異界の魔術士

ヘロー天気

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2巻

2-1

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   序章


 朔耶さくやはこぢんまりとした隠し部屋からほとんど真っ暗に近い会議室に出て、隠し部屋の扉を閉じた。そして精霊に頼んで鍵を掛けてもらう。
 扉に付けられた五つの鍵がガガガガガッと音を鳴らしながら同時に掛かる様子は、傍から見るとまるでポルターガイスト現象のようだ。
 すっかり使い慣れた精霊術の意識の糸を放射状に伸ばし、近くに人がいないかを確かめる。

「よし、誰もいない」

 静かにそう呟いた朔耶は、湯浴み場を探すべく無人の会議室を後にした。
 朔耶が出て行った後、一度起き上がってランプの灯を落としたバルティアは、再びシーツにくるまってベッドに横たわる。

(鍵が一斉に掛かるさまはなかなか壮観だったな)

 いつもは冷たいはずのベッドの中、ほんのり温かい朔耶の残り香に包まれながら、バルティアは久しぶりに心安らぐ眠りにつくのだった。


(ほんと、なんなのかしらね……)

 ふっと溜め息一つ。朔耶は、先程隠し部屋にてシーツの奪い合いを繰り広げた銀髪の優男、第十四代グラントゥルモス帝国皇帝の事を考える。
 自分の城にいながら常に命を狙われているという若き皇帝バルティアは、朔耶が当初思い描いていたような『独裁者』ではなく、何とも掴みどころの無い『変な奴』だった。精霊によって突然この世界に召喚されて以来、色々な人と出会ってきたが、あのタイプは初めてだ。
 朔耶はバルティアに渡された許可書を赤いジャケットコートのポケットの中でもてあそぶ。
 帝都城内の施設を自由に使って良いという皇帝の許可書。いきなり「余の妻になれ」などと言われた時はさすがに驚いたが、コレで身の安全が図れるなら、返事を『保留』くらいにはしておいても良い。
 そうすれば、とりあえず『フレグンス王国からさらわれて来た捕虜』という立場からは解放され、追われる事もなくなる。ついでに謁見の間でやらかした大立ち回りもチャラになれば嬉しいな~と期待しつつ、大勢の人の気配がする下の階へと続く階段を踏み出した。
 隠し部屋でひと眠りする前までうねるようにざわめいていた自分の中の精霊は、今のところ落ち着いている様子だ。

(後でまたレティに交感で連絡しよう)

 フレグンスの天然清楚な第一王女レティレスティアには、帝国ここからでも意識の糸を繋ぐ『交感』での会話が可能なので、今後の事なども話し合うつもりだ。

「そういえば、お腹も空いたなぁ」

 下腹部をさすさすしながら人の行き交う廊下に下り立った朔耶は、とりあえず食事が出来る所も探そうと歩き出した。



   第一章 帝都クラティシカ


 帝都城の下層階である一、二階は、城下街がそのまま収まったような造りになっているので、とにかく広い。
 朔耶が今いるこの帝都城二階には、士官クラスの者が寝泊まりする宿舎やその家族達が住む居住区などがあり、特に階の中央区画にはたくさんの部屋が並ぶ。似たような外観の続くそのさまはまるで迷路のようだ。
 一階には一般兵達の兵舎が、城を囲む防壁内の壁沿いにぐるりと並ぶ。そこには彼等の家族が暮らす居住区や、一般兵食堂などの施設もあり、一部の兵舎には乗用犬などの厩舎きゅうしゃも併設されていた。
 夜のとばりも下りたばかりの時間帯。下層階は一、二階ともにまだ人通りも多く、城で働く一般民や仕事帰りの買い物客などが大きな通りを行き交っている。
 山の上にある城だけに少々気温が低く、皆やや厚手の服を着ていた。その中でも朔耶の赤いジャケットは、ちょっと珍しい色とデザインのコートという事で済みそうだが、短いスカートやこの世界ではあまり見ないという黒髪はさすがに目立つ。
 帝都城一階の中央通り。少しまばらになり始めた人込みの中をキョロキョロしながら歩いていた――ぶっちゃけ迷子中の朔耶は、脇道と繋がる十字路でヴィヴィアンとばったり出くわした。

