遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

文字の大きさ
78 / 148
おわりの章

第七十七話:血の海・前編

しおりを挟む



 パルマムでクレアデス解放軍と合流した勇者部隊。その後、五日ほど掛けてこの先の進軍計画を詰めると、王都アガーシャまでの道中にある三つの街の攻略に出撃した。

 行軍の速度が改善されたクレアデス解放軍は、聖都を発った時のようなダラダラとした徒歩ではなく、隊列を維持したまま駆け足での移動になっていた。
 以前に比べて、一日の移動距離が二倍から三倍に伸びている。

 解放軍本隊は中央街道を進み、隊列に加わるにはヴァラヌスの体躯が大き過ぎる為、勇者部隊は街道脇の荒れ地を並走していた。

「休憩は多くなるけど、これなら三日くらいで目的の街に着きそうだな」
「そうですね。士気も悪くないようですし」

 土煙を上げながら行軍するクレアデス解放軍の隊列を横から眺めつつ評する慈に、システィーナも頷いて同意する。それから、彼女は躊躇いがちに訊ねた。

「あの……シゲル殿」
「うん?」

「その、手柄を欲する解放軍兵士達に活躍の場を与えるというのは、どういった方法なのでしょうか?」

 システィーナは勇者の戦い方を知っている。故に、軍隊同士の戦いの場においても、慈がその力を振るうのであれば、ただの一般兵には活躍の場どころか戦闘に参加する余地さえ無いのではないかと思うのだ。

「ああ、適当に無力化して後は任せるって感じかな」
「無力化、ですか?」

 慈の言う『無力化』でシスティーナに思い浮かぶのは、あの全てを消し飛ばす光の刃で薙ぎ払い、一軍を一掃する光景だ。やはり解放軍の兵士達が割り込める場面を想像できない。

「俺は機会を与えるだけだから、それをどう活かすかは本人達次第だよ。戦って敵を倒す事だけが活躍じゃないっしょ?」

 そう言って街道の先に視線を向けた慈は、ポツリと付け足した。

「味方の犠牲はなるべく減らす方向で考えてるよ。魔族側には悪いけど」

 システィーナ達がその呟きの意味を知るのは、三日後――カルマールの街を前に、魔族軍との戦いが始まった時であった。


 勇者部隊とクレアデス解放軍がカルマールの街を捉えたのは、パルマムを発って三日後の夕刻。斥候の報告にあった通り、中央街道を塞ぐように魔族軍の大軍が待ち構えていた。

「正面に見える軍部隊だけで推定3000。これは恐らく第四師団かと思われます」
「街の背後にも部隊が潜んでいるようでしたが、正確な位置や規模は確認できていません」

「そっちは第五師団の騎兵隊だろうな。第四、第五共6000って事だったから、今戦える分の全軍を出して来るなら大体4000ってところか」
「そうすると、ここを護る魔族軍の戦力は全部で7000程度と見て良い訳だな?」

 まだ十分に距離を置いた場所に布陣して軍議を開いているクレアデス解放軍と勇者部隊。
 各部隊の指揮官を集めて敵戦力の情報の共有をおこなっているのだが、解放軍側の指揮官達は皆顔色が悪く、口数も少ない。

 偵察から得た情報をパークスとグラドフ将軍が分析して話し合い、時折システィーナが慈に解説したりしている。アンリウネ達六神官は殆ど口を挟まず、慈の後ろで静かに控えていた。

「正面の部隊と始めたら騎兵隊が回り込むかして囲んできそうだな」
「地形的な条件から考えてもその可能性は高いかと」

 慈の推測に、システィーナは十分あり得る動きだと答える。何せクレアデス解放軍と勇者部隊の戦力は1200程度。
 見えている分だけでも倍以上の差があるのだ。

 戦闘力という面では勇者の存在が数の差を打ち消しているのだが、それが分かるのは慈の戦い方を間近で経験した者のみ。
 解放軍の指揮官達の顔色が悪いのは、あまりに絶望的な戦力差で戦いに臨む事態を、想定外として動揺しているのだ。

 ここまでの道中にロイエン達から聞いた話によると、勇者部隊との共闘を推していた指揮官達の認識では、この先にある三つの街は魔族軍にとって敵の勢力圏にある。
 故に、カルマール、メルオース、バルダームの街に分散した魔族軍の戦力は、それぞれ2000と少しくらいに見積もっていたらしい。

 勇者部隊は以前、オーヴィスの辺境の街に駐留していた魔族軍の先遣隊2000の軍勢を単独で撃破している。
 その話を聞いていたので、ここも楽に下せると考えていたようだ。

「まったく……我が同胞ながら情けない」

 元々、クレアデス解放軍の結成動機には勇者の力を当てにしていた部分がある。
 とはいえ、今回の共闘要請はあまりにあからさまな寄生行為に思えて、システィーナは嘆き半分呆れ半分といった様子で憤りの溜め息を吐いていた。

「まあまあ。それで、俺達の周りに配置する部隊だけど、例の小隊を中心にしていいんだな?」

 慈はシスティーナを宥めながら、ロイエンとグラドフ将軍に確認した。
 例の小隊とは、解放軍内に悪質な噂を流して処罰を受けた小隊長――元近衛隊の従者とその関係者達である。
 小隊長から一兵卒に降格された彼等を一纏めにした部隊を、これまた側近役から小隊長に降格した指揮官が率いている。
 この軍議の席で顔色を悪くしている指揮官達の中でも、特に酷い顔色の小隊長と副隊長がそれであった。

