花のように

月夜野 すみれ

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第一章 花吹雪

第六話

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 紘彬に連れて行かれた家の表札には、藤崎晃治こうじ、蒼沙子、花耶、紘一と書いてあった。
 紘彬の従弟の家のようだ。
 都心のど真ん中なのに一戸建てである。
 もっとも、新宿といっても繁華街や超高層ビル街はごく一部で後は住宅地である。
 新宿西口の超高層ビル群のすぐそばの住宅地も、大通りに面しているところを除けば一戸建てばかりだ。都心の一戸建てはそれほど珍しくない。

「警部補の叔母さま、ですよね? なんてお読みするんですか? 自分は学がないもので……」
 如月は『蒼沙子』と書かれたところを指しながら訊ねた。
「あれは読めないのが普通。あれで『あさこ』って読ませるんだぜ。強引だろ」
「はぁ、まぁ」
 如月は曖昧に答えた。
「祖母ちゃんが桜緋沙子ひさこって宝塚スターのファンでさ、それで俺の母さんが緋沙子、叔母さんが蒼沙子って名前になったんだってさ」
「きれいな名前ですね」
「まぁね」

 塀と家の間には数十センチの間が開いていて、そこに二本の木が植えられていた。
 高さは二階に届くくらいだが、まだ細い木だった。

「これ、桜ですか?」
「ああ、花耶ちゃんと紘一が生まれたときにに植えたんだ」
「花が咲くの、楽しみですね」
「いや、これ、全然花が咲かないんだよ」
「そうなんですか?」
「苗ってさ、接ぎ木か何かしてから何年間かたったものだろ。それじゃ、産まれてくる子供と同い年じゃないだろ」
「そう言われてみればそうですね」
「だから俺、叔母さんが妊娠したって訊いたとき、桜の種を拾ってきて植えたんだよ。芽が出たときは嬉しかったけどさ、その後何年たっても花が咲かないんだよな」
「あれ? ソメイヨシノって繁殖力がないんじゃ……」
「ソメイヨシノじゃないよ。近所に白い桜が生えてたからそれの種拾ってきた。でも葉っぱは出るけど花は全然ダメ。やっぱり素直に植樹するべきだったのかなぁ」

 少年だった紘彬が、生まれてくる従妹弟のために桜の種を拾ってきて植えたところを想像すると微笑ましい。
 写真を持ち歩くくらい可愛がっている従妹弟である。
 叔母夫婦もその気持ちを汲んで、あえて植樹はしなかったのだろう。

「ま、女の子の場合、桐の木を植えるって言うけど、こんな狭い庭に桐はちょっと無理そうだったからな」
「肥料をやってみたりとかしました?」
「一応やってはいるんだけどな……」
 紘彬は家に入ると如月を二階にある紘一の部屋へ連れていった。

 途中で紘彬は台所に顔を突っ込んで、
「花耶ちゃん、ジュース三人分、お願い」
 と頼んだ。

 紘一の家は一階が台所と居間と日本間二部屋、それに洗面所とお風呂場、二階が花耶と紘一の部屋、それに納戸だった。

「紘一、入るぞ」
 紘彬はそういってドアを開けた。

 部屋に入ると机に向かっていた紘一が振り返った。
 写真で見るよりも紘彬に似ている。
 これなら兄弟でも通りそうだ。

「兄ちゃん、その人は?」
「俺の先輩」
「そんな、とんでもないです! 自分の方が階級が下なんですから」
 如月は慌てて否定した。
「階級と勤続年数は関係ないんじゃない」
 紘一は冷めた口調で言った。
「それはそうなんだけど」
「分からないことは訊くからさ、これからよろしくな」
「はい。自分に分かることでしたらお答えします」
「で、こいつが紘一」
 紘彬が紘一を紹介すると、二人は互いに自己紹介しあった。
「紘一君って桜井警部補によく似てますね」
「うちの母さんと紘一の叔母さんは一卵性双生児だからな。遺伝学的には異父兄弟だよ」

 そのとき、ドアが開いて紘彬に見せられた写真に写っていた女の子が入ってきた。
 いや、写真よりもずっときれいだった。

「いらっしゃいませ」
「お、お邪魔してます」
「藤崎花耶です」
 花耶は優雅に頭を下げた。
 顔だけではなく、所作もきれいだった。
「き、如月風太です」
 如月も慌てて頭を下げた。
「如月の風? きれいな名前ですね。どうぞごゆっくり」
 花耶はそう言うと部屋を出ていった。

「桜井警部補、自分は初めて風太って言う名前で良かったって思いました」
 如月は感動した面持ちで言った。
「今までは違ったのか?」
「なんかダサいなって思ってて……。しかもあのレッサーパンダのせいでパンダパンダってからかわれるし」
「そうか。俺は自分の名前にコンプレックス持ったことなかったな」
「そりゃ、桜井警部補の名前はきれいな字ですから。自分はあれでレッサーパンダが嫌いになりましたよ」
「そっかぁ。レッサーパンダ、花耶ちゃんは小さい頃すごく好きだったんだよな。どこに行くにもレッサーパンダのぬいぐるみ持ってたっけ」
 紘彬が懐かしそうに言った。
「え! そうなんですか?」
「だって女の子が好きになりそうな動物だろ。小さくて可愛くて」
「そ、そうですね」
「ま、いいや、ゲームやろう。紘一、コントローラー、もう一個どこだ?」

 紘彬はテレビの前に置かれた小物入れを引っかき回した。
 テレビは薄型の三十二インチで、その台の下には各種のゲーム機が置かれていた。
 テレビの隣には本棚があり、下の方にはいくつものゲームソフトが並べられていた。

「紘一君って高校生だよね。これだけ沢山のゲーム機持ってるなんてすごいね」
「全部兄ちゃんが買ったんだよ。テレビも含めて」
「そうなんだ」
「俺が学生の頃はゲーム機なんて買ってもらえなかったからな」
 紘彬が振り返って言った。
「その分、今買ってるんだ」
「兄ちゃん、予備のコントローラーはこっち」
 紘一が机の引き出しからコントローラーを取り出した。
 紘彬はそれを受け取ると、ゲーム機に挿してからスイッチを入れた。

 如月もゲームは好きだった。
 しかし、高校を出るまではゲーム機を買うような経済的余裕は家にはなく、卒業後はすぐに警察学校に入ってしまい、ずっと警察の寮暮らしでゲームは出来なかった。
 だから紘彬と会うまでは暇があればゲームセンターに行くくらいだった。

「お前、上手いな」
 次々と敵を倒していく如月を見て感心したように言った。
「ホントに寮にゲーム機ないのか?」
「ありませんよ。でも、ゲームセンターには通ってますからシューティングやレーシングゲームならなんとか」
 その日は遅くまで三人でゲームをして過ごした。
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