「あ」
「ちょっ……!」

『春売りのヴィヴィアン』こと帝国密偵部隊員のアネット。朔耶をフレグンス王国からここグラントゥルモス帝国までさらって来た実行犯の一人である。
 謁見の間で一騒動起こした朔耶の捜索に加わっていた彼女は、想定する逃走範囲を目指して近道の途中、大通りに出た。そして「こんな人通りの多い場所をうろついているワケ無いわよねー」と思った瞬間、捜索対象が目の前に現れたので、思わず「なんでココにいるのよっ」と突っ込んでいた。
 それに対し「攫われて来たからよ!」とツッコミ返す朔耶。

「ご、ごもっとも……」
「まあそれはともかく、いいところで会ったね」

 ちょうど良いので道案内を頼む事にした朔耶は、さっそくポケットから出した許可書をじゃじゃーんとアネットに見せるのだった。


「へぇ~、陛下に会ってたんだ?」
「なんかイメージ違っててビックリしたよ……いきなり妻になれとか言うしさぁ」
「あはは。あの後、謁見の間でも大変だったのよ~?」

 帝国密偵部隊の精鋭である事を示す部隊服をまとったうるわしきエリート隊員と、珍しい風貌の黒髪の少女が、おしゃべりをしながら帝都城の廊下を並び歩く。すれ違う一般民や謁見の間での騒動を知らない兵士達は、その一風変わった組み合わせに皆振り返っていた。
 そんな中、この時間の湯浴み場は混んでいるので食事でも済ませてからにした方が良いとアネットに勧められ、朔耶は彼女と連れ立って三階の士官食堂に向かっていた。
 ちなみに、帝都城の湯浴み場は地下に設けられた共同施設である。実のところ湯浴み場と言ってもサウナに近い。
 それらは一般民用と軍関係者用に分かれており、軍関係者用の中でも下っ端兵達は大浴場を十数人単位で利用し、士官クラスの者達は個室を使う。
 士官食堂までの道中、度々小隊を組んだ騎士団や魔術団と遭遇し、囲まれてはその都度許可書を見せて解散させるというやり取りが繰り返された。

「あーもう! もしかしてこの国の軍隊って情報伝達網とかちゃんと整ってないの?」
「いや~あははは、何しろ突然の事だったからねぇ~。しっかし……なんか手馴れてるというか、やたら貫禄あるわねぇサクヤちゃん――あ、后妃様って呼んだ方がいいかしら?」
「やめてよ、あたしあの人と結婚する気なんか無いんだから……」
「あら、どうして? 若くて聡明で、容姿端麗、グラントゥルモス帝国の頂点に立つ皇帝陛下よ? お買い得じゃない。ちょっと何考えてるか分かんないところもあるけど」

 そんなアネットの問い掛けに、朔耶は「確かに何考えてるのか分からないねー」とはぐらかした。
 そんな会話をしながら辿たどり着いた士官食堂は、多くの利用者で賑わっていた。中には家族連れの姿も見られ、一階にある雑然とした酒場っぽい一般兵食堂と違い、小奇麗で少しばかり上品なところが元いた世界のファミリーレストランを思わせる。そのため朔耶はこの食堂がとても気に入った。
 この日から士官食堂の一角では時折、トレイを並べておしゃべりをしながら食事する密偵部隊の女性隊員と異国の少女の姿が見られるようになるのだった。


 食後に湯浴み場まで案内したついでに自分も汗を流したアネットは、朔耶と別れ、密偵部隊の待機室までやって来た。朔耶は「適当な隠し部屋を見つけて休む」と言って人込みの中に消えたが、士官食堂の近くに潜伏するつもりである事は本人に確認している。

「アネット隊員、君に話がある」

 部屋に入るなり密偵部隊隊長ガルブレックの執務室に呼び出された。
 執務室に入ると、何故かエリスリング諜報官ちょうほうかんが疲れた様子でうつむいてソファーに座り込んでいる。ガルブレック隊長も似たような空気をまとっており、どうやら二人とも朔耶の事で皇帝の側近達にしこたま叱責――というか罵倒されたらしい。

「随分ご立腹だったみたいですもんねー」

 皇帝陛下を含め、側近や帝国騎士団、魔術団、そして自分達密偵部隊等、謁見の間にいた者全員が、朔耶の精霊術らしき規格外な電撃で気絶させられたのは、今日の昼過ぎの出来事である。

「術封じのかせを付けていなかった理由を散々説明させられたよ」
「私はとばっちりもいいところだぞ……」

 朔耶からは電撃を浴びるわ、側近からは罵声を浴びるわ、責任問題で減給まで検討されて疲れた、と愚痴ぐちる上司二人。
 それはご愁傷様しゅうしょうさまでしたと他人事なアネットだったが、「それはさておき」とここに呼ばれた要件について告げられる。