 慈の提言「そこまで手柄を求めるなら、確実にそれを得られる機会を与えよう」と、最前線に立つ勇者部隊に随行させる事が決まっている。
 彼等は『間違いなく勇者部隊の肉壁に使われる』と、暗然たる思いで表情を翳らせていた。


 カルマールの街を前に、魔族軍の大軍と睨み合う形で一夜明けたクレアデス解放軍と勇者部隊。両軍に大きな動きはなく、昨夜は斥侯同士の小競り合い未満な衝突があった程度で、静かな朝を迎えた。

「魔族軍側が動きそうです」
「昨夜の偵察でこっちに援軍が無いのを確認したっぽいな」
「こりゃ乱戦になるとひとたまりもねーぞ」

 クレアデス解放軍から偵察結果の情報を貰いながら出撃準備を進める勇者部隊。本陣より少し前に出た位置に陣取るヴァラヌスの周りには、解放軍から預かった二個小隊が整列している。

 慈は、随行する小隊の指揮をパークスとシスティーナに預けると、アンリウネに拡声魔法の準備を確認した。

「向こうが動く前に俺達が出るから、直ぐに使えるよう頼む。シャロルさんはロイエン君達に出撃の通達よろしく」

「承知しました」
「それでは伝えてきますね」

 戻り次第出撃するという慈に、アンリウネは魔力を練り始める。シャロルは竜鞍を下りて解放軍の天幕に小走りで向かった。

 やがて、ロイエン総指揮から了承を得た勇者部隊は、カルマールの街に向けて地竜ヴァラヌスを出撃させた。
 ヴァラヌスの両脇には40人程の小隊が縦陣で付き従う。
 勇者部隊の後方に展開しているクレアデス解放軍の本陣も、騎兵を中心に何時でも援護に出られる態勢を整えた。


 地竜を駆る勇者部隊が少数部隊を率いて前進して来た事で、魔族軍側も呼応するように正面の部隊を動かし始めた。
 数列に重なっていた横陣が左右に広がりながら鶴翼陣形に変化していく。
 大きく広がる陣形が完成する頃、街の後方から魔族軍の第五師団と思しき騎兵部隊が現れた。正面の部隊の両脇から伸びる腕のごとく、勇者部隊を左右から挟み込むような位置取り。
 機動力にモノを言わせてタイミングを合わせた包囲作戦だったようだ。

「あー、こいつあ全軍を出して来てるな。後方のバルダームとメルオースにゃあ後詰めも残してねーんじゃないか?」
「魔族軍側は、ここで決着をつけるつもりなのかもしれません」

「そうみたいだな。この一戦で片付くなら楽で助かる」

 パークスとシスティーナがこの場で確認出来る軍勢の規模から魔族軍側の狙いを推察すると、慈は最初から全部出て来てくれるなら手っ取り早いと歓迎を示した。
 それを聞いた随行部隊の面々が顔を引き攣らせている。

 魔族軍の鶴翼陣形の中心との距離が凡そ500メートルを切る辺りで一旦ヴァラヌスを停止させた慈は、アンリウネに拡声魔法の発現を指示した。
 ふわりと空気の膜に包まれたような感覚がして、慈の正面に小さな魔法陣が浮かび上がる。

「どうぞ。魔法陣に向かって発した声を増幅して、周囲に拡散します」

 ここからだとカルマールの街の中心部辺りまでは明瞭に届くらしい。慈は凄い性能だなと感心しながら頷くと、魔法陣のマイクに向かって語った。

「オーヴィスの勇者が魔族軍の兵士達に告げる! これよりクレアデス国の領土を取り戻すべく、諸君らを排除する。現魔王ヴァイルガリンの政策に懐疑的な者。戦いを望まない者。人類との共存を望む者は、その思念を強く意識せよ! さすれば我が死の光を免れるであろう! 人類の敵であり続ける者には死を与えよう」

 慈の警告に反応してか、魔族軍の隊列が一瞬ざわめくような気配に揺れた。が、大きく足並みを乱す事も無く、整然とした陣形を維持している。

「まあこんな感じかな。相手の包囲が完成したら仕掛けるから、皆は防御に専念しててくれ」
「承知しました」
「了解です」
「任せな」

 宝剣フェルティリティを抜いた慈が御者台の上に立ち、勇者部隊のメンバーはそれぞれの方法で身を護る。

 ヴァラヌスの周りを固める二個小隊も、盾を構えて防御の姿勢を取った。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

4人の勇者とЯΔMЦDΛ

無鳴-ヴィオ-
ファンタジー
5人の少年少女が勇者に選ばれ世界を救う話。 それぞれが主人公的存在。始まりの時代。そして、彼女達の物語。 炎の勇者、焔-ほむら- 女 13歳 水の勇者、萃-すい- 女 14歳 雷の勇者、空-そら- 女 13歳 土の勇者、楓-ふう- 女 13歳 木の勇者、来-らい- 男 12歳

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

処理中です...