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えんちょうの章
第百十四話:テューマ達の計画
しおりを挟む独立解放軍の拠点に到着した慈は、リーダーのテューマや幹部達の集う司令部にて、別の未来へと繋がる過去の時間軸での出来事を話し、この時代のテューマに協力を求めた。
現魔王ヴァイルガリンは簒奪者として勇者シゲルが討伐するので、テューマには正統な前魔王の後継者という触れ込みで次期魔王の座に就いてもらい、人類との共存に尽力して欲しい、と。
「大変な役目ですね。ですが、魔族の方々が果たしてそれを受け入れるでしょうか」
「勿論、魔族側にも穏健派達に頑張ってもらう。現状でもヴァイルガリンを認めて無い層って、実は結構いるみたいだからな」
慈は、ルイニエナの出奔を労いと応援で送り出した廃都の駐留征伐隊の事を思い浮かべながらそう指摘したのだが、テューマ達は自分達の良く知る、近しい魔族を指しているものと捉えた。
「確かに。タルモナーハ様は現魔王の治世に懐疑的ではありますね」
「え、タルモナ? って誰?」
「え?」
慈とテューマは、互いにキョトンとした顔で見詰め合う。すると、スヴェンがテューマに耳打ちしてフォローする。
「お嬢、勇者殿はベセスホードの族長とは面識はないですよ」
「え、でもでもっ、今魔族の穏健派って……」
少し慌てた様子でそんな訴えを返しているテューマ。先程まで感じさせていたリーダーの貫禄は何だったのかという有り様だが、これが彼女の素なのだろう。
慈がほっこりした気分で眺めていると、我に返ったテューマは「こほん」と咳払いをして繕った。
「失礼しました。お話の続きを致しましょう」
「わはは」
「っ!?」
思わず笑ってしまう慈に、『今笑われた!』と絶句するテューマ。隣で溜め息を吐くスヴェンが、額に手をやりながら呟く。
「お嬢、今のは仕方ない」
「オレも笑っちまうわ」
と、ローブの爺さんにもツッコミを入れられている。
「もーっ、なによ折角ビシッと格好良く決めてたのに!」
テューマが繕うのを止めると、途端に司令部全体の空気が緩む。どうやらテューマの素と同じく、この和気あいあい加減が解放軍の本来の雰囲気のようだ。
「テューマよ。ここのリーダーをやってるけど、ほとんど名目上のお飾りね」
改めて自分の事をそう紹介したテューマは、独立解放軍の実質的な創始者となるベセスホードの現統治者魔族、『族長』タルモナーハについて説明する。
タルモナーハは魔族国ヒルキエラの首都ソーマ内に『地区』を持つリドノヒ家の三男で、かつてはラダナサやスヴェン達の属する穏健派組織にいたらしい。
「そのリドノヒ家ってのは、穏健派魔族なのか?」
慈の問いには、スヴェンが答えた。
「いや、どちらかというと現魔王寄りの一族だな。タルモナは実家とそりが合わなかったらしくて、その反発心から我々とつるんでいた感じだ」
五十年前の戦争初期の混乱の中、ラダナサやスヴェン達が属していた穏健派組織は、実際は組織と呼べるほどの確固たる集団を形成していた訳では無かった。
人間の街で暮らす穏健派魔族仲間のような緩い集まりだったのだ。その為、組織としての連携などは取れておらず、皆バラバラに動いていたらしい。
しかしそのお陰で、穏健派組織のメンバーである事がバレずに粛清をやり過ごせた者もいた。
「タルモナは、侵攻のあった日は偶々ソーマの実家に呼び戻されていたらしくてな。まあ、恐らくリドノヒ家が身内を護るために手を回したのだろうと、本人も言っていたが」
当時、ルーシェント国の首都シェルニアに居たスヴェンは、早々に拘束されて複数の呪印を刻まれた為、戦争が終結して恩赦で解放されるまで、意識が混濁した状態にあった。
戦後、どういう経緯かは分からないが、組織の幹部仲間であったタルモナーハが辺境の街で統治者をやっていると聞いたスヴェンが、様子を見にベセスホードを訪れたのが凡そ四十年前。
タルモナーハは元穏健派魔族である事を隠して街の運営をしつつ、入植して来る魔族の中で味方に引き入れられそうな者を見定めては声を掛けていたという。
スヴェンは、タルモナーハから親友だったラダナサの忘れ形見であるテューマをレジスタンス組織の指導者に添え、裏から支援していると聞かされた。
テューマがヴァイルガリンを遥かに凌ぐ強大な魔力の持ち主で、前魔王が次期魔王候補として王宮に招く準備をしていたという情報を、別の穏健派組織の構成員から入手したのが切っ掛け。
実際に本人に会って調べてみたところ、確かにとんでもない潜在魔力を秘めている事が分かり、タルモナーハは彼女を、ヴァイルガリン打倒の切り札に仕立て上げようと考えたらしい。
計画を聞いたスヴェンは、仲間の仇討ちと親友の娘を護り支えるべく、協力を申し出た。
「何だ、そこまで話が出来てたのか」
慈は、先程テューマに次の魔王になって欲しいと提案した時の、ここの面々の反応を思い出す。興味深そうにしていたのはテューマの事情を詳しく知っていた者か。
(魔族関係者かな?)