「実は陛下から我々に直接命令が下ってな」
「もしかして、サクヤちゃんの事ですか?」

 察しの良い部下に救われたような表情を見せるガルブレック隊長。任務の内容は『サクヤの観察と詳細な情報の入手』だ。趣味やこう、価値観。何でも良いので彼女の事を調べて報告せよとの事。

「君が適任だと思う」
「まあ、向こうも話しやすそうにしてましたし……」

 任務を受ける事に異論はないが、ガルブレック隊長やエリスリング諜報ちょうほう官からは何だか気が進まないような雰囲気を感じ、アネットは訳をたずねてみる。

「うむ……正直なところ、陛下があの娘――サクヤ殿を気に掛ける事については、少しな……」
「側近達との不和が心配だ」
「たまにはいいんじゃないですか? 今まで『無気力帝』なんて陰口を叩かれてた陛下があそこまで執着してるんですから」

 珍しくやる気見せてるんだから応援してあげましょーよー等とお気楽な事を言うアネットに対し、二人の上司は難しい顔のままうなっていた。


    * * *


 深夜。
 帝都城の深い所。闇と結界に隠された秘密の場所。
 深遠に潜む支配者が、集まった忠実なる臣下達に裁断を下す。

「……まっこと……ゆゆしき……ことよ……」
「申し訳ありませぬ。我々が付いていながら」
「……よい……したがえぬ……人形なぞ……やしなえぬわ……」

 カクカクと首を震わせてわらった深遠の支配者が、すっと手を払って指示を出すと、臣下達はかしこまって礼をする。そうして一人、また一人と、結界の外へと消えていった。


    * * *


 翌日、別の隠し部屋で夜を明かした朔耶が、朝食をとろうと士官食堂にやって来ると、アネットが席を確保して待っていた。

「おはよー、ヴィヴィアンさん」
「おはよ、サクヤちゃん。っていうか、あたしはいつまで『春売りのヴィヴィアン』なの?」
「あたしの気が済むまで」
「報復だったっ!?」

 ガーンとショックなど受けて見せる帝国諜報機関密偵部隊所属、精鋭隊員アネット・ヴィヤンド、二十八歳独身。そんな冗談めかした話をしながら二人は朝食をとる。

「それで、用件は? わざわざあたしが来るのを待ってたってことは何か用事があるんでしょう?」
さといわねー」

 アネットは朔耶の察しの良さに感心しながら、上からお達しのあった朔耶の処遇について告げた。
 ――皇帝陛下バルティアの命令により、朔耶には帝都城内に居住権が与えられ、各種施設の利用及び発明品の設置なども自由に行えるものとする。

「あんまり大掛かりなモノは事前に申告が必要だけどね」
「……それって、こっちの国のためになんか作れって意味よね?」
「うふふ、本当に聡いわね~」

 否定しないアネットに、「やっぱりかい」と面倒そうな顔で天井を仰ぎ、朔耶は溜め息を吐く。
 恐らくフレグンスに帰すつもりもないのだろう。何せ結婚相手に指名してきたのだ。

「自力で帰るのはさすがに無理だしなぁ……」
「生活とか待遇とか陛下に保障されてるんだから、開き直って帝都城生活を楽しんでみたら?」

 結構いい所よ~? と勧めつつ、アネットは任務を遂行すべく朔耶の動向を注意深く観察する。この異国の少女は、ちまっこい見た目に反して実にバイタリティに溢れ、大胆な行動力を持つ。目を離すと何をしでかすか分からない。
 その類稀たぐいまれなる力――精霊術によるものらしいが――が振るわれた謁見の間での騒動については、一応緘口令かんこうれいが敷かれているものの、人の口には戸が立てられないとの言葉通り、既に兵士達の間でも噂になり始めている。

「あの優男、上手いことだまくらかして帰れるように誘導しようかしら」
「今サラッとすごいこと言ったわね……」

 たらりと汗を一筋垂らしたアネットは、「こりゃ本当に何をしでかすか分からないわ」と呆れ半分感心少々。そして警戒以上に、何か面白い事をしてくれそうだという期待感を覚えるのだった。


「あ、そういえばさ、フエルトさん達ってどうなったの?」
「亡命して来たフレグンス貴族の事? あの人なら帝国貴族に迎え入れられたわよ?」

 そういう手はずになっていたと少しばかり事情を明かすアネット。もっとも、主君への忠義を重んじる帝国貴族や将兵達からは『祖国を裏切って帝国にやって来た者』と見られ、あまり歓迎はされてないようだと付け加える。

