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おわりの章
第七十八話:血の海・後編
しおりを挟むカルマールの街を背に布陣する魔族軍。中央で鶴翼陣形を敷いているのは、第四師団の残存兵力を集めた部隊である。
先日の『勇者部隊発見』の報に、強襲作戦を立案して送り出した先陣部隊は、手持ちの『贄』を全て失った上に壊滅した。
儀式魔法を扱える主力の熟練部隊を失った第四師団は、暫定的に第五師団の指揮下に入り、最も危険な中央に配置されたのだ。
「あれが噂の勇者部隊か……」
「本当に地竜に乗っているんだな」
「光の刃って何処まで届くんだろう?」
第四師団の中でも、魔術兵達を護る事が主な仕事である一般兵達が囁き合う。
肝心の魔術兵は街の中に待機しており、勇者部隊と正面から対峙している彼等は、自分達が捨て石にされるであろう事を理解していた。
第五師団の師団長は、以前から欲しかった第四師団の優秀な魔術兵を取り込むべく、第四師団の一般兵を使い潰すつもりであった。
その上で、今最も魔族軍内で注目されている『人類軍の最終兵器』と謳われる『伝説の勇者』を討ち取り、魔族軍師団の中でも確固たる地位を確立しようと目論んでいた。
そんな魔族軍内のヒエラルキーを強く意識する第五師団長の作戦は、対象を包囲して全方向からの波状攻撃を行うという単純なものだった。
「敵の本隊に動きは無いか?」
「ハッ、前進して来るのは地竜を含む少数部隊だけのようです」
遠見の魔法で戦場を俯瞰している部下の返答に、第五師団長は満足そうに頷く。
対勇者攻略に向けて集めた情報を分析しているアガーシャの第二師団や、本国ヒルキエラからも入手した確定情報によると、件の『光の刃』は基本的に前方へしか進まない事が分かっている。
とんでもなく致死性の高い特殊攻撃だが、追尾性能は無く、避けられない速度ではないとの事。
円環状にして全方位にも飛ばせる事が確認されているが、その放ち方の場合は精神に作用する性質を持ち、警告や威嚇目的で使われるという報告が第三師団の先遣隊により上がっていた。
大打撃を受けて撤退、生還した者達の証言を合わせれば、勇者部隊はほぼ遠距離からの強力無比な特殊攻撃による奇襲という戦術を中心にしている事が分かる。
持久力と機動力に優れる地竜一頭に収めた少数精鋭という構成も、その特性を最大限に発揮する為の部隊設定なのだろうと分析していた。
(確殺の『光の刃』は一方向にしか飛ばない。つまり、大軍で包囲して絶え間なく攻め続ければ、犠牲はあれど確実に討ち取れる。件の攻撃を恐れて距離を取る事こそが敗因となるのだ)
第五師団長は、集めた情報とこれまでの戦況から導き出した己の分析に、自信を持っていた。
「この戦、勝ったな」
中央で第四師団の盾兵部隊が鶴翼陣形に変化したのに合わせて、その外側から包囲に取り掛かる第五師団の騎兵部隊。
勇者部隊の退路を断つまであと少しという時、一帯に『勇者の警告』が響き渡った。
『オーヴィスの勇者が魔族軍の兵士達に告げる! これよりクレアデス国の領土を取り戻すべく、諸君らを排除する。現魔王ヴァイルガリンの政策に懐疑的な者。戦いを望まない者。人類との共存を望む者は、その思念を強く意識せよ! さすれば我が死の光を免れるであろう! 人類の敵であり続ける者には死を与えよう』
その警告に、勇者の噂を知っている者達は動揺を見せるも、盾兵部隊を指揮する第五師団からの派遣大隊長や、騎兵部隊の兵士達の大半は『ハッタリだ』と一笑に付した。
出撃前の作戦会議で第五師団長が示した『対勇者攻略作戦』の概要に従い、包囲網を完成させてから中央の盾兵部隊を突撃させ、更に包囲を狭めていく段取りで進める。
勇者側からの最初の反撃が盾兵部隊に向く事を想定した、高機動型包囲陣。盾兵部隊で壁を作り、騎兵隊の機動力で光の刃を回避しつつ、死角から距離を詰めて一気に叩く。
「包囲網、完成しました!」
「よし、号砲を鳴らせ! 攻撃開始だっ!」
