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きかんの章
第百三十八話:ジッテ家の屋敷にて
しおりを挟む首都ソーマに突入を果たした勇者部隊は、西門の援護に向かう事を告げて大正門前でカリブ隊と分かれると、適当なところで進路を変えてジッテ家の『地区』を目指した。
タルモナーハ族長達に諜報系の呪印を施されていると思しきカリブ達に間違った情報を与え、呪印を通じて情報を得ている相手を出し抜く。
「この『地区』を迂回すれば、あとは家まで真っ直ぐだ」
「ここは相変わらず混沌としてるのな」
五十年前のソーマも『地区』毎に特色があった。全体的に灰色の都というイメージだった景色が、今は随分と色賑やかな風景になっている。
ルイニエナが屋敷の者達から聞いた話によると、戦後『地区』持ちになった一族が増えたのだが、どうやらその新興一族の影響で首都の『地区』に彩りが増したらしい。
彼等は遠征先の人間国領で見た色彩も鮮やかな街の景観に感化されて、自分の『地区』で建物の屋根を赤や緑に塗ったりして外観を飾るようになった。
混沌とした灰色の都に表れた豊かな彩りの『地区』に刺激され、他の『地区』も真似し始めた結果、現在のようなカラフルな都になったようだ。
色が付いた事で混沌がより深まった感もあるが。
そんなソーマの都の街並み事情など聞きながら『地区』間の道を駆け抜けた慈達勇者部隊は、ソーマ城が聳える丘の麓。ジッテ家の『地区』の中心に立つ屋敷に辿り着いた。
「ちょっとボロくなった?」
「……修繕が間に合わなくてな」
慈は、しばらくぶりに見たジッテ家の屋敷に随分くたびれた印象を覚えてそう訊ねると、今までの環境下では屋敷の維持もままならなかったのだとルイニエナが答える。
人を雇うにも派閥の影響が絡むので、建築関係の魔術職人も昔から付き合いのある穏健派の者を呼ぶ事になるのだが、ヴァイルガリン派に睨まれるのを恐れてか彼等の足は鈍い。
カラセオスが奇病に倒れてからは、特にそれが顕著になったという。
「まあ、穏健派の大半は首都の外に逃げてたみたいだからなぁ」
ヴァイルガリン派が占めるソーマ内で自分の『地区』を守り続ける事ができる、カラセオスのような力ある大物魔族はそう多くない。
粛清こそ免れたがソーマを追われた穏健派一族は、奪われた自分達の『地区』を取り戻すべく、決起軍の一勢力として今回の戦いに参加し、現在西門を攻撃中である。
穏健派魔族組織の軍部隊も徒党を組めば、武力自体はラギ達武闘派魔族組織に見劣りしない実力を持っているので、西門の守備隊が半分も崩れれば危なげなく攻略してくれるだろう。
慈は西門方面に向かって適当に援護の光壁型勇者の刃を放っておいた。
「それじゃあ、ルイニエナの実家にお邪魔する前に一発」
ジッテ家の屋敷に入る前に、建物全体を包むほどの光壁型を放って安全を確保。シェルニアの孤児院施設でも使った、特定の対象を無気力状態にして自主的に動けなくする勇者の刃だ。
「アレか。……裏切り者は、まだ居座っているのだろうか」
慈に聞いた過去の時代の話と合わせて、ジッテ家の使用人の中にヴァイルガリン派が潜んでいた事が分かっている。
明確に誰とまでは特定されていないが、厨房に出入りする者らしいとの話だった。
「行こう。このまま玄関の正面に乗り付けて構わない」
ルイニエナは、自身が子供の頃から良く知る使用人が無気力に倒れている姿を見るのは嫌だなぁと思いつつ、当主代理の魔力認証で正門を開いて慈達を屋敷の庭園に招き入れた。
(自動ドアになってたのか……)
「お嬢様っ」
「こ、これは……」