「んん? 確か帝国側からあの人に声かけて色々工作とか頼んだって竜籠りゅうかごの中で言ってたよね?」
「ん~、まあ、あんまり詳しくは話せないけど、協力してもらってたって感じさね」
「それって、自分達のためにフレグンスを裏切らせといて、いざ身内に迎えたら裏切り者だから軽蔑してるってこと? 自業自得かもしんないけど、ちょっと酷くない?」

 それで忠義が云々うんぬんとか笑わせるわーと肩をすくめて見せながら、スティック状の野菜をぽりぽりかじる朔耶。

「あはは……辛辣しんらつ。けどまあ、そんな感じかもね?」

 国家間の陰謀周りなんてそんなモノよ、とその世界の不条理さを語るアネット。そうしている間にも、彼女は朔耶の在り方が少しずつ掴めてきたような気がしていた。
 自分を陥れた相手に対し恨みつらみを漏らすでもなく、その者が冷遇されている事をあざけるでもなく、むしろ帝国のために働いた者を冷遇する帝国側に批難の矛先を向けている。

(ある意味、真っすぐなのかもね……)

 しかし、真っすぐ過ぎて何か裏があるんじゃないかと不必要にかんり、その本質を見誤ってもいけない。朔耶に関しては、見たまま在るがままの姿を、その言葉のままに受け止めるようにした方が良さそうだとアネットは判断する。


「あ、そうそう。サクヤちゃんには上層階に部屋が与えられるから、先にそっちを案内するわね」
「部屋かぁ、確かに住む所は必要よね」

 食事を終えた朔耶は、とりあえず城内の各種施設を案内してもらう。
 今日は士官食堂近くの隠し部屋で寝ていたので、起き出してから迷う事なく食堂に辿たどり着けた。しかしここはかなりの広さを誇る帝都城、その一部は迷路のようになっているということもあり、下手なところに入ると確実に迷子になってしまう。
 そんな事をつらつら考えながらアネットの後について上層階を歩いていた朔耶は、廊下の先にバルティアの姿を見つけた。
 側近と何やら話しながら歩いていたバルティアは、朔耶を見つけると話を中断して真っすぐ歩み寄って来た。アネットが皇帝に対する礼をとりながら一歩退く。
 朔耶は城での待遇について、「お礼を言うべきかな。いや、そもそもさらわれて来てるんだし……」と、内心で葛藤していた。
 すたすたと朔耶の真正面までやって来たバルティアは、朔耶の頬に右手でそっと触れ、そのままでるようにあごすくい上げると、ごく自然な動作で顔を近づけて来る。
 あまりにも予想外の行動にポカンと見上げていた朔耶は、とりあえず拳を握ると、ねじり込むように右のフックを叩き込んだ。

「へ、陛下ーーーー!」

 バルティアの後ろに控えていた側近が叫ぶ。
 一方おはようのキスをしようとして殴り倒された皇帝陛下は抗議の声を上げた。

「何故殴る」
「何しようとしてんのよ! あんたはっ」


 思わず距離を取りつつ顔を赤らめながら怒る朔耶。頬を擦りながら起き上がったバルティアは、いぶかしげに小首を傾げながら言う。

接吻せっぷんだ。知らないのか?」
「知っとるわ!」

 うがーっと吠えている朔耶の額にペタリと手を置いてなだめながら、バルティアは先程からぜんとしている側近に声をかけた。

「とりあえず、その件はそのままで良い」
「は、あ、いえ、かしこまりました。では、そのように」

 急に仕事の話を振られた側近は慌ててそう答えると、朔耶がバルティアの手を自分の顔面からぺいっと引き剥がす様子を困惑の表情で見ながら去って行った。

「さて、余は執務室に行くか」

 それではな、と背を向けて自分の仕事場へと向かうバルティアに、朔耶は何だか翻弄されているような気分になった。

「あんにゃろーっ、ワケわからん!」
「いや~、なんかすごいもの見ちゃったわ」

 朔耶と皇帝のなかなか過激なスキンシップを目の当たりにしたアネットが、苦笑混じりに呟いた。


 帝都城の上層階、皇帝の執務室や側近の部屋がある六階の一角。
 朔耶はアネットに案内されて、廊下の奥の方にあるやたら豪華な扉の前までやって来た。
 ちなみに、一つ下の階には例の騒ぎを起こした謁見の間がある。

