遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

文字の大きさ
141 / 148
きかんの章

第百四十話:解放と成長

しおりを挟む



 首都ソーマ攻略戦。陽が落ちるのと同時に始まった戦いは、独立解放軍と決起軍勢力が三方の主要門を早々に突破し、大正門前広場で合流を果たして城攻めの準備が進められていた。

 ソーマ城までの道程は、『地区』同士を隔てる大通りを行けば半分くらいまでは真っ直ぐ進める。
 が、途中に必ず通り抜けなければならないヴァイルガリン派の『地区』があるので、市街戦に向けた部隊編成が必要だった。

 『地区』の中心に向かうほど、建物は高く大きく頑強になっていくので、全てを薙ぎ倒しながら進むようなごり押しは通用しない。
 待ち伏せや遭遇戦に備えて、優秀な斥候部隊を中心に遊撃部隊を組み上げていく。

「予定通り、斥候と遊撃は俺達の軍から編成する。そっちは本隊の護りを任せたい」
「良いでしょう。後方の陣地は独立解放軍とレジスタンス部隊にお願いします」

 武闘派魔族組織軍のラギ族長と、穏健派魔族組織軍の指揮官達は、シェルニアを出発する前に立てておいた作戦に基づいて部隊を展開していく。

「合図を出した後は、俺達だけで進んで良いんだな?」
「そうなりますな。ただ、勇者殿がどのタイミングで城攻めに参加するのか、解放軍の指揮官達も分からないとの事ですが」

「まあ、あの勇者ならいつ参戦しても問題無いだろう……で、そいつらは?」

 西門を攻めていた穏健派魔族組織軍は、勇者の光の壁による援護を受けて西門を制圧した後、飛び入り参加した武装集団を拾ってきた。
 『リドノヒ家の私兵団』を名乗る少数部隊は、勇者部隊と合流するつもりだったらしいという。

「なんだ? リドノヒ家は首都の本家もこっち側に付いたのか?」
「自分達は元々タルモナーハ様の指示で動いておりました」

 ラギ族長の問い掛けに、リドノヒ家の私兵団長はそう答えると、独立解放軍の一部隊――カリブ達に視線を向けた。
 目が合ったカリブは、「あ、どうも」とおじぎを返す。

 私兵団長はそれに頷いて応えながら、補佐役として私兵団に同行している『呪印衆』の術士に小声で訊ねる。

『どうだ?』
『……不具合は見られぬ』

 カリブ達に施した情報収拾用の呪印『反響』と、偽装用の各種呪印も問題無く稼働している。
 それらを確認した呪印衆の術士は、勇者部隊と合流する作戦が崩れたのは、『反響』の情報に漏れがあったのではなく、勇者部隊の動きに原因があると断定した。

『西門の制圧を援護して直ぐ、移動したのかもしれぬ』
『この敵だらけの入り組んだ首都内を単独でか? 一体どこへ……?』

 私兵団長と呪印衆の術士は訝しみながらも、このまま決起軍に付いて行動し、どこかで遭遇した時にでも合流するしかないと、作戦の微修正に入った。

 ちなみに、カリブ達は勇者部隊の行き先に心当たりがあったりするのだが、リドノヒ家の私兵団は彼等の事を『情報収集用の傀儡』くらいにしか考えていない。
 故に、意見を求められる事も無かったのだった。



 大正門前広場で決起軍勢力と独立解放軍が進軍準備を整えていた頃。勇者部隊は首都の中心部に広がる『地区』間を地竜ヴァラヌス二世で疾走していた。

 ヴァラヌス二世の荷台には、御者を務めるレミの隣に、味方の一族リストを睨みながら道案内をするルイニエナが並んで座り、慈は微弱な勇者の刃レーダーを放って付近一帯を索敵。
 宝珠の魔槍を担いだテューマは、目視にて周囲の様子を見張っている。

「次はそこを左に下りた先の屋敷に」
「この『地区』の族長は――支援系魔術使いの女の人?」

「そうだ、よく知っているな。……例の戦い過去の時代絡みで?」
「まあね。穏健派の主な族長さん達とは大体顔を合わせてると思うよ」

 過去の時代で共闘した穏健派魔族の族長達。この『地区』を治めているのは魔力の解析が得意な妙齢の女族長だ。

 召還術の再起動か、あるいは次元門の開発を進めてもらうにあたって、是非とも協力を頼みたい人材である。

 と、その時、路地の前方に十数人規模の魔族軍部隊が現れると、道を塞ぐように隊列を組んで陣取った。

「そこの地竜っ 止まれ!」

 この厳戒令の中、首都内で地竜を乗り回している輩がいるとの通報を受けて出動して来た彼等は、少し前に壁内勤務の兵士から発せられた『天然防壁を破った侵入者』である可能性に警戒しつつ誰何する。

