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第七章
第七章 第四話
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次の日、やはりつねは姿を見せなかったが今日はいつもより早いからかもしれない。
今夜は化物討伐の仕事があるから早く迎えにいけと言われたのだ。
水緒を連れて家に帰ると、流は桐崎、小川と共に郊外の寺に向かった。
最近、住職を始めとした寺に住んでいる者が全員鬼に喰われてしまい、今は鬼の住み家になっているというのだ。
「寺は結界があるんじゃないのか?」
流やミケは結界を通れるような呪いが施されているらしいが、普通の妖は結界の中には入れないと言っていた。
「結界を内側から壊されたのだ」
「内側から? そんな事が出来るのか?」
それが出来るなら桐崎の家も安全ではないという事になる。
安心出来ないのなら桐崎の家にいる意味がない。
「人間なら通れるからな。人間が中に入って結界を作っている物を破壊したのだ」
「人間を守るための結界をなんで人間が壊すんだ?」
「金で釣られたんだ」
小川が嘆かわしいという声で言った。
「お陰で今回はただ働きだ」
桐崎が溜息を吐いた。
「どうして?」
「土田だ」
桐崎はそう言ってから、
「そうか、覚えてないんだったな。お前達を騙したそれがしの元門弟だ」
と付け加えた。
「水緒と俺を鬼に売ったって言う……」
「そうだ。どうやら鬼に伝が出来てしまったようでな。鬼の使い走りで金を稼いでるらしいのだ」
「存外、岡場所の女というのも鬼だったのかもしれぬな」
流が今ひとつ理解出来ていないのを見て取ったのか、土田は岡場所で女に入れ込んだ為に金に困っていると言った。
岡場所というのは、そこで働いている女と仲良くするための店らしい。
店だから当然そこに入る度に金を払わなければならない。
微禄の武家の息子なのだから金はほとんど持っていない。
だからそんなに高い店ではなかったはずだが、どれだけ安かろうと無い袖は振れない。
土田の家は息子に飯を食わせて稽古場に通わせるのにも苦労していたのだから小遣いなどそうそう渡せない。
収入がないのだから店に通い続けたいなら土田自身が金を稼ぐしかない。
だがそう簡単に仕官出来るなら誰も苦労はしないし、武士が出来るような仕事は多くない。
内職は大した金にならないし時間も取られるから、そんなにしょっちゅう行くことは出来ない。
となると頻繁に通いたいなら楽に大金を稼げる悪事に手を染めるしかない。
「女子を拐かしたり鬼のために結界を壊したり、な」
桐崎がうんざりした表情で言った。
「安い夜鷹や船饅頭に変えなかったということは決まった女が相手だったという事であろう」
「最初から人間を手先にするつもりで鬼が女郎に化けてたのやもしれぬな。それで使えそうな男が来た時に手練手管を使って虜にしたのかもしれぬ」
その女に病み付きになり、店に通い続けるための金ほしさに鬼に良心を売り渡してしまったのだろうと言うことだった。
鬼に金で雇われたということ以外はさっぱり分からないから今度水緒に……。
「流、水緒に岡場所のことなど聞くなよ」
桐崎が流の考えを読んだらしく釘を刺してきた。
「どうして?」
「女子は岡場所の話が好きではないからだ。岡場所の事はそれがしに聞きなさい」
桐崎はそう言ったが水緒が嫌いな場所なら興味はない。
知らずに入ってしまったりしないようにするにはどうしたらいいか聞いてみたら他の目的で入ることはないから、うっかり入ってしまうと言う事はまずないとのことだった。
寺の門をくぐったが人気がないと言うことを除けば普通だった。見た目は。
しかし、そこかしこから鬼の気配が感じられる。
「流、今日は合図を待たなくて良い。ここにいるのは鬼や鬼の仲間だ。鬼か人間かも分けて考える必要はない」
つまり人間であろうと斬って構わないという事だ。
桐崎が柄に手を掛けながら敷地の奥に向かって駆け出した。
流も後に続く。
鬼達が逃げ道を塞ぐように流達と門の間に立って周囲を取り囲む。
流達を追い掛けて鬼達が全員寺の敷地内に入ってきたところで小川が呪文を唱えて結界を張った。
これで鬼達は逃げられないから後は一網打尽にするだけだ。
流が鬼を斬り伏せた時、
「まさかお前の方から来るとは思わなんだぞ。わざわざ出向く手間が省けたな」
野太い声が聞こえてきた。
見ると大きな鬼がいた。
片手にかつて人間だったものの一部が握られている。
流の方を見ているから流に言っているのだろう。
「知り合いか?」
桐崎が流に訊ねた。
「いや、知らない」
流がそう答えると鬼が大声で笑った。
「会ったことはないからな。こっちはよく知ってるが」
つまり流を狙ってきていた鬼という事だ。
「名無を始末したのはお前だそうだな」
大鬼が流に言った。
「名無?」
「先日、お前が殺した俺の弟よ」
最近倒した鬼は水緒を痛め付けた奴だ。
「弟の仇討ちか」
桐崎が言った途端、鬼が笑い出した。
「あいつを始末してやろうと思っていたのだ。感謝こそすれ誰が仇など討つか」
弟を殺そうとしていたのか?