盾兵部隊の鶴翼陣形と、後方に回り込んだ騎兵部隊による二重の包囲網を完成させた魔族軍は、全軍に合図を送る音の魔術を発現させると、全方位から勇者部隊に突撃を開始した。
勇者部隊、地竜ヴァラヌスの周囲で盾を構えているクレアデス解放軍の二個小隊の兵士達は、十倍以上の魔族軍に包囲されて生きた心地がしないでいた。
先程、勇者から発せられた『降伏勧告』ともとれる警告に、前方で同じく盾を構えている魔族軍部隊の隊列が多少揺らいだように見えた気がしたが、現状に希望は見出せない。
こんな大軍を相手に、完全包囲された今の状態からどう戦うのか、想像が付かないのだ。
「ま、魔族軍、来ますっ!」
後方に回り込んだ魔族軍の騎兵部隊が退路を塞ぐと同時に、魔力の乗った大きな音が鳴り響いて、正面の部隊が前進を始めた。
本当にここからどうするつもりなのかと、二個小隊の兵士達が地竜上の勇者を仰ぎ見たその時。地竜から飛び降りた勇者が剣を頭上に掲げると、一瞬、目が眩むほどの光が発せられた。
(これ絶対あとで反動が来るな……)
慈は、魔族軍が動き出すのを確認して直ぐ、高さを調節する為にヴァラヌスから飛び降りて宝剣フェルティリティを掲げる。
出来れば相手を視認不能な暗さや距離を置いてぶっ放し、死体も消し飛ばして済ませたかったが、今回は事情があるので仕方が無い。
(魔王ヴァイルガリンに賛同する者。俺達と戦う意思のある者。人類に心から敵対する者)
微妙に殲滅条件を変えながら勇者の刃を三連射。慈から波紋のように広がった光の刃輪が戦場を薙いでいく。
三重の光円が音もなく広がり、その先に赤い飛沫の花が咲き乱れる。勇者部隊を中心に、直径で凡そ1000メートルの範囲を光が通り過ぎた。
まず、最初の光の刃輪で現魔王『ヴァイルガリンの信望者』が削り取られた。
これは、意外にも半数以上の魔族兵士が無傷で残っていたが、そこから第二波が『戦う意欲を持っている者』の半身を消し飛ばした。魔族軍騎兵部隊のほぼ全てがこれで消えた。
続く第三波が、疎らに残った『人類の滅亡を望む者』、『肯定する者』等を断ち斬った。
戦闘開始を告げる魔族軍の号砲に、突撃の雄叫びが交じる喧噪から然程の間を置かず、戦場に静寂が訪れる。
騎手を失った騎兵部隊の軍馬達が駆ける足を止め、所在無さげにうろついた後、立ち昇る血の臭気と死の気配から逃れるように戦場を離れていく。
勇者部隊を包囲していた魔族軍は消え失せ、ドロリとした濃い赤が一帯を覆う。靄のように煙る蒸気は血潮から生じたものか。唐突過ぎてどこか現実感の伴わない悪夢の如く光景。
そんな血肉の海には、ぽつぽつと無傷で立っている者がいるが、いずれも戦意を喪失している。中には、錯乱して恐慌状態に陥っている者も居た。
「ほら、今なら手柄取り放題だぞ。捕縛するなり討ち取るなり好きにしていいぞ」
慈は、ヴァラヌスの御者台に上りながら、周りで盾を構えたまま呆けている二個小隊の兵士達に声を掛ける。
『行けよ』と促すも、動き出す者はいない。
クレアデス解放軍の兵士達は、突然現れた地獄絵図のような有り様に一歩も踏み出せないでいた。
「こ、これが……勇者の戦い方なのか」
総指揮ロイエンの隣で勇者部隊の戦いを見守っていたグラドフ将軍は、絞り出すように声を漏らした。余りに想像から掛け離れた光景に戦慄する。
事前に軍議で作戦を聞いてはいたが、実際に目の当たりにするとインパクトが違った。
この地獄が、激しい戦いを経て形成されたモノであれば、兵士達の心情も殺戮の緊張と高揚に呑まれる過程で、『勇者が力を振るう戦場』という環境に最適化されていたかもしれない。
が、精強を誇る魔族軍の大部隊という脅威が、いきなり悪夢のような血の海に塗り替えられたのだ。そこには恐怖と戸惑いしか生まれない。
(これは、戦い等とはとても呼べぬ――もはや屠殺だ)
両軍の兵士達が勇者の生み出した血の海に呆けている中、ヴァラヌスの竜鞍に乗る六神官達は、慈が心に大きな反動を受ける事を心配して、御者台に収まるその背中を見詰めていた。
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