突然屋敷の中が光ったり、敷地内に大型地竜が乗り込んで来た事に、ジッテ家の使用人や警備担当の従者達が慌てて飛び出して来たが、ルイニエナの姿を認めて困惑している。
「先触れも無く済まなかったな。父上の容体に変わりは無いか?」
「は、はい、今もお変わりなく……ええと、そちらの方々は」
「ああ、彼は勇者シゲル。彼女らは独立解放軍の指導者テューマと側近のレミ。この大型地竜はヴァラヌス二世だ」
「ど、独立解放軍の指導者ですと! それに勇者とは――」
ヴァラヌス二世の荷台から降りながら慈とテューマ達を紹介したルイニエナに、初老の家令が目を瞠って驚く。
現魔王ヴァイルガリンを簒奪者と断じ、正統なる魔王の後継者を名乗って兵を挙げた。
今まさに首都ソーマに攻め寄せている反乱軍勢力のトップと、魔族の上位一族の間でも噂になっている、人族が禁呪で召喚したと謂われる伝説の勇者なる存在。
うちのお嬢様は一体何をなさっておられるのかと、家令を筆頭に使用人一同が遠い目になったりしているなか、ルイニエナは慈とテューマを伴って屋敷の玄関を潜った。
レミはヴァラヌス二世の世話をしながら玄関前の庭園で留守番だ。
「さて、すぐにでも父上の治療に掛かりたいところだが――バナード、先ほど屋敷が光に包まれたと思う。あれで体調を崩した者はいないか?」
「はっ、厨房で料理人の補佐が倒れたとの報告が挙がっておりますが……」
ルイニエナが訊ねると、初老の家令が答える。
屋敷の中が謎の光に包まれた時、厨房で作業をしていた料理人の手伝いの一人が急に座り込んで動かなくなったという。
「そうか。よし、その者は拘束して見張っておけ。シゲル、テューマ、父上は二階だ。急ごう」
屋敷の者達に指示を出したルイニエナは、少し早足になりながら父カラセオスが臥せる二階の奥部屋へと慈達を案内した。
奥部屋の前には警備の者が扉の両側に立っており、彼等はルイニエナを見て驚きの表情を浮かべた。
「え、お嬢様!?」
「ご苦労。ここは良いから、下の応援に向かってくれ。尋問の準備も頼む」
警備の二人を労い、厨房に拘束している裏切り者を地下牢に運んでおくよう言い付ける。後で色々自白させる予定だ。
部屋に入ると、中央に厚い天幕付きのベッドがあり、そこにミイラのような干からびた姿をしたカラセオスが横たわっていた。
一見すると遺体にしか見えないが、全身から発せられている魔力が当人の生存を主張している。
カラセオスの世話係を任されている熟年の使用人女性が、ルイニエナ達を見て弾かれたように椅子から立ち上がった。
「お嬢様! よくぞ御無事で……いつお戻りに?」
「ついさっきだ。今から父上の治療を試みる……マリーサも手伝ってくれ」
胸の前で手を組んでウルウルしているマリーサに、ルイニエナは少し逡巡してから治療の手伝いを申し付けた。
「旦那様の治療法が見つかったのですか!?」
「それはこれからだ。シゲル、頼む」
「りょ」
慈が五十年前の世界でジッテ家を訪れた時、ルイニエナは聖都で勇者の協力者として保護されており、当時は少し控えめな大人しい雰囲気の令嬢という印象だった。
この時代のルイニエナはジッテ家の当主代理として、すっかり女主人の貫禄を身に付けていると感じた。
(中身はあんま変わってないなとか思ってたけど、こういうところで成長してるんだな)
そんな事を思いつつ、慈は微弱な勇者の刃を発現させると、予め決めておいた条件を乗せて放ち反応を見る。
まずは『奇病』の性質を見定め、その正体を特定するところから始めた。
「魔法には反応があるけど、病原体の類には反応が無いな」
「あらゆる病気の元になるという微細な物体の事か」
身体を害する細菌や微生物という条件にあまり反応が無かった事から、この『奇病』はやはり『病』ではないと結論付ける。