「ここがサクヤちゃんの部屋よ」
「部屋ってか最早ホールよね」

 自転車が二、三台走り回れそうなくらいだだっ広い空間。
 継ぎ目のない落ち着いた装飾模様の絨毯じゅうたんが敷き詰められ、上品なデザインの椅子とテーブルが並び、その向こうには豪華な天蓋てんがい付きのベッドが見える。いかにもお姫様の部屋という雰囲気だった。

「もっと普通の小さい部屋とかないの?」
「あら、普通の年頃の娘ならこんな部屋に住めるなんて飛び上がって喜びそうなのに」
「えーえーどうせあたしはフツーじゃありませんよー」

 唇をとがらせてそんな事を言いながら朔耶は部屋の真ん中までテクテクと進み、ぐるりと壁、床、天井を見やってから扉の前まで戻る。

「どうしたの?」
「ううん、なんでも。次の場所に案内お願い」

 次は工房を見てみたいと言う朔耶に、アネットは小首を傾げつつも案内を続けるのだった。


 帝都城の工房は二種類あり、主にランプや装飾品、その他日用品などの小物を作る工房は城内に、大型の兵器類や馬車など、大きな物を手掛ける工房は、外庭に面した二重防壁の内側に並んでいる。
 家具類も大型の物は外の工房で作るが、化粧けしょう箪笥だんすや椅子、テーブルなどは城内の工房が使われる。朔耶はそういった城内工房群の中でも、とりわけ高価な物を手掛ける工房にやって来た。
 アネットに「こちらがサクヤ式考案者のお嬢さんよ」と紹介された朔耶は、帝都城の工房群を取り仕切る工房主でもある壮年の職人さんに挨拶する。

「ほう、サクヤ式考案者の娘か」
「初めましてー」
「で、サクヤ式の考案者はどこに?」
「え?」

 ここっ、と自分を指さす朔耶。

「いやいや、お嬢さんがサクヤ式考案者の娘だってのは分かったよ。俺が言ってるのはサクヤ式考案者本人の事さ。あんたの親父さんか、お袋さんが来てるんだろ?」 
「いや、だから、あたしがそのサクヤ式考案者の朔耶で、娘って確かに娘だけどあはははははっ」

 ギャグのような認識のすれ違いがツボにハマってしまい、腹を抱えて笑い出す朔耶。それを見たアネットが「こちらはサクヤ式考案者であるお嬢さんよー」と言い直す。
 常に新しい情報に触れられる上層階の人達と違い、一般民の工房主や下層階で働く人々にはサクヤ式考案者についてあまり詳しくは伝わっていなかったらしい。

「まさかこんな小娘だったとは……あ、いや失礼した」
「いえいえ、小娘ですもの」

 ほほほーと余裕とも達観とも取れる態度で流す朔耶に、壮年の職人さんは「何か作ってほしい物があればいつでも来て良い」と笑いかけた。

「じゃあ次、行ってみよう」
「分かったわ。次は――」

 そうして工房が並ぶ通りを後にした朔耶は、午前中の間、城内を彼方此方あちこち巡って過ごした。


 士官食堂での昼食時。
 アネットと向かい合わせの席で午後の予定を話し合っているうちに、朝の内に粗方あらかたの施設は見て回ったので昼からは下層階の通りを歩いてみよう、という事になった。

「お城の中の街ってどんな感じなんだろう」

 来たばかりの時も今日も、施設が集まる場所を中心に歩いていたのでなかなか想像できない。

「ん~ちょっとせせこましいくらいで、普通の街の通りとそう変わりはしないわよ?」

 城内なので貧民街のようなあからさまにうらぶれた場所は無いが、一応それっぽい治安の死角となる危険な区画もあるので、後で教えてくれるという。

「危険地帯かー……」
「まあ、サクヤちゃんくらいの実力者なら問題ないかもしれないけど」
「それは買いかぶりだって」

 朔耶が「あたしは素人ですよー」と、あまり説得力のない弱者アピールをするも、アネットには「随分凶暴な素人ね?」などと突っ込まれた。

「く……っ、お兄ちゃん達のあたし凶暴説は却下したのに……っ」

 ぐぬぬとうなる朔耶は内心で「異世界に来てまで言われるとはっ」と毒づきながら、スープで煮込まれて柔らかくなった肉をワイルドに噛み千切る。モッシャモッシャ。


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