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第九章 涙と光と
第八話
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翌日、夕闇に覆われた一戸建て住宅の屋根の上から、土蜘蛛の姿の五馬は人間が遣ってくるのを待ち構えていた。
人間の足音が近付いてくる。
五馬はその人間を捕まえようと糸を飛ばした。
それを飛んできた矢が切り裂いた。
――……!
人間は何も気付かないまま歩み去った。
五馬の目の前に季武が立った。
五馬が身構える。
「八田、異界へ帰れ」
――誰がお前の言う事など。
五馬の声には憎しみが満ちていた。
「六花にお前の事を全部話した。お前が六花の前で正体を現した日に」
――…………。
「お前も六花が蜘蛛が怖いのを知ってる筈だ。でもお前の正体を見て、何をしたか知った後でも六花は昨日一日お前を待っていた。人に仇なす土蜘蛛と知った今でも、六花にとってお前は大切な友達なんだ」
――…………。
「俺達は人間界に居る反ぐれ者は討伐しなければならない。だが異界に戻って小吏に見付からない様にしていれば……」
季武は言葉を切ると五馬に背を向けた。
本来ならこの場で討伐しなければならない。
五馬は既に何人も食い殺している。
今更討伐を免れる術は無いのだ。
だが出来れば六花の大切な友達を自分の手に掛けたくない。
討伐員として、反ぐれ者が人間界に居る事を認める訳にはいかないから他の任地へ行けとも言えない。
それは人間を喰うのを許してしまう事になる。
だが異界のものなら喰っても咎められる事はない。
異界で小吏に見付からないように隠れている。
それが季武に提示出来る唯一の妥協案だった。
――…………。
五馬は暫く季武を見ていた後、姿を消した。
土曜日、六花は新宿通りを新宿駅に向かっていた。
デパートに珍しい食材がないか見に行った帰りだった。
頼光が最近の料理に興味が有るようなので何か見付かるかと思ったのだ。
残念ながら今日は収穫が無かった。
未だ午後の早い時間だった。
スマホの着信音に立ち止まって画面を見ると、季武から会えないかと言う誘いだった。
会えると答えて場所を伝えると新宿駅東口の近くのファーストフード店を指定された。
六花は了解した旨を伝えるとその店に向かった。
六花が店の近くまで来たとき十代後半くらいの女の子と擦れ違った。
その瞬間、何か覚えの有る感じがした。
もしかして……。
六花は立ち止まって後ろを向いた。
「五馬ちゃん?」
六花が声を掛けると女の子が驚いた表情で振り返った。
やはり五馬だ。
「…………」
六花と五馬は黙って向かい合ったまま立っていた。
やがて、
「ごめんね」
六花が頭を下げた。
「え……?」
五馬が驚いたように六花を見た。
「如何して六花ちゃんが謝るの?」
「五馬ちゃんの事、季武君達に頼んであげられないの。見逃して欲しいってお願い、出来ないから」
その言葉に五馬が苦い笑みを浮かべた。
「……わたし、六花ちゃんに成り代わる為に近付いたんだよ」
「え?」
「六花ちゃんと会った時、卜部の気配を感じたの。卜部が痕を付けたんだとしたら親しいんじゃないかと思って。其で学校何処か聞いたの」
六花は五馬と初めて話した時の事を思い出した。
手を繋いだとき背筋がゾクッとした。
あれは五馬が異界の者だからだったのだ。
「六花ちゃんの性格や好みなんかが分かったら殺して成り代わる積もりだったの」
「……じゃあ、なんで……」
「其の直ぐ後、捕まえた人間から綱の気配がしたから」
その言葉にハッとした。
エリさんだ。
「六花ちゃん、卜部と知り合ったばかりで付き合ってないって言ってたでしょ」
六花は付き合ってもいない相手と寝るような性格には見えなかったし、季武は人間に冷淡な事で知られていたから短期間であんなに親しくなったりするはずが無い。
だとしたら痕を付けたのは前世かもしれないと考えた。
それなら綱もその人間とは未だ知り合ってない可能性が有る。
そう思ってその人間の姿で近くを通り過ぎてみたら案の定綱は何の反応も示さなかった。
「知り合いだったら?」
「然したら其の人間の姿で綱に近付いたよ」
だが知り合いでは無かったから五馬の姿のままで四天王に紹介させた。
「綱に近付いたら直ぐ引っ掛かった。だから六花ちゃんの事を良く知るまでの間に綱と親しくなって隙を見て始末しようと思ったの」
季武は産女に遭った瞬間、眉一つ動かさずに斬り捨てたくらいだから簡単には騙されないだろうと思った。
現に転校してみたら六花以外の人間は完全に無視されていたし常に彼女を見ていた。
あれだけ六花を良く見ているなら碌に彼女を知らない状態で成り代わっても簡単にバレるだろう。
実際一度六花の振りをしたがあっさり見破られた。
逆に綱は昔から女好きで、すぐに騙されるので有名だった。
美女が鬼だと気付かずに引っ掛かったのは宇治の橋姫が最初では無いし最後でも無い。
橋姫が有名なのは、他の鬼と違って討伐されずに逃げる事が出来たからだ。
他の鬼は正体を現すとすぐに討伐されてしまったから騙された事がバレなかっただけなのだ。
死人に口なし……。
六花は何故季武達が綱を女性に近付けないようにしているのか分かった気がした。
人間の足音が近付いてくる。
五馬はその人間を捕まえようと糸を飛ばした。
それを飛んできた矢が切り裂いた。
――……!
