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第31話 殲滅の時、再会の時

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 目の前には暴風の蛇ギガンテスの奴らが武器を構えてこちらを警戒している。
 人数は百人前後といったところだろうか。

 突如の戦闘にも慌てふためかないのは大したものだが、蠱毒の洞穴の魔物と比べればどいつも兎程度に見える。

 初めから全力で叩きつぶす。
 一人たりとも生かしてはおかない。

 ふつふつと怒りが湧いてくるのを自覚するが、息を吐き出し怒りを内側に押し込める。

 まずやるべき事がある。

「そいつは最低でもS級の魔物だ! 連携をと――」

「グゥルオォー!!」

 ガストマが指示を出そうとしたが、待ってやる義理はない。
 『咆哮』を使う。威圧効果のある叫び声で、対峙している者の動きを制限する効果がある。まだ練度が低いためか、全員を動けなくする程ではないが、一瞬動きを止めるには十分だ。

 前列の奴らに毒針を放つ。

「ウッ!?」
「クッ!」

 毒針に当たった七人が目を見開いたままその場に崩れていく。毒針を視認すらできていなかった。

 問題はガストマだが……

 リル達の閉じ込められている鉄格子の荷車とガストマの間の空間・・・・に少し大きめの毒針を数発放ち、その流れでガストマにも毒針を放つ。

「ちっ! 口から何か飛ばしていやがる」

 リル達の居る場所とは反対方向・・・・に、ガストマが転がりながらかわす。
 安易にそっち側に動いてくれて良かったよ。俺のことを知性の低い魔物だと思ってくれているなら、その方が良い。
 唯一の心配はリルを人質に取られることだった。現時点で魔物相手に人質を取ろうとは思わないよな。

 ガストマが回避行動を取った瞬間に、一足飛びに荷車のところまで駆ける。
 特に邪魔されることなく、リルの所に到達できた。

 一瞬リルと目が合う。

「クルゥ……」

 しかし今は再会を喜んでいる余裕は無い。
 後方に気を付けながら、魔力をこめた右手で鉄格子を切り裂く。

 すんなりと切り裂かれた鉄格子は、人が通れるくらいになった。
 あとは手足を縛ってる縄だが……

「囲んで数であたれ! 連携を取って削れ!」

 ガストマの指示に傭兵達が、こちらを囲むように動く。
 大型の魔物の討伐経験もあるのだろう。指示から動き出すまでに淀みがない。

 リル達を自由にするまで待って欲しかったが、しょうがない。とりあえず、リル達が乗せられている荷車を傭兵がいない壁際まで素早く首で押していく。

 完全に囲まれる前にと素早く移動したためか、リル達三人が荷車の中で転がり、小さく悲鳴を上げている。緊急事態なのでどうか許して欲しい。

 壁際まで来たことにより、敵は正面に広がっているのみとなった。油断はできないけど、後方への警戒は少なくて済む。ここからは正面の敵を殲滅せんめつするだけだ。

 と思っていると、前方から複数の矢が飛んできて、上空からは鳥型の魔物がこちらを狙ってきた。
 対応の早さには本当に感心する。ガストマの指示もそうだが、傭兵一人一人が自身の判断で動いている。突然の襲撃には右往左往するものだと思っていたが、さすがに甘く考えすぎだったようだ。

 鳥型の魔物には毒針を放ち、矢は前に出て腕で払う。
 そのまま前に進みつつ毒針を連発する。
 何人かは毒針に当たって倒れるが、盾を使って防いでいるものもいる。

 集団まで手の届く位置まで近づいたところで、体当たり気味に腕をふるっていく。
 かなりのステ差があるのだろう。爪の一撃によって、傭兵達が千切れ飛んでいく。
 金属製の装備すら紙のように切り裂いていく。

 悲鳴を上げながら倒れる者、恐怖のため背を向け切り裂かれる者、数秒の間にも幾つもの命が散ってゆく。

 人の心を持つ者としての、人を殺す嫌悪感・罪悪感などは思っていた以上に感じない。
 
 そんなものは洞窟に置いてきた。俺はこいつらを殺す毒になると誓った――

 時折やってくる鳥型魔物がリル達の方へ行かないように撃ち落とし、ガストマの動向には常に注意をする。ザールとの間には数がいるためまだ攻撃が届かない。ガストマの近くにいる侯爵は……まあ戦力にはならないだろう。
 毒ガスで一気に殲滅も考えたが、解毒方法がないので、リル達に毒が影響することを警戒して控えている。

 徐々に敵は数を減らしてきた。それに対して、こちらはほぼ無傷だ。何度か攻撃を避けそこなったが、予想していた通りこちらはダメージを受けていない。硬かったドラゴンにあやかっているのだろうか。

「化け物め……」

 苦悶の表情で倒れる傭兵。初めは百人程いたが、今は二十人といったところだ。
 辺りは血と屍で酷い光景になっている。

 何人かは俺が入ってきた壁の割れ目から逃げ出そうとしたが、そいつらは向こう側に抜けようとしたところで倒れていく。
 そこには質量を重くしたの毒ガスを設置しておいた。そのうち霧散するはずだが、少しの間は行き来できないはずだ。リルの居る場所とは距離があるから問題ない。援軍を防ぐために設置したものが、逃走防止になっているといったところだろうか。

