東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

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第九章 涙と光と

第六話

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 でも危ないんだとしたら五馬ちゃんだって……。

 再度五馬に目を向けると彼女の姿は無く、代わりに巨大な蜘蛛がた。
 六花は驚愕きょうがくに目を見開いた。

 五馬ちゃんが消えた!

 蜘蛛は綱の方を向いている。
 綱がいつのにか大鎧姿になって刀を抜いていた。

「五馬ちゃん!」
 五馬がた場所に行こうとすると、季武が六花を掴んでいる手に力を込めた。
「六花! 駄目ダメだ!」
 六花はその手を振りほどくと綱の方に向かって駆け出した。

「五馬ちゃん!」
「六花ちゃん、来るな! 季武! 六花ちゃんを止めろ!」
 綱が季武に怒鳴りながら刀を蜘蛛に向かって振り下ろした。
 蜘蛛はその巨体からは信じられない速さで後ろに下がった。
「五馬ちゃん!」
 六花は辺りを見回したが五馬の姿は無かった。

 まさか……あの蜘蛛に喰べられちゃったの!?

 一瞬、目の前が真っ暗になり掛けた。
 だが四天王が、人間が眼前がんぜんで喰われるのを傍観ぼうかんしているはずがない。
 そう思って気を取り直した。

 きっとどこかに……。

 六花は周囲に視線を走らせて五馬の姿を探した。

「六花、八田五馬はもうない」
 季武の言葉に六花はハッとして巨大な蜘蛛に目を向けた。
「土蜘蛛……五馬山の五馬姫……」
 六花の呟きに季武はようやく思い出した。

 そう言われてみれば八田も五馬も『豊後国風土記ぶんごのくにふどき』に出てくる大和朝廷に抵抗して殺されたとされる土蜘蛛の名前だ(実際に討伐したのは討伐員だが)。
 大分にはスコリアきゅうる。
 全滅したとされているが生き延びた者がたのだ。
 九州の土蜘蛛討伐は四天王が来る前だし何より任地でもない。
 昔のイナから文献ぶんけんの話を聞いただけだったから忘れていた。
 いつの間にか土蜘蛛の左右に金時と貞光が武器を構えて立っていた。

「綱さん!」
 蜘蛛に向かって刀を振り下ろそうとしている綱の腕をつかんだ。
「綱さん、待って下さい! この土蜘蛛、五馬ちゃんなんでしょう!」
 六花はそう言うと土蜘蛛を振り仰いだ。
「五馬ちゃん! 五馬ちゃんだよね!?」
「六花ちゃん、御免ごめん此奴こいつはエリのかたきだ」
 綱が低い声で言った。
「季武! 六花ちゃんを下がらせろ!」
 綱は厳しい顔で蜘蛛を睨み上げたまま怒鳴った。
「六花!」
 季武が六花の肩に手を掛けた。
 六花が身をよじって振りほどくと季武は腰に手を回して強引にき上げた。

「季武君、放して! 五馬ちゃん、なんで!?」

 ――なんで?

 ――わたしの仲間達は討伐員に滅ぼされた!

 ――北山にた仲間達も頼光と四天王に!

 土蜘蛛から聞こえてきたのは人の声では無かった。
 季武と綱は「北山」と聞いてハッとした。

 北山の残党か!

 覚えが有る気がしたのは戦った土蜘蛛達の中で感じた気配だったからだ。
 何故なぜ落ち延びた者がた事が今まで発覚しなかったのかは分からないが。

「お前らが人間界こっちで人間を喰ってたからだろ! 異界むこうれば喰わずにんだものを!」

 ――お前らだって来ているだろう。

「お前らを倒す為にな!」
 綱が刀を振り下ろす。
 同時に左右から金時と貞光も斬り掛かった。
 土蜘蛛は高く飛び上がると道路の向こう側のビルとビルの間に去っていった。
 綱達は六花をかかえた季武を残して土蜘蛛を追って駆けていく。

「五馬ちゃん!」
 六花が叫んだが五馬の姿はとっくに見えなくなっていた。
 季武は六花を下ろすと手を取って歩き始めた。
 地下鉄の駅の方へと向かう。

「季武君、エリさんのかたきってどう言う事? 五馬ちゃんがエリさんなんじゃなかったの?」
「八田に付いていたあとはエリのものだと言っていた」
 口をつぐんだ季武を六花は視線でうながした。
八田あいつはエリを捕まえた時にあと――綱の気配――に気付いたんだ。それで綱に近付くために……エリの皮をいで自分に貼り付けた」
「じゃあ、エリさんは?」
「……彼奴あいつに喰われた。エリだけじゃない。彼奴あいつは最近だけでも大勢殺してる。餌にしただけじゃない。俺達をおびき出すためだけに何人も殺したんだ」
 それきり季武は黙ってしまった。

 頼光と四天王はマンションの居間リビングに集まっていた。

「見失った?」
 四天王から報告を受けた頼光が聞き返した。
「気配が全くしないので一度視界から消えてしまうと……」
「そうか」
これから如何致いかがいたしましょう」
 貞光の言葉に頼光が考え込んだ。

「俺は六花を見張ります」
「六花ちゃんを? 土蜘蛛に味方したりはしないだろう」
 季武の言葉を聞いた頼光が言った。
「味方はしなくても呼び出されたら俺達に内緒で会いに行くかもしれません。人質にでもされたら厄介です」
 季武がそう言うと頼光達は顔を見合わせた。

 季武は五馬がエリを含め大勢の人を殺した事を六花に話したと言っていた。
 イナなら大勢の人を殺し、この先も同じ事を繰り返すと分かっている土蜘蛛に味方したりはしないだろうし、季武達を危険にさらすと分かっていてえて人質になるような真似はしないはずだ。

 だが五馬は六花のたった一人の友達でも有る。
 それもおそらく今世では初めての。
 人質になる気は無くても呼び出されたら友達として会いにいって結果的に捕まってしまう可能性は考えられる。
 鵺を操っていたのは五馬だろうし、それなら今日の様子から六花が使えると判断すれば利用するだろう。
 正直、季武達も六花がどんな行動に出るか読み切れなかった。
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