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しょうかんの章
第九十八話:ソーマ城の怪物
しおりを挟む魔族国ヒルキエラの首都ソーマにて、深夜過ぎに始まった複数の『地区』への襲撃騒ぎ。
攻撃を受けている各『地区』の族長達が、彼等の属する穏健派組織の中心でもあるジッテ家に集まり、それぞれ持ち寄った情報を精査した事で全容が見えて来た。
「まず例の怪物だが、『異形化兵』という魔法生物らしい。ヴァイルガリンが対勇者兵器として編み出したそうだ」
「見た目は完全に化け物だし、持つ力も怪物そのものだ。『地区』の襲撃には主にこの異形化兵が使われている」
斥候を得意とする一族の長が、取り纏めた情報を並べていく。
「それと、一部我々と敵対している武闘派一族も襲撃に加担しているが、異形化兵と連携している訳ではないようだ」
城内に潜んでいる諜報員によると、かなりの数の異形化兵が玉座の間に詰めているとの事。
「ふむ。攻撃の理由に『勇者の侵入とその討伐』を称しているのは、偶然では無さそうだな?」
「こちらの情報が漏れていた事を鑑みるに、勇者殿の首都入りは最初から把握されていたと考えた方がいいだろう」
「確かに、タイミングが良過ぎるな」
「速い仕掛けは、シェルニアに居るヒルキエラ解放同盟の介入を嫌ったと見るべきか」
情報が出揃い、概ね全体の状況が掴めたところで対処に移る。
自力で防衛できている『地区』には応援を送り、他の『地区』からの避難民を受け入れる準備が進められた。
カラセオスとジッテ家の精鋭戦闘員がソーマ城に斬り込むので、勇者部隊はそれに付いて行く。一応、城の外からも玉座の間のある付近を狙って勇者の刃を放つ予定である。
「避難する『地区』の応援は大丈夫か?」
慈が、勇者の刃は結構遠くまで飛ぶので、危なそうな『地区』があればそっちにも援護に放っておくぞと提案すると、カラセオスは少し考えて他の族長達に意見を求めた。
「味方に被害が及ばないのであれば、是非その力を見てみたい」
伝説の存在の力を生で見られる又とない機会。逃す手はないなどと、結構余裕がある雰囲気の族長達に、慈は勇者の刃の殲滅条件を伝えて味方の意志統一を図って貰った。
一応、『ヴァイルガリンに与する者』という分かり易い確定条件を設定しているものの、暗示などで意識を調整して二重スパイ的な活動をしている味方の工作員が居た場合、うっかり当たってしまう危険性もある。
「では、各々迎撃に出るとしよう。勇者殿達は我々の後に続いてくれ。真っ直ぐ城を目指す」
「了解だ」
斯くして、魔王ヴァイルガリンに仕掛けられた深夜の襲撃に対する反攻と討伐作戦が開始された。
屋敷を出ると、遠く彼方此方から戦いの音が響いて来る。時折、攻撃魔法のものと思われる光が夜空に瞬き、照らし出された巨大防壁に建物群の影が浮かび上がる。
ジッテ家の『地区』は各一族代表に精強な護衛も多く集まっているためか、既に戦いの気配も無く静かだ。
ソーマ城が聳える崖丘の麓という立地上、比較的地面が高く周囲の『地区』を遠くまで見渡せる。
門前には御者とマーロフが準備した地竜ヴァラヌスが待機しており、六神官にパークス達傭兵隊やシスティーナと兵士隊も乗り込み始めた。
「勇者殿、今青く光った辺りと、その右側の尖塔が立っている『地区』をお願いできますかな?」
少し年嵩な見た目の族長に目標地区を示された慈は、頷いて宝剣フェルティリティを抜くと、魔法戦らしき光の応酬が見られる一帯に向けて勇者の刃を水平撃ちで一閃、二閃した。
ヴァンッという唸るような音を発して放たれた光の刃が、左右に広がりつつ手前に見える建物を擦り抜けながら飛んでいく。
