな場所に?」
オーヴィス領内に点在する重要な施設に関しては、ある程度精通しているシャロルとセネファスが訝しむ。この辺りに関所など設けられていなかった筈だと。
「おい、ありゃ魔族軍の兵士じゃねぇのか?」
パークスが指し示した場所を注目すると、物置小屋のような小さい建物の出入り口から、武装した兵士らしき男が現れた。その兵装は確かに魔族軍のものであった。
さらに、小屋からは荷物を抱えた小鬼型の魔物が三体、男の後に続いて出て来た。
「え、じゃあアレって魔族軍の関所なのか? この辺りってオーヴィス領内だよな?」
今朝方出発した集落からは結構な距離を移動しているが、国境まではまだ遠い筈だ。オーヴィス領内の街道に魔族軍の関所が設けられていた事に、皆も驚く。
「先の集落で関の情報はありませんでしたので、最近設置されたのでしょう」
「とりあえず、片付けとくか」
慈は、シャロルの推察に頷きながら、宝剣を正面に構えて光を纏わせた。
(魔族軍に属する人類への敵対者を対象に)
ヴォンッ ヴォンッ ヴォンッ ヴォンッ と連続して勇者の刃が放たれる。
眼下に見える関所の建物と、敷地内に確認出来る魔族軍兵士らしき人影、魔物や魔獣に至るまで全てを殲滅するよう念入りに光の刃を飛ばした。
最初の二発以降、関所からは悲鳴や怒号、雄叫びなど大騒ぎする声が上がっていたが、六発目を超えた辺りから静かになり、十三発目くらいには手応えを感じなくなった気がした慈は、ひとまず勇者の刃の乱れ撃ちを止めて地竜を前進させた。
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