「貴様ら反乱軍の――」

 勇者の光壁一閃。最後まで言わせず止まりもせず、急いでいるので細かい選り分けもせず敵対行動者は即昏倒させて押し通る。

 ヴァラヌス二世の足元が煩わしくなるので全消ししてもよかったが、丈夫な魔族なら少々踏まれても大丈夫だろうと、慈は瞬間無気力化で倒した魔族軍部隊をそのまま放置した。

 速度を落とさず駆け抜けるヴァラヌス二世に、何人か踏まれたり道の端まで蹴っ飛ばされたりして呻いている。

「あれは、死んでいないのか?」

 脳と心臓を消して殲滅するタイプではなく、生きる気力を失くすが非殺傷の勇者の刃を使った慈に、ルイニエナは違和感を覚えて訝しむ。

「この方が少しは楽なんだ」
「楽? とは?」

「なるべく生かしておいた方が、精神面の負荷を抑えられるみたいでな」
「お前……もしかして例の『反動』が出ているのか?」

 ルイニエナは、慈と共に廃都サイエスガウルから旅立ち、森で独立解放軍の斥候部隊カリブ達と遭遇するまでの間に、別の世界線となった過去の時代の話を幾度となく耳にしている。
 その中に、慈が抱える『心の負荷』についても聞いていた。

「反動はもうずっと出てるよ」

 特定の感情を消す勇者の刃の使い方を覚えてからは、自分の心の負荷もそれで対処していたと明かす慈。

 ルイニエナは、慈とは出会い方からして普通ではなかった故か、通常時の慈がどんな性格なのかをよく知らない。
 その為、慈の言動に異常が出ていても気付けなかった。

「大丈夫なのか?」
「今のところ上手く回せてるから問題無いよ」

 パルマムを攻略した辺りで一度限界が来ていたが、レーゼム将軍の石像を破壊して鬱憤を晴らした効果で少し持ち直した。
 その後はしばらく味方の選定活動など、慈にとっては休息期間のような時間が続いたので、負荷も大分軽減されていた。

「パルマムの門前を墓場にしようとしたり、雑に仕掛けていたのは反動が原因だったのか……」

 シェルニアを攻略してからは、特定の感情を消す実験を経て、付け焼き刃の悟りの境地の反動を最小限まで抑える術を身に付けたのだ。
 今も胸の奥底から湧き上がる嫌悪感や不安の感情を、一定水準以上にならないよう削りながら活動している状態であった。

「一度休息を、という訳にもいかないか」
「この状況じゃあな。もうここまで来たら最後までゴリ押すしかないよ」

 敵の本拠地に乗り込んでいる現状、のんびり回復など図っていられる時間的余裕は無い。
 慈は、朝までに味方となる穏健派一族を『奇病』から解放して回り、仕上げにヴァイルガリンを討ってこの戦いを終わらせるつもりでいる事を告げた。

「ヴァイルガリンをしたら、後は穏健派の魔術が得意な族長さん達に召還魔法の再起動を試して貰って、駄目なら次元門の再現を頼む事になるから、一応ヴァイルガリン当人に『遍在次元接続陣』の研究をやってたかは聞いておきたいな。資料もあれば確保する方向で」

 無力化というか、無気力化勇者の刃の多用はその布石でもある。
 シェルニアの孤児院施設で無頼漢相手に実験して確立した、自白効果も望める超遅延光壁型勇者の刃をヴァイルガリンにもぶつけるのだ。

「そうか……お前の中ではもう、帰還までの筋道が出来ているのだな」
「割と大雑把にだけどな」

 召還の途中でこの時間軸に零れ落ちた時から、元の世界に還る方法として考えうる最良の手段が、穏健派魔族に頼る以外に思い付かなかった。
 そういって肩を竦めて見せる慈に、ルイニエナは居た堪れない気持ちになる。

 ルイニエナが知る慈の人物像は、極めて強力な能力を与えられていながらも、その力に振り回されている様子もなく、何事にも動じず、勤勉に粛々と検証を重ねて進化していく。
 世界と時間をも渡った特別な存在。そんな、人類の救世主としての姿しか見えていなかった。

 が、彼がその超然とした佇まいの裏で、どれほどの不安や苦悩に苛まれていたかという事実に、今更ながら気付いてしまったのだ。

「一言相談してくれればと言いたいところだが、弱音を吐ける環境でも無かったか。ならばせめて、これくらいは――」

 慈が過去の時代で反動にさいなまれた時、それをどうやって鎮めていたのかも聞いているルイニエナは、隣からそっと慈を抱きしめた。

「お?」

 二人のやり取りを聞いていたテューマは、『勇者シゲル』が自分達よりもずっと年下の男の子であった事を思い出すと、感謝と労いの気持ちで罪悪感を隠し、背中から抱き着いて慰めに掛かる。

「ここはお姉さんが一肌脱がなくちゃね?」
「おお?」

 そしてテューマと同じく、今まで流されるように慈に頼り切りだった事を自覚したレミは、自分からも慈に返せるものがある事に思い至ると、御者をしながら慈の腕に身体を寄せた。

「わ、私もお姉さんなので」
「おおう」

 突然三人の美魔女?(六十代)から抱擁のおしくらまんじゅうを受けた慈は、擦り減っていた心の余裕が思いのほか凄い勢いで回復していくのを実感する。
 特に、レミに関しては何処がとは言わないが、成長著しいという感想が浮かぶ。

「人肌の抱擁って、割と効果あったんだな」

 時間の経過と共に危険が増していく筈の、厳戒態勢下にある首都ソーマ。
 味方となる穏健派一族の『地区』を巡って『奇病呪毒』に侵された族長達を次々と解放治療して回る慈達勇者部隊は、地竜の荷台でイチャコラしながらソーマの中心部を駆け抜けたのだった。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~

みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった! 無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。 追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...