その様子に「おお……」と思わず感嘆の声を漏らす族長達。あれだけ激しかった攻撃魔法による光の明滅が目に見えて散発的になった。
勇者の放つ光の刃にどれほどの力が秘められているか、皆が一瞬で理解したらしい。
「ちなみに……それは一日にどのくらい撃てるのかね?」
先程の年嵩な見た目の族長が代表で訊ねる。他の族長達も表情にこそ出していないものの、興味津々な様子が見て取れた。
慈の力を推し測るというよりは、純粋に知りたい気持ちが出ているようだ。
勇者に関する情報は撃退された魔族軍の周辺からもある程度拾えている筈だが、幾分か誇張された内容と思われている節があった。
慈は、別に隠す事でも無いし、自重する理由も無いと、好奇心旺盛な族長達に勇者の力を披露する。
「体力と気力が続く限りいくらでも」
指定された『地区』に向かって、今し方放った勇者の刃と同規模のものを連射して見せた。
勇者の刃の波状攻撃。十数発撃った辺りで、標的にされた『地区』から完全に戦闘音が消えた。暴れていた異形化兵や敵対勢力は全て消し飛んだようだ。
族長達は、そのあまりの光景に絶句する。カラセオスから『彼の勇者は禁呪級の規格外な存在だ』と説明は受けていたが、慈の力は彼等の予想を遥かに上回っていた。
この世の摂理を逸脱した力を個人が宿している事に、皆が畏怖を覚える。
「……これじゃあ、どっちが化け物なんだか分からないわねぇ」
などと、妙齢の女性魔族長にもドン引きされてしまう慈。
ともあれ、襲撃を受けている『地区』の対処が予想外に早く片付いたため、余った戦力も連れてソーマ城へ乗り込む事になった。
「まずはここから」
ソーマ城に続く道の手前。崖丘の入り口付近で一旦ヴァラヌスを停めた慈は、城に続く坂道に向かって光壁型勇者の刃を放った。
二階建ての家くらいの高さと道幅一杯まで広がった光の壁が三つ、光跡を残しながら津波のごとく押し寄せ、そこにあるモノを飲み込んで行く。
第一波から第三波まで、それぞれ殲滅対象の条件を変えてあり、進路上に見えていた防衛部隊らしき兵士の集団や、棘の木枠を並べたバリケードなどは蒸発するように消え去った。
兵士の中には何人か生き残った者も居るようで、見通しの良くなった崖丘の道に呆然とした様子で立ち尽くしている姿がぽつぽつと見える。
「よし行こう。城の前でまた何発か撃ち込むけど、突入は自由にして貰っていいから」
「あ、彼奴等は?」
族長の一人が、疎らに残っている生存者達を指して問う。慈は「彼等には敵対する意思が無いので放っておいても大丈夫だ」と告げた。
バリケード撤去用の一波を除く二つの殲滅条件を潜り抜けているので、ヴァイルガリンに忠誠は誓っていないし、カラセオス達穏健派に敵愾心も持っていない。
部隊の兵員として並べられていたが、ハナから戦うつもりが無かった者達だろう。
今この瞬間に心変わりをして戦う事を選んだとしても、ここに揃っている顔触れが相手では脅威にならない、という慈の『放置して大丈夫』な根拠の説明に、族長達は揃って納得した。
急勾配という程ではないが、そこそこの角度が付いた上り坂をヴァラヌスが軽快に駆け登る。
生き残りの兵達は道の端に避けて座り込んでおり、ヴァイルガリン派のエリート達がボロ負けするような伝説の存在や、前魔王派の重鎮一派と戦わずに済んだ事で安堵している様子だった。
実際に、戦いにすらならなかった訳だが。
ソーマ城の閉ざされた正門前には、装飾の施された立派な甲冑や武器に、マントなどの衣類が複数人分ほど散らばっていた。
坂の下からは見えなかったが、ここにも部隊が配備されていたようだ。
「近衛の鎧ですな」
「普通、こいつらは王の傍に付いている筈なのだが……」
「玉座の間は例の魔法生物で固めてるって話だけどねぇ」