 戦いが始まってから度々、外部から意識を直接揺さぶろうとする動きを感じる。ちょうど今も感じたので、魔物使いのザールの方に目を向ける。

 ザールが苦々しい表情でこちらを見ている。俺を魔物として操ろうとしていたのだろう。だが、事前の予想通り俺を操ることはできないようだ。ドラゴンなんて魔物がいるこの世界、とんでもない魔物は他にもいるはず。そんなのを操っていれば、そのことは有名になっていたはず。
 それに、操れるなら傍に連れていないというのは自身の安全面からしてもあり得ないだろう。この揺さぶりに抵抗できないと操られるような気がする。実際は魔法的な何かだと思うが、まあ今は何でもいい。

 傭兵の数を減らしたことで、後方にいたザールにも攻撃が届きそうだ。俺が操られないといっても、複数の魔物を同時に操ることができるこいつは何をするか分からない。ガストマ以上に優先的に排除したい相手だ。

 周囲の敵をなぎ倒しつつ、ザールに向けて毒針を乱れ撃つ。

「――くそっ」 

 ザールが回避する。こちらが撃つ前に予測して回避行動に入っていた感じだ。おそらく次は当てられる……と思っていると。

「なっ――うぐっ」

 あ……

 ザールが避けた毒針がその後ろに居た侯爵に当たってしまった。胸を抑えて倒れる侯爵。

 さすがの傭兵団長も雇い主がやられて、一瞬あっけに取られた様子だ。

 一瞬の沈黙が場を支配する。ほとばしるやっちまった感。

 侯爵は最後まで生かしてアルフレッドに引き渡し、事情をああだこうだしたり、スムーズな脱出にご協力・・・いただく予定だったのだが。

 まあいいか……
 
 あとに残すと殺すことを躊躇するかもしれないしな。
 今回の黒幕であり、将来の安全のためには生かしておくというのはあり得ない。
 
 戦いに意識を戻し、回避して地面に膝をついているザールに飛び掛かり腕を振るう。
 ザールは腕を上げて防ごうとするが、特に何かあったわけではなく、爪の一撃を受けて上半身が千切れ飛んだ。上半身ををなくした体が後ろに倒れる。

 俺は直後に振り向き、背中ごしに毒針を三発放った。
 
 そこにはガストマが俺に向かって剣を振りかぶった状態で毒針を体に受けていた。

 俺の攻撃の瞬間を狙ったのだろう。他へ攻撃している瞬間は、物理的にも心理的にも隙ができるからね。だからこそ、その瞬間には最大限の注意をしている。

 一瞬の油断が死へとつながる洞窟での経験は、とてつもなく実戦的だった。この程度で油断していたら命がいくつあっても足りなかった。

「――くそったれ」

 おぼつかない足取りのガストマだが、体が淡く輝いている。

 輝きが収まり、ガストマが剣を構えなおす。なぜ毒が効かないのか疑問を感じたが、おそらく魔法で解毒したのだろう。

 ただ……

 ガストマの言葉を借りるなら。

 俺がここに辿り着いた時点で、この結果は変わらなかっただろう。

 一瞬で間合いを詰め、全力の一振り。

 振るった右腕にはほとんど手応えはなかったが、ガストマだったものがその場に飛び散る。

 攻撃の瞬間、ガストマの表情には変化がなかった。
 全く反応できなかったのか、それとも戦う時点で覚悟をしていたのか、今となっては分からない。

 ガストマを倒すために、過酷な洞窟を生き抜いてきた。
 俺が短期間で強くなれたのはガストマという敵がいたからだろう。
 許すことができない敵であることは間違いないが……

 若干の喪失感を感じたが、気を取り直して、残りの傭兵達を毒針で片づけていく。

 広場で生きている者は、俺とリル達だけとなり場は静寂に満たされる。

「シュン!」
 
 呼びかけに振り返ると、猿ぐつわをずらしたリルがこちらをじっと見ている。

 リルは今の俺を一目見たときから、俺だと分かっていたようだけど、姿形が全然違うのによく分かったな。気づいてくれたことを思うと、嬉しさがこみ上げてくる。

 無事でいてくれて良かった……

 本当に良かった……

 けど、脱出までは気を抜けない。
 リルに近づいて手足を縛っている縄を爪で切る。

 リルに全く怖がられていないことに驚く。
 姿は猫と言えど、大きさから言ってもはや虎に近いだろう。体中が返り血で血塗れだし、子供だったら見ただけで泣き出すレベルだと思う。
 
 それなのに、目をウルウルさせながら抱きつきたいという風にソワソワしている感じだ。
 まだ落ち着ける状況ではないということを理解しているところが、本当にリルらしい。

 また会えて嬉しいよ、という想いを込めて頬をペロリと舐め上げた。

「ウヒャッ!?」

 笑いながらくすぐったそうにしている。その様子を見て、全てに満足しそうになったが、今は脱出しないと。

 アルフレッドとクレアの縄も切り、三人とも自由の身となった。

 二人とも何か言いたそうな顔をしているけど、今はここを離れることが肝心だ。

 俺は地面に腹ばいになり、あごで自分の背中を指す。伝わるかな?

「乗れってことか?」
 
 アルフレッドが理解してくれたので、それに頷く。

 三人を背中に乗せて、俺は領都を脱出した。

 背中に乗せた後に、数日間水浴びしていないどころか返り血を大量に浴びたことに気づき、俺は自分の匂いが気になった……

 だってリルって狼っ娘だし、鼻が良さそうじゃんか……
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