人間は何も気付かないまま歩み去った。
五馬の目の前に季武が立った。
五馬が身構える。
「八田、異界へ帰れ」
――誰がお前の言う事など。
五馬の声には憎しみが満ちていた。
「六花にお前の事を全部話した。お前が六花の前で正体を現した日に」
――…………。
「お前も六花が蜘蛛が怖いのを知ってる筈だ。でもお前の正体を見て、何をしたか知った後でも六花は昨日一日お前を待っていた。人に仇なす土蜘蛛と知った今でも、六花にとってお前は大切な友達なんだ」
――…………。
「俺達は人間界に居る反ぐれ者は討伐しなければならない。だが異界に戻って小吏に見付からない様にしていれば……」
季武は言葉を切ると五馬に背を向けた。
本来ならこの場で討伐しなければならない。
五馬は既に何人も食い殺している。
今更討伐を免れる術は無いのだ。
だが出来れば六花の大切な友達を自分の手に掛けたくない。
討伐員として、反ぐれ者が人間界に居る事を認める訳にはいかないから他の任地へ行けとも言えない。
それは人間を喰うのを許してしまう事になる。
だが異界のものなら喰っても咎められる事はない。
異界で小吏に見付からないように隠れている。
それが季武に提示出来る唯一の妥協案だった。
――…………。
五馬は暫く季武を見ていた後、姿を消した。
土曜日、六花は新宿通りを新宿駅に向かっていた。
デパートに珍しい食材がないか見に行った帰りだった。
頼光が最近の料理に興味が有るようなので何か見付かるかと思ったのだ。
残念ながら今日は収穫が無かった。
未だ午後の早い時間だった。
スマホの着信音に立ち止まって画面を見ると、季武から会えないかと言う誘いだった。
会えると答えて場所を伝えると新宿駅東口の近くのファーストフード店を指定された。
六花は了解した旨を伝えるとその店に向かった。
六花が店の近くまで来たとき十代後半くらいの女の子と擦れ違った。
その瞬間、何か覚えの有る感じがした。
もしかして……。
六花は立ち止まって後ろを向いた。
「五馬ちゃん?」
六花が声を掛けると女の子が驚いた表情で振り返った。
やはり五馬だ。
「…………」
六花と五馬は黙って向かい合ったまま立っていた。
やがて、
「ごめんね」
六花が頭を下げた。
「え……?」
五馬が驚いたように六花を見た。
「如何して六花ちゃんが謝るの?」
「五馬ちゃんの事、季武君達に頼んであげられないの。見逃して欲しいってお願い、出来ないから」
その言葉に五馬が苦い笑みを浮かべた。
「……わたし、六花ちゃんに成り代わる為に近付いたんだよ」
「え?」
「六花ちゃんと会った時、卜部の気配を感じたの。卜部が痕を付けたんだとしたら親しいんじゃないかと思って。其で学校何処か聞いたの」
六花は五馬と初めて話した時の事を思い出した。
手を繋いだとき背筋がゾクッとした。
あれは五馬が異界の者だからだったのだ。
「六花ちゃんの性格や好みなんかが分かったら殺して成り代わる積もりだったの」
「……じゃあ、なんで……」
「其の直ぐ後、捕まえた人間から綱の気配がしたから」
その言葉にハッとした。
エリさんだ。
「六花ちゃん、卜部と知り合ったばかりで付き合ってないって言ってたでしょ」
六花は付き合ってもいない相手と寝るような性格には見えなかったし、季武は人間に冷淡な事で知られていたから短期間であんなに親しくなったりするはずが無い。
だとしたら痕を付けたのは前世かもしれないと考えた。
それなら綱もその人間とは未だ知り合ってない可能性が有る。
そう思ってその人間の姿で近くを通り過ぎてみたら案の定綱は何の反応も示さなかった。
「知り合いだったら?」
「然したら其の人間の姿で綱に近付いたよ」
だが知り合いでは無かったから五馬の姿のままで四天王に紹介させた。
「綱に近付いたら直ぐ引っ掛かった。だから六花ちゃんの事を良く知るまでの間に綱と親しくなって隙を見て始末しようと思ったの」
季武は産女に遭った瞬間、眉一つ動かさずに斬り捨てたくらいだから簡単には騙されないだろうと思った。
現に転校してみたら六花以外の人間は完全に無視されていたし常に彼女を見ていた。
あれだけ六花を良く見ているなら碌に彼女を知らない状態で成り代わっても簡単にバレるだろう。
実際一度六花の振りをしたがあっさり見破られた。
逆に綱は昔から女好きで、すぐに騙されるので有名だった。
美女が鬼だと気付かずに引っ掛かったのは宇治の橋姫が最初では無いし最後でも無い。
橋姫が有名なのは、他の鬼と違って討伐されずに逃げる事が出来たからだ。
他の鬼は正体を現すとすぐに討伐されてしまったから騙された事がバレなかっただけなのだ。
死人に口なし……。
六花は何故季武達が綱を女性に近付けないようにしているのか分かった気がした。
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