近衛騎士が城の表で門番をやっていた事に疑問を抱いてる族長達を尻目に、慈はヴァラヌスを降りて高さを調節しつつ勇者の刃を放つ。
城外から城内に向かって、光壁型を満遍なく連発。カラセオスの屋敷で慈が言っていた通りの流れになった。
「こりゃ中も全滅か?」
「だが、油断は禁物だ」
玉座の間がある方向にも念入りに放っている慈を見てパークスが呟くも、その声を拾ったシスティーナが気を抜かないよう戒める。
二人を始め、傭兵隊も兵士隊も六神官と共にヴァラヌスに乗ったままだ。
今ここには魔族の手練れを連れた族長達が戦力として加わっているので、勇者部隊の戦闘員は慈以外に出番は無い。それ自体は大体いつも通りであった。
カラセオスを含む族長達は、現在城の正面入り口になる扉前で待機している。
慈から突入は自由にして構わないとは言われていたものの、流石に勇者の刃が飛んでいる最中に踏み込む気にはなれなかったらしい。
「それにしても、建物や備品に損害を出さずに武力制圧できる勇者殿には改めて感嘆するな」
扉の向こうに捉えていた敵の気配がまたたく間に消えて行くのを感じ、後始末が楽過ぎるなどと少し和んだ雰囲気まで醸し出している族長達に、慈が警告を発した。
「なんか変な手応えがある」
見取り図で確かめた玉座の間の辺りで、勇者の刃が当たった時に何となく伝わってくる突き抜けるような感覚に変化があったのだと。
「例の魔法生物かね?」
「いや、一個の対象物じゃなくて空間に当たったというか、何かに吸われたような感覚だった」
慈は今まで感じた事の無い奇妙な手応えに「結界みたいなものでも張ってるのかな」と小首を傾げる。
「ふむ。やはり、勇者の刃に対抗する手立てを確立させていたか」
「慎重に向かおう」
カラセオスがソーマ城の巨大な正面扉に手を掛けると、穏健派の中でも武闘派寄りの族長達が武器を構えて前衛に立つ。妙齢の女族長は後衛らしく、少し下がって配置についた。
「開くぞ」
「おう!」
「いつでも」
族長達が声を掛け合い、城の扉が開かれた。慎重に踏み入る族長達。勇者部隊はヴァラヌスに乗ったまま後に続く。
この城のエントランスは軍部隊が陣を敷けるくらい広い。有事にそういう使い方をする事を想定しているそうな。
中は十分な明るさが確保されており、視界は良好。そして予想通り、床には大量の武具が散らばっていた。
ここを蹂躙した勇者の光壁を生き残った者達が、隅の方に避難している。
彼等は崖丘の道での一戦というか、一連の出来事を見ていたようで、先程の生き残り達と同じく元から交戦意思はなかったようだ。
そんな彼等から、思わぬ情報が貰えた。
「玉座の間に向かうなら気を付けろ、とんでもない怪物が居るぞ」
「あれは、理性ある者が踏み越えてはいけない一線を越えている」
「寧ろ被害者と言っても良い。貴殿のその力で解放してやってくれ……」
「俺達は適性が無かったとかで対象から外されたが、あんなのは御免だ」
慈とカラセオス達は顔を見合わせる。昨日斥候が持ち帰った目撃情報と、今夜の襲撃でも確認された怪物。ヴァイルガリンが造り出した魔法生物と謂われる『異形化兵』。
城内の生き残り兵の話によると、異形化兵の正体は、実は魔法生物などではなく特殊な術式によって二人以上の魔族を素材に造られた、『改造生命体』だという。
身体強化などの魔法効果を永続させるべく、体内に魔導具を埋め込むというような方法は昔から存在する。
が、他者の身体を、それも同意なく加工して怪物に作り変えるなど、もはや狂気の沙汰である。
「どうやらヴァイルガリンは、新たな禁忌を生み出してしまったようだ」
カラセオスの重々しい呟きに、族長達も皆表情を険しくしていた。
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