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おわりの章
第八十三話:秘策と思惑と
しおりを挟む王都アガーシャの奪還に乗り出した勇者部隊とクレアデス解放軍。
ロイエン達クレアデス解放軍はアガーシャの正門前に距離を置いて布陣し、慈達は王都の西側に回り込んで防壁の外から勇者の刃による攻撃を開始した。
側面からの奇襲攻撃にしたのは、中央、後方、最前線と何処に敵側の指揮官が居ても満遍なく狙えるからだ。
「うん?」
先制の波状攻撃に手応えを感じなかった慈は、殲滅対象の条件を微妙に修正して第二波を放つ。
「ん~~? 何人か引っ掛かったっぽいけど、何かしっくりこないな」
「シゲル様、どうされました?」
微妙な表情を浮かべて唸る慈に、アンリウネが問う。前回の戦いで慈の高揚型反動を見てから、彼女達六神官は、より注意深く慈の状態を観察するようになっていた。
「どうも色々対策して来たらしい。ちょっと搦め手で攻めてみる」
彼女達が以前のような過保護な雰囲気を纏っている事に苦笑を返しながら、慈は勇者の刃の干渉対象を『全ての魔族』に変更する。
まずは非殺傷設定で殺気だけ乗せて防壁の向こうへばら撒いた。その後、攻撃対象を『あらゆる呪いや魔術』等の条件に設定して同じようにばら撒く。
攻撃開始当初は微妙な手応えとほぼ無反応だった防壁の向こうから、今は魔族軍の混乱している様子が伝わって来る。
「お、急に反応が良くなったな。さては暗示系の術とかで意識レベル弄ってたな?」
勇者の刃の特性については、これまでの戦いなりオーヴィスに潜む魔族派のスパイなりから多少は魔族側に伝わっていたであろう。
特に、慈は前回『勇者の警告』として『敵対する意思を持たなければ光の刃から逃れられる』と、明確に宣言している。
もっともそれは、あくまでその時に示した条件であって、勇者の刃が効力を発揮する為の絶対的な前提条件というわけではない。
やろうと思えば、友好的な意思を持つ者だけに干渉する事も出来る。
勇者の刃は、『慈が敵と見做した』相手であれば、人であろうとモノであろうと、はたまた呪いや魔術であろうと関係なく、問答無用で消し飛ばせるのだ。
が、どうやら魔族側は「敵対意思を消せば無力化出来る」と誤認しているふしがあった。
(ふむ、これなら――今度こそクレアデス解放軍にも手柄を立てさせられるかな?)
今回、慈が別行動で先行したのは、先に王都内の魔族軍を瓦解させてからクレアデス解放軍を突入させ、撤退中の魔族軍を相手に申し訳程度でも『戦った』という実績を与える策だった。
王都奪還戦でのクレアデス解放軍の体裁を保つ意味があったのだが、魔族軍側の誤認を上手く利用すれば、きちんと正面から戦った形に出来る。
敗北の可能性は考えない。
「このまま正門の方へ回り込もう」
「クレアデス解放軍を援護するのですね」
慈は勇者の刃の干渉対象を『無機物を含む全て』に拡大する。
殲滅対象を『精神に干渉する魔術・呪い全般』として、隷属の呪印や贄の呪印など、人の意識や行動を束縛する系統の術式を狙い撃ちにしながら移動を始めた。
西側防壁の外から水平撃ちした勇者の刃は、東側防壁の向こうまで届いているので、高低差による多少の撃ち漏らしはあれど、王都全域をカバー出来ている。
「とりあえずロイエン君達と合流する。正門が閉じたままなら吹っ飛ばして突入。後は流れで」
「了解しました」
勇者部隊がクレアデス解放軍と合流に動き始めた頃。王都内の魔族軍は、光の刃が何度も通り抜けた事で起きていた混乱も徐々に鎮まりつつあった。
城内の魔族軍第二師団司令部では、次々に上がって来る報告を分析して現状の把握と対処に勤めている。
「兵士の精神抑制を管理していた術士が何人か犠牲になったが、兵士自体に被害は無い」