年配のおじさん達は軒並み意味が分からないという反応だったので、独立解放軍設立の裏にある真の計画部分までは知らされていなかったのかもしれない。
魔族の幹部と人間の幹部で、組織に対する認識にも差がありそうだが――
「この場で俺にその話をしたという事は、解放軍の裏事情とか公にするのか?」
「そうなる。実は近々声明を出す予定だったんだ。テューマこそ真の魔王の後継者だ、ってな。聖都跡に宝具の捜索を出したのも、その一環だ」
武装勢力として十分に組織力も育ってきたので、担ぎ易そうな御輿である事をアピールして各地に散り潜む穏健派魔族や、ヒルキエラ国内の反ヴァイルガリン派を焚きつける。
独立解放軍は、ヴァイルガリンに叛意を燻らせている魔族達を集結させる受け皿であり、旗振り役も担っているのだ。
「ふーむ。ちなみに、人国連合とは共闘するのか?」
「いや、向こうは魔族とは相容れない矜持で動いてるから……出来るなら連携したかったのだが」
スヴェンはそう言って、苦笑しながら頭を振った。
「まあそうなるか」
タルモナーハの計画は謂わば、反ヴァイルガリン派魔族による革命を装ったクーデター計画であり、人類をその隠れ蓑と尖兵に使っているようなもの。
魔族を排すべき敵と見做し、不退転の決意をもって闘争に身をやつしている人国連合側には、共存共栄に向けた活動など到底受け入れられないだろう。
「まあ何にせよ、勇者殿が来てくれたお陰で計画は概ね予定通り進められそうだ」
独立解放軍がヴァイルガリンを簒奪者と糾弾し、テューマこそ真の魔王の後継者であると声明を出した後は、聖都跡から回収した宝珠シリーズを手にテューマが前線に立つ予定だったという。
人類最後の砦だったオーヴィス国において、魔族軍の攻勢に最後まで抗った人間の英雄達。彼等が身に着けていた人の英知の結晶とも言える宝珠の武具。
人間と魔族のハーフであるテューマが、英雄達の宝具を掲げて戦う事で、人間と魔族の双方にアピールする。
そうして各地にまだ潜伏しているであろう地下勢力を引き込み、ヒルキエラ侵攻に向けて戦力の増強を図る計画。
「ふむ。宝珠シリーズの代わりに、人類の救世主たる勇者が一緒に戦って見せる事で、同じ効果を期待できるってわけか」
タルモナーハ氏の計画と狙いは理解したものの、「そんな上手く行くか?」と少々懐疑的な反応を示す慈に、スヴェンは三十年以上掛けて準備を進めてきたので大丈夫だと豪語した。
「ここ十数年の間に、事が起きれば我々に呼応するという同志が首都ソーマ内にも増えている」
特に、力ある穏健派魔族の族長達が『謎の奇病』という、あからさまな粛清に遭い始めた頃から、外の穏健派組織に接触を試みる隠れ穏健派が増加傾向にあるという。
スヴェン達は、ヴァイルガリンの求心力が落ちているものと考えているらしい。
「実は『睡魔の刻』に入ってるとかは?」
「ヴァイルガリンの『睡魔の刻』周期は把握済みだ。残念ながら後五年は眠りの期間に入らないな」
全ての魔族が背負う種族特性。凡そ十年周期で訪れる『睡魔の刻』。一般的な魔族で半年から一年ほど仮死状態の眠りにつくが、強い力を持つ魔族だと五年近く眠る場合もある。
ヴァイルガリンやその周りの強力な魔族が『睡魔の刻』に入っている間に攻める案も当然あった。
が、魔族国は永い期間、この特性によって闘争を続けて来た歴史を持つだけに、対策もしっかりされている。
そしてこの特性はスヴェンやテューマ達も背負っているので、タイミングが合わないといつまでたっても準備が整わず、足並みが揃わない事態になる。
「眠りに入る時期には多少の調整も効くから、仲間が全員で動ける期間を設定して少しずつズラしていくんだ。それで、タルモナの支援も入れて我々は今後三年間、全力で動ける」
「なるほど? それで行動に移そうとしてるところに俺が来たと」
慈は、中々運命を感じさせるタイミングだなぁ等と思いながら、隣で黙って話を聞いていたルイニエナに目配せで訊ねてみる。
「私も四年は大丈夫だ」
目配せの意味を読み取ったルイニエナは、肩を竦めつつそう答えた。
テューマの協力を取り付けに来たつもりが、テューマ達に協力する事になったようだ。
「まあ、やる事は変わらんか」
慈は、幾つか気になる事柄を頭の中で整理すると、とりあえず独立解放軍の真の設立者である黒幕、ベセスホードの統治者魔族タルモナーハ氏との面会を希望するのだった。
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