東京綺譚伝―光と桜と―

第四章 復活と土蜘蛛と

第一話

　人間は未まだ狩猟採集が主だった。
　不意に異界の者の気配がした。

　反はぐれ者だ。
　異界の食糧より人間界こちらの世界の生き物の方が旨うまいと言う話が広まり異界の者達が禁を破って遣やってくる様ように成なったのだ。
　反はぐれ者の向かいに立っている人間の少女が怯おびえた様ように後退あとずさった。

　どうやら此この人間は〝見える〟らしい。
　餌を見付けた反はぐれ者が人間の方に一歩踏み出した。
　人間に気を取られている反はぐれ者に、そっと忍び寄ると飛び掛かって一気に首をへし折った。
　倒した反はぐれ者を喰い始める。
　人間界こちらの生き物を食うのは禁止されているが反はぐれ者を喰うなとは言われてない。
　反はぐれ者討伐に遣やってきた者に見付かると連れ戻されてしまうが、反はぐれ者を食ってる分には特に咎とがめられたりしない。

　……いや、そう言えば上の連中が何か言っていた様ような気もする。

　だが動物みたいな見た目をしている所為せいか、分からない振りをしていると其そのうち諦めて行ってしまうから良よく覚えてないだけかもしれない。
　まぁ、良いい。
　止やめろとは言われていない。
　若もしかしたら言われたのを覚えてないだけかもしれないが、特に咎とがめられた事は無いのだから黙認しているのだろう。

　少女は反はぐれ者に怯おびえていたくらいだから自分の事も怖がって直すぐに逃げていくだろうと思っていた。
　然しかし少女の足音が近付いてきた。
　怖々こわごわと言う感じで倒れている反はぐれ者と、其それを喰っている自分を覗のぞき込んでいる。
　反はぐれ者が間違いなく死んでいると分かると警戒を解いた気配がした。
　反はぐれ者を倒した自分の方が強い事くらい分かりそうなものなのに何故なぜ安心するのか。
　馬鹿な人間だ。

　少女は隣にしゃがみ込むと背中を撫でて、
「有難う」
　と例を言った。

　別に人間を助けた訳ではないのだが。

　翌日、反はぐれ者の気配を感じて其方そちらへ向かうと遠くに昨日の少女が見えた。
　一緒に居いる年下の子供に逃げるように言っている様ようだが、反はぐれ者が見えない子供は戸惑っている様子だった。
　其それでも少女に促うながされた子供は村へ向かって駆け出した。
　少女は怯おびえた表情をしながらも其その場に立ち尽つくしている。
　反はぐれ者と子供の間に割って入るように移動したから足が竦すくんで動けないのではない。
　子供が逃げるまで待っているのだ。
　怖いなら自分もさっさと逃げれば良いいだろうに。
　反はぐれ者が目の前の少女に掴つかみ掛かった。
　自分が飛び掛かる前に少女は反はぐれ者に殺された。
　やはり人間は馬鹿だ。
　少女の亡骸なきがらの横で倒した反はぐれ者を喰い始めた。

　頼光達が茨木童子と戦った翌日の放課後、六花は四天王の住むマンションに来ていた。
　目の前に頼光が座っている。

　昨日、茨木童子と戦った後、四人はいつも通り都内の見回りに向かった。
　マンションへ帰ると頼光が部屋に居いた。

　頼光が茨木童子の件だと切り出すと、貞光が六花が一緒に居いたから彼女にも話を聞いた方が良いいと言い出した。
　もし何かしくじっていたのだとしたら雷が落ちるのは目に見えている。
　そのとき六花が居いれば避雷針代わりになる。
　頼光は六花が何か知ってるかもしれないならと承諾したが、季武が夜遅いから緊急でないなら明日の放課後にして欲しいと頼むと一旦異界むこうへ戻っていった。
　綱達は中央公園ではなくマンションに連れてこいと主張した。

　三人の魂胆は分かっていたが、六花はこのところ体育を休んでいたから長時間の立ち話をさせたくなかったので同意した。

　頼光がソファに座り六花はその真向かいに腰掛けていた。
　四天王は六花の背後に立っている。
　最初、遠慮しようとした六花を四人が強引に勧めた。
　頼光の正面を指定された事で〝弾避たまよけ〟を期待されてるのだと察した六花が頼光を見ると四天王を睨みながらも頷いたので座った。

「して、如何いかがされたのですか」
　貞光が訊ねると頼光は溜息を吐ついた。
「茨木童子の核が戻ってなかった」
「然しかし彼処あそこに茨木童子の気配は……」
「お前らの失態でない事は分かっている。後始末をしいてる者から報告を受けたからな」

　彼あの哀れな小吏しょうりか……。

　季武以外の三人は密かに同情した。

『しいてる』という事は未まだ事後処理に奔走ほんそう中なのだ。

「恐おそらく何者かが助けたんだろう」
「そもそも何故なぜ茨木童子は鬼に戻ったのでしょう」

　鬼に戻った？

　意味が分からない六花に頼光達が説明してくれた。

　異界の者には核が有る。
　核とは人間の魂のようなものだ。
　その核に元素が集まると異界の者が生まれる。
　核は異界に自然発生し、それが異界の者になる。

　人間界の生物と同じく異界の者にも沢山の種族が居いる。
　鬼や土蜘蛛、鵺ぬえなど人間界同様、様々な種が居いるのだ。
　通常はそのまま異界で生きていく。
　だが人間界こちらへの侵入が容易な為ため、遣やってくる者が後を絶たない。
　昔、酒呑童子を討伐したとき多くの鬼達を倒した。

　異界の者は致命傷を受けると核に戻るが、核が無事なら何度でも再生出来る。
　核になると人間界こちらに居いる者は自動的に異界むこうに戻る。
　人間界こちらでは誰かが再生させる必要が有るが異界むこうでは核は自然に再生する。