ひとすじの想い

月夜野 すみれ

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第五章

第五章 第七話

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「流ちゃん、お待たせ」
 女が店に入っていくのと入れ違いに水緒が出てきた。
「水緒、あの女は知り合いか?」
「ううん」
 水緒が首を振った。

「流ちゃんは知ってたみたいだけど」
「どんな知り合いか言ってたか?」
「流ちゃんがあの人と一緒にいる時、最可族に襲われたみたい。それで流ちゃんが助けてあげたら感謝されたって」
「どうしてあの女と一緒だったかは聞いたか?」
「ううん、前にあの人が話し掛けてきた時、流ちゃんに近付くなって言われただけ」
「近付くな? 俺がそう警告したのか?」
「うん」
 水緒が頷いた。

「なら俺の物忘れのことも言ってないよな」
「あの後はさっきまで会ってないから。けど……」
「けど?」
「その時は私は供部くべだから、最可族に狙われてる人と一緒にいたら周りの人が巻き添えになるからって言ってた」
「くべ?」
 聞き返した流に水緒が供部の説明をした。

 そういえば流が最初に水緒を助けたのは生贄にとして喰われそうになった時だったと言っていた。
 水緒は母親共々村に生贄用に買われてきたらしいと。
 供部について詳しく聞くと人間も鬼も大した違いは無いように思えてくる。

 流は水緒にあの鬼の女については詳しく言ってなかったようで、顔見知りらしいと言う以上のことは分からなかった。
 あの鬼は馴れ馴れしい割りには警戒が仄見ほのみえていて親しかった者の態度ではない。
 それは水緒や桐崎達を見ていれば分かる。
 小川は流の事を「鬼は鬼だ」などと言ってはいるがだからといって警戒はしていない。
 流は意味のなく他者に危害を加えたりしないと知っているから側に居るからと言って用心したりしないのだ。
 警戒するのは流のことを知らないと言うことだから、あの鬼は顔見知り以上の者ではなかったのだろう。

 翌日の夕方、流が水茶屋の前で水緒を待っていると、
「最近、また来るようになったけど、喧嘩でもしてたの?」
 店の中で誰かの声がした。
「あ、そういうわけでは。流ちゃんも忙しいので……」
 水緒が答えているのが聞こえた。

 鬼の女も流をしばらく見なかったと言っていた。
 桐崎が流から離れろと言ったから黙っていただけで流はずっと水緒の送り迎えをしていたのだ。
 流は近くで騒いでいる男達に目を向けた。
 男達が女に絡んでいる。
 この前の掏摸もそうだが、この辺ではあの手の揉め事をよく見掛ける。
 水緒も一人だとあの手合いに絡まれるかもしれない。
 だから流は心配で送り迎えをしていたのだろう。

「流ちゃん、お待たせ」
 水緒がそう言いながら店から出てきた。
 流は水緒と一緒に歩き出す。
 話を聞いていると、ようやく桐崎が出てきた。

 二人が行く当てもなく彷徨さまよっているときに桐崎と知り合ったらしい。
 江戸に来たのは桐崎が住んでいるからとのことだった。
 ここで暮らし始めてからは今のように流は剣術の稽古、水緒は水茶屋で働き始めた、そこで話は終わった。

「え……。俺達が知り合ってから師匠に会うまで一年もってなかったんだろ」
「うん」
「それなのに、師匠に会った後はそれだけで終わりなのか? 五年間、話すようなことは何も起きなかったのか?」
「江戸に来る前は流ちゃんも狙われてたし、私も供部の上に贄の印があったから何度も鬼に襲われたけど、江戸ではこの前まで鬼に襲われたこと無かったから。討伐に行った時の話は流ちゃんから聞いたことないし」
 そう言われれば流も記憶を失った後、この前の化物退治以外では一度も戦っていない。
 鬼もあの女しか見ていない。
 つまり江戸では鬼や妖のたぐいより人間の方が遥かに危険なのだ。

 夕餉を告げに来た時、水緒は躊躇ためらいがちに、
「あの……もうすぐ川開きなのですが……」
 と桐崎に言った。

「もうそんな季節か」
 桐崎が答えた。
「川開き?」
 流がどちらにともなく訊ねた。
「花火を沢山打ち上げるの。花火って言うのは、えっと……」
 水緒が口籠くちごもる。
 言いづらいことがあって口に出来ないというより、どう説明したら良いか分からなくて困っているという感じだった。

「見た方が早いだろうが……水緒も見たいだろう」
「いえ……一人で見ても楽しくないと思いますから」
「どちらにしろ夜一人で行かせるわけにはいかんが……」
 桐崎が考え込んだ。

 そうか……。

 今まで流は水緒と一緒に行っていたのだ。
 桐崎は水緒と流を親しくさせたくないのだろう。
 この前盗み聞きした内容からして記憶が無くなる前の流は水緒とかなり親密だったようだが、それはあまり好ましくなかったからまた同じ事になるのを危惧きぐしているようだ。

「私は家にいますからおじ様は流ちゃんを連れていってあげて下さい」
「いや、しかし……」
「あの音はここからでも聞こえるのでしょう。教えてあげないと流ちゃんはびっくりすると思います」
「そうか。雷のような音だからな。天気が良いのに突然そんな音がしたら驚くだろうな。敵襲だと思われて暴れられても困るな」

 そんなにすごい音がするものなのか……。

 だとするとこの前桐崎達に連れていかれた店よりもうるさいという事だろう。
 正直そんな騒々しい場所にわざわざ行きたいとは思わないのだが知らないと敵襲と思ってしまうかもしれないのなら見るだけ見ておいた方がいいだろう。
 何故人間はそんなものを好むのか理解に苦しむが。

「ではこうしよう。それがしと流と水緒の三人で行こう」
「初めて江戸に来た時みたいですね」
 水緒が懐かしそうに言った。

 そうか……。

 水緒も山奥で暮らしていて花火は見たことがなかったのだから江戸に来て初めて見たのだろう。
 その時はまだ子供だったこともあって桐崎が流と水緒を一緒に連れていってくれたようだ。
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