「あと、毒にも反応があるな」
「毒か……」
奇病に関してはこれまでも、毒の類が最も原因である可能性が高いという推測はされていたが、実際に毒は検知されず、解毒系の術や治療はいずれも効果が無かった。
「反応が強い魔法は――これは、魔法が掛かってるというより呪いが掛かってるっぽいな」
「呪い……呪術か。呪印が施されている筈はないから、それに毒という事は――」
勇者の刃による総当たり診察で、カラセオスを蝕む『奇病』の正体が暴かれる。
「なるほど、呪毒というやつだな」
体内に少しずつ蓄積させるタイプの、呪いが掛かった毒。
毒の中に融け込ませた呪いには、各種呪印のような効果を仕込む事が出来る。呪いの効果によって、毒が毒として検知されない。
呪毒に仕込まれた効果の一つに、解毒系の術は中和し、治療を阻害するような働きがあるようだ。呪印が不定形で毒そのものという、かなり高度な術である事が分かった。
「ここまで高度な呪術式となると、扱える者も限られるな」
通常、こういった術を解呪するには術を施した本人が解除するか、術者以上の力を以て強引に術式を破壊する力技くらいしか方法がない。
しかし、術式の破壊は患者に掛かる負担も大きく危険な為、主に要人の解呪を試みる場合は解析した術式を手掛かりに術者を特定し、探し出して解除させる方法が取られる。
当然ながら、術者の特定から身柄の確保、解呪に至るまでの成功率は低い。実に厄介な呪毒だが、ピンポイントでこの世から消去できる慈には大した障害にはならなかった。
「それじゃあ始めるか」
「うむ」
慈はカラセオスに手を翳すと、勇者の刃で包み込んだ。
ルイニエナは熟年使用人のマリーサに大量のお湯を用意するよう促し、慈の隣に並んで治癒術の行使体勢に入る。
そしてテューマはルイニエナの背後に陣取った。
慈が勇者の刃で『奇病』の原因である『呪毒』をカラセオスの体内から除去するのに合わせて、ルイニエナが治癒術で身体の損傷個所を癒していく。
全身を蝕んでいる呪毒を一度に消去すると、呪毒の浸透した肉体にもかなりの負担が掛かる為、治癒術と並行して慎重に取り除く。
慈は集中するだけで良いが、ルイニエナは全身に長時間の深い治癒術を施すのに相当な魔力を使う事になるので、魔力お化けのテューマが自身の魔力を譲渡してサポートするのだ。
治療開始からしばらくして、カラセオスの身体に変化が見られた。土気色をした干からびた肌が、正常な状態に戻り始めたのだ。
お湯を運んで来たマリーサや、扉の隙間から様子を窺っている屋敷中の使用人達と、警備の者達までもが固唾を呑んで見守る中、カラセオスの呪毒は着実に浄化されていった。
慈達がジッテ家の屋敷でカラセオスを治療していた頃。
首都ソーマ内にあるリドノヒ家の『地区』から出撃した私兵団が、西の主要門で穏健派魔族組織の決起軍部隊と合流していた。
リドノヒ家の私兵団は、カリブ達に施した呪印から得た情報に基づき、勇者部隊と合流する計画で西門までやって来たのだが、肝心の勇者部隊が見当たらない。
「もしや、既に城へ向かったのか!?」
「いや、ソーマ城には我々全軍で歩調を合わせて攻め入る予定だ」
初手から計画が崩れて焦る私兵団部隊。彼等の目論見を知らない穏健派魔族組織軍の指揮官は、首都で飛び入り参加した味方部隊にソーマ攻略の段取りを説明する。
「勇者殿達は単独で動く事になってはいるが、流石に先行して城攻めは無いと思うぞ」
「うむむ……。では、進軍の合図が出た暁には、我々も貴殿等に随行する事を許されたし」
「勿論だ。共に簒奪者ヴァイルガリンを討ち果たそうではないか!」
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