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第九章 涙と光と
第十話
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「人間の気持ちなんて考えた事なかった。六花ちゃんみたいに、嫌いな蜘蛛でも意味も無く殺すのは良くないとか、自分の利益の為に誰かが死ぬのを願ったりするのが恥ずかしいなんて、そんなこと微塵も……。其なのに仲間の復讐だなんて、綱が言った通り勝手だよね」
五馬が自嘲するように言った。
六花は鞄を握り締めた。
復讐なんか止めて欲しいと頼みたかった。
季武達のように人に交じって人間として生き続けて欲しいと。
けれど止めても討伐は免れない。
季武は最近だけでも何人も殺したと言っていた。
五馬が遣った事はバレてしまっているのだから見逃してはもらえない。
人間界に来た理由が人間を食べる為だけだと聞いてしまっては逃げてくれと言う事も出来ない。
まして人間を喰う欲求に抗えないと聞いてしまった後では尚更だ。
「四天王だって人間を殺し続ける反ぐれ者を見逃す訳にはいかないよ」
六花の心を読んだように五馬が言った。
六花は俯いた。
そのとき六花のスマホが鳴った。
五馬は踵を返して歩き出した。
六花はスマホを取り出した。
「季武君、やっぱり西口の改札で良い? 西口……で、えっと、見に行きたいお店があるの。私も今から向かうから。ごめんね」
六花の言葉に五馬が足を止めて振り返った。
六花がスマホを切って顔を上げると五馬が此方を見ていた。
「季武君、東口からあそこの店に来るって言ってたから……」
六花が五馬の前方にあるファーストフード店を指した。
五馬は一瞬東口の方に視線を向けた。
六花は何も言えないまま立ち尽くしていた。
もう会えないかもしれない。
いや、会ってはいけない。
季武は五馬を討伐しなければならないし、六花も人を大勢殺してきた五馬の味方は出来ない。
けれど別れの言葉は口に出来なかった。
「さよなら」なんて言いたくない。
言ったら本当に二度と会えなくなりそうで言えなかった。
人間を何人も殺したと聞かされても、それでも大好きだった。
騙していたと聞かされても、あの巨大な蜘蛛が本当の姿だと知った今でも嫌いにはなれなかった。
ずっと仲良しで居たかった。
一緒に出掛けて、お喋りして、笑い合って……。
でも、それはもう出来ない。
アスファルトが涙で滲んだ。
不意に五馬が六花に向き直った。
握手を求めるように右手を出す。
六花はすぐにその手を握った。
離れたくない。
行かないで欲しい。
六花の手に力が籠もった。
縋るように。引き止めるように。
五馬も六花の手を握り返した。
五馬の手は熱さを感じるくらい温かかった。
やがて五馬が手を放した。
五馬は黙って背を向けると新宿駅から遠ざかっていった。
アスファルトに六花の涙が落ちた。
季武はビルの影から六花と五馬を見ていた。
この距離だから五馬も季武に気付いているはずだ。
本来ならすぐにでも他の三人を呼んで五馬を倒さなければならない。
けれど六花の目の前で戦う事はどうしても出来なかった。
一対一なら五馬にも勝ち目が有るかもしれないのに去っていったのは、彼女も六花の前で戦いたくなかったからだと思いたい。
六花の気持ちを考えてくれたのだと。
季武は五馬が雑踏の中に消えたのを見届けると西口の改札へ向かった。
西口で季武と落ち合った六花は、頼光の好みを聞きながらデパートの食料品店を見て回った後、お茶を飲んでから帰ってきた。
六花のマンションの前で別れを告げる為に季武と向き合った。
やっぱり、内緒にしてるのは良くないよね。
もう五馬ちゃんは遠くに行ったはずだし……。
「あ、あのね……」
六花が思い切って言おうとすると、季武がそれを遮るように優しく頭に手を置いた。
「又な」
季武はそう言うと去っていった。
季武君、知ってたんだ。
知ってて見逃してくれたんだ……。
二度も……。
さすがにこれ以上は甘えられない。
六花は唇を噛み締めると零れた涙を拭いながらマンションに入った。
部屋に戻った六花はベッドに突っ伏した。
枕に顔を押し付けたまま声を殺して泣いている六花を、シマは不機嫌そうな顔で見ていた。
居間に頼光と四天王が集まっていた。
「此から如何致しましょう」
「もう呼び出しには応じないだろうな」
「六花を利用する事も無いでしょう」
頼光は一瞬鋭い視線を向けたが何も言わなかった。
「唯そうなると捜しようがありませんが」
「酒呑童子達を直ぐに再生させる事は無いだろうしな」
頼光が言った。
「何故ですか?」
金時が意外そうに訊ねた。
「土蜘蛛達も酒呑童子が表立って我々と対決する気が無いと察している筈だ。再生させたら次は土蜘蛛に居場所がバレない所に逃げると分かっているだろう。現代は他に幾らでも都会が有るからな」
