年下の夫は自分のことが嫌いらしい。

海野(サブ)

文字の大きさ
4 / 15

4

しおりを挟む
 事故でロバートくんかとキスしてしまったあの日以降、彼とは会っていない。いや正確にはアデリーナとしてだが。
 だがそれは気まずくて会えていないとかではなく。

「さすがにギリギリ過ぎた!締め切りが!!」

 締め切りが追われていたからだ。いつもは余裕持って依頼された絵を描いていたのだが、今回はロバートくんとのお出かけに夢中になってこっちをほったらかしにしてしまった。
 私は慌ててキャンパスの前で絵を描いていた。もう朝からずっとその場から動いていない。
 今回依頼された絵は神話エピソードの一つである[ロファートノの恋]のとあるワンシーンだ。このエピソードは神が美しく青年に恋をしてしまい、苦しく悶える。そしてそのワンシーンに命を落とした美しい青年に神が哀しみの祝福を送るエピソードがある。このエピソードは悲恋物語として人気である。
 
 正直最初依頼してきた時は断ろうかと思っていた。だって恋をしたことないし、結婚して上手くいっていない私にそんな絵を描けるのか分からなかった。結局画家のプライドで引き受けたが。締め切り間に合わなかったら本末転倒なのだが。

「……アルロ様。」

 すると背後から予想外の声の持ち主に名を呼ばれて私は驚いて後ろを振り返った。そこにはロバートくんがいつのまにか部屋に入っていた。

「勝手に入って申し訳ございません。夕飯の時間になってもいらっしゃらなかったので。」

「へ?あ、もうこんな時間?!!」

 時間を見たら確かに夕飯の時間になっていた。もう夕方になっていたのか。いつもはロバートくんとの夕飯を優先していたからこんなことは起きなかったのに。

「ご、ごめん!締め切りに間に合わなそうだから先食べててくれるかな?!」

「…わかりました。」

「本当にごめんね!!」

 そもそも夕飯一緒に取るようにしたのは私のわがままだ。そんな私が破るとは実に情け無い。
 
「……あの、アルロ様。絵を描いている所を見ても良いですか。」

「へ?」

 突然何を言っているんだ?ロバートくんが私の作業風景を見たいと言うのか?

「ダメですか?」

「い、いや全然良いよ!構わないよ!!」

「ありがとうございます。」

 ロバートくんは後ろで椅子に座ってこちらを見ている。め、めちゃくちゃ緊張する。こんな風に誰かに見られながら絵を描くの慣れてないからめちゃくちゃ緊張するんだけど!締切ギリギリなのにぃ……

……

 と、思いきや絵の方に集中したらいつのまにか気見られていることに対して気にならなくなっていた。むしろ、いつも以上に集中することが出来た。
 大きいキャンパスに筆を乗せる。神と、そして肉体だけになってしまった青年を描く。
 神は青年とただ仲良くなりたかったのだろう。一緒におしゃべりが出来たらどんなに良かったか、笑顔を見せてくれるだけでも充分だった。けど青年は死んだ。自分には手に届かない遠く透明な場所に行ってしまった。
 神がようやく青年に触れたのは、冷たくなった肉体だった。

 ふと、自分の唇に手を添えた。正直まだあのキスの感覚が忘れられない。どうしてこんなにも印象深いのだろうか。
 そういえば、キスには不思議な力があると聞いたことがある。
 …もし、自分が神だったらどんな風に祝福を送るのか、相手がもう何も反応しない肉体だったら。
 最後の最後に欲をかいてしまうかもしれない。もちろん祝福を贈りたい気持ちが本当だとしてもだ。

 そうなると筆が進んだ。もう止まらない。誰にも止めさせない。
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

処理中です...