「しかし、光の刃で意識を抑える術が悉く破られているようだな」
「例の、精神に作用するという方か」
意識が覚醒した兵士達から不満の声も上がっている。敵を欺くには味方からだと、事前の同意を得ずに精神を抑制する術を施していた為、『洗脳する気では?』と不信を募らせているようだ。
「勇者がわざわざ精神抑制を狙って破っているとすれば、この戦法に効果があったという事だ」
「不満を訴える兵士達は説得して、再び抑制の術を受け入れさせよう」
光の刃が飛んで来る方向が少しずつ正門に近付いている事から、正門前のクレアデス解放軍と合流しようとしているのが分かる。
「光の刃の弱点に気付かれたと判断し、単独行動を切り上げて味方と合流しようとしているのなら、今が攻め時か」
「ヴァイルガリン様の護符を装備した指揮官を集めろ。部隊の再編成が済み次第、出るぞ」
勇者が放つ光の刃に耐性を持つという、魔王の護符を装備した指揮官に、精神抑制を施し直した兵士達を割り当てて特殊な攻撃部隊を編成する。
全ての準備が整う頃、勇者部隊がクレアデス解放軍と合流したとの報告が上がった。
「よし、行くぞ! 敵は少数だ! 勇者の力を封じた今、恐れるものなど何もない!」
「門を開けろ! 亡国の兵共を蹴散らしてやれ! 全軍突撃!」
王都の正門が開かれ、魔族軍の対勇者攻撃部隊が出撃する。一見すると亡者のような足取りの無気力兵だが、それでも整然と並んで行進を始めた。
クレアデス解放軍と合流した慈は、システィーナ参謀とパークス傭兵隊長に、ロイエン総指揮やグラドフ将軍も交えながら、ここからどう攻め入ろうかと話し合っていた。
「お? 出て来たみてぇだぞ?」
「門を吹き飛ばす手間が省けたな」
パークスが額に手でひさしを作りながら魔族軍の動きを指摘する。慈も開かれた正門を確認して呟いた。
「それでは、作戦通りに」
「よろしくお願いします!」
グラドフ将軍とロイエン総指揮はそう言って地竜ヴァラヌスを離れると、クレアデス解放軍の指揮に戻って行った。
クレアデス解放軍を前面に押し立てての正面突破作戦。
「盾と槍は前へ! 騎兵は左右から斬り込め! 各々、眼前の敵を屠る事だけに集中せよ!」
「奴等を王都から追い出すぞ! 吶喊!」
グラドフ将軍とロイエン総指揮の鼓舞と号令で突撃を開始するクレアデス解放軍。正門から現れた魔族軍部隊は、早歩きくらいの動きでゆるゆると陣形を整えている。
士気が崩壊しているのかと見紛うほどやる気が無いように感じるが、あれは『勇者の刃対策』として『敵対意思を持たない』ようにしているのだと、慈は先程までの探り入れで看破していた。
「解放軍の連中、今度こそちゃんと仕事するんだろうな?」
「王都の奪還戦だ。奮起せざるを得まい」
パークスの揶揄めいた呟きに、システィーナが擁護気味に答える。道中散々、同胞達の不甲斐ない姿ばかり目にして来たが、ここらでしっかり挽回して欲しい物だと、言葉に希望を含ませる。
のろのろと迫る魔族軍の兵数は既にクレアデス解放軍の倍近くまで膨らんでいるが、正門からはまだまだ後続が途切れない。
そうして遂に、クレアデス解放軍の先陣部隊と魔族軍の最前列が剣を交えた。その瞬間、慈は解放軍の背後から勇者の刃を放つ。殲滅条件は魔族軍に属する者。
味方を擦り抜けた光の刃は、戦闘意欲皆無で斬り結んでいた魔族軍兵士を容赦なく貫く。
予め作戦として伝えられていた解放軍の兵士達は一瞬の戸惑いを見せるも、足を止める事無くそのまま突き進み、瞬く間に前線が押し上げられていく。
「これは……私達がパルマム奪還戦で経験した戦いの再現になりそうですね」
システィーナがそんな事を呟いていた。
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