「酒呑童子を再生させないと成ると……」
「土蜘蛛は何度も襲ってきたんだろう。恐らく又襲ってくるだろう」
「詰り、今まで通り季武が囮と言う事ですか」
「そうなるな」
頼光が頷いた。
五馬が自嘲するように言った。
六花は鞄を握り締めた。
復讐なんか止めて欲しいと頼みたかった。
季武達のように人に交じって人間として生き続けて欲しいと。
けれど止めても討伐は免れない。
季武は最近だけでも何人も殺したと言っていた。
五馬が遣った事はバレてしまっているのだから見逃してはもらえない。
人間界に来た理由が人間を食べる為だけだと聞いてしまっては逃げてくれと言う事も出来ない。
まして人間を喰う欲求に抗えないと聞いてしまった後では尚更だ。
「四天王だって人間を殺し続ける反ぐれ者を見逃す訳にはいかないよ」
六花の心を読んだように五馬が言った。
六花は俯いた。
そのとき六花のスマホが鳴った。
五馬は踵を返して歩き出した。
六花はスマホを取り出した。
「季武君、やっぱり西口の改札で良い? 西口……で、えっと、見に行きたいお店があるの。私も今から向かうから。ごめんね」
六花の言葉に五馬が足を止めて振り返った。
六花がスマホを切って顔を上げると五馬が此方を見ていた。
「季武君、東口からあそこの店に来るって言ってたから……」
六花が五馬の前方にあるファーストフード店を指した。
五馬は一瞬東口の方に視線を向けた。
六花は何も言えないまま立ち尽くしていた。
もう会えないかもしれない。
いや、会ってはいけない。
季武は五馬を討伐しなければならないし、六花も人を大勢殺してきた五馬の味方は出来ない。
けれど別れの言葉は口に出来なかった。
「さよなら」なんて言いたくない。
言ったら本当に二度と会えなくなりそうで言えなかった。
人間を何人も殺したと聞かされても、それでも大好きだった。
騙していたと聞かされても、あの巨大な蜘蛛が本当の姿だと知った今でも嫌いにはなれなかった。
ずっと仲良しで居たかった。
一緒に出掛けて、お喋りして、笑い合って……。
でも、それはもう出来ない。
アスファルトが涙で滲んだ。
不意に五馬が六花に向き直った。
握手を求めるように右手を出す。
六花はすぐにその手を握った。
離れたくない。
行かないで欲しい。
六花の手に力が籠もった。
縋るように。引き止めるように。
五馬も六花の手を握り返した。
五馬の手は熱さを感じるくらい温かかった。
やがて五馬が手を放した。
五馬は黙って背を向けると新宿駅から遠ざかっていった。
アスファルトに六花の涙が落ちた。
季武はビルの影から六花と五馬を見ていた。
この距離だから五馬も季武に気付いているはずだ。
本来ならすぐにでも他の三人を呼んで五馬を倒さなければならない。
けれど六花の目の前で戦う事はどうしても出来なかった。
一対一なら五馬にも勝ち目が有るかもしれないのに去っていったのは、彼女も六花の前で戦いたくなかったからだと思いたい。
六花の気持ちを考えてくれたのだと。
季武は五馬が雑踏の中に消えたのを見届けると西口の改札へ向かった。
西口で季武と落ち合った六花は、頼光の好みを聞きながらデパートの食料品店を見て回った後、お茶を飲んでから帰ってきた。
六花のマンションの前で別れを告げる為に季武と向き合った。
やっぱり、内緒にしてるのは良くないよね。
もう五馬ちゃんは遠くに行ったはずだし……。
「あ、あのね……」
六花が思い切って言おうとすると、季武がそれを遮るように優しく頭に手を置いた。
「又な」
季武はそう言うと去っていった。
季武君、知ってたんだ。
知ってて見逃してくれたんだ……。
二度も……。
さすがにこれ以上は甘えられない。
六花は唇を噛み締めると零れた涙を拭いながらマンションに入った。
部屋に戻った六花はベッドに突っ伏した。
枕に顔を押し付けたまま声を殺して泣いている六花を、シマは不機嫌そうな顔で見ていた。
居間に頼光と四天王が集まっていた。
「此から如何致しましょう」
「もう呼び出しには応じないだろうな」
「六花を利用する事も無いでしょう」
頼光は一瞬鋭い視線を向けたが何も言わなかった。
「唯そうなると捜しようがありませんが」
「酒呑童子達を直ぐに再生させる事は無いだろうしな」
頼光が言った。
「何故ですか?」
金時が意外そうに訊ねた。
「土蜘蛛達も酒呑童子が表立って我々と対決する気が無いと察している筈だ。再生させたら次は土蜘蛛に居場所がバレない所に逃げると分かっているだろう。現代は他に幾らでも都会が有るからな」
「酒呑童子を再生させないと成ると……」
「土蜘蛛は何度も襲ってきたんだろう。恐らく又襲ってくるだろう」
「詰り、今まで通り季武が囮と言う事ですか」
「そうなるな」
頼光が頷いた。
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