流は眉を顰めた。
「だが、まぁ仇討ちという事にしておこう。それ故、他の者は手出し無用。こいつは俺が殺す」
鬼がそう言うと桐崎は向きを変え、他の鬼に斬り掛かっていった。
手出し無用は流と大鬼との戦いであって他の鬼に手を出すなとは言われてないからだ。
今夜は化物討伐の仕事があるから早く迎えにいけと言われたのだ。
水緒を連れて家に帰ると、流は桐崎、小川と共に郊外の寺に向かった。
最近、住職を始めとした寺に住んでいる者が全員鬼に喰われてしまい、今は鬼の住み家になっているというのだ。
「寺は結界があるんじゃないのか?」
流やミケは結界を通れるような呪いが施されているらしいが、普通の妖は結界の中には入れないと言っていた。
「結界を内側から壊されたのだ」
「内側から? そんな事が出来るのか?」
それが出来るなら桐崎の家も安全ではないという事になる。
安心出来ないのなら桐崎の家にいる意味がない。
「人間なら通れるからな。人間が中に入って結界を作っている物を破壊したのだ」
「人間を守るための結界をなんで人間が壊すんだ?」
「金で釣られたんだ」
小川が嘆かわしいという声で言った。
「お陰で今回はただ働きだ」
桐崎が溜息を吐いた。
「どうして?」
「土田だ」
桐崎はそう言ってから、
「そうか、覚えてないんだったな。お前達を騙したそれがしの元門弟だ」
と付け加えた。
「水緒と俺を鬼に売ったって言う……」
「そうだ。どうやら鬼に伝が出来てしまったようでな。鬼の使い走りで金を稼いでるらしいのだ」
「存外、岡場所の女というのも鬼だったのかもしれぬな」
流が今ひとつ理解出来ていないのを見て取ったのか、土田は岡場所で女に入れ込んだ為に金に困っていると言った。
岡場所というのは、そこで働いている女と仲良くするための店らしい。
店だから当然そこに入る度に金を払わなければならない。
微禄の武家の息子なのだから金はほとんど持っていない。
だからそんなに高い店ではなかったはずだが、どれだけ安かろうと無い袖は振れない。
土田の家は息子に飯を食わせて稽古場に通わせるのにも苦労していたのだから小遣いなどそうそう渡せない。
収入がないのだから店に通い続けたいなら土田自身が金を稼ぐしかない。
だがそう簡単に仕官出来るなら誰も苦労はしないし、武士が出来るような仕事は多くない。
内職は大した金にならないし時間も取られるから、そんなにしょっちゅう行くことは出来ない。
となると頻繁に通いたいなら楽に大金を稼げる悪事に手を染めるしかない。
「女子を拐かしたり鬼のために結界を壊したり、な」
桐崎がうんざりした表情で言った。
「安い夜鷹や船饅頭に変えなかったということは決まった女が相手だったという事であろう」
「最初から人間を手先にするつもりで鬼が女郎に化けてたのやもしれぬな。それで使えそうな男が来た時に手練手管を使って虜にしたのかもしれぬ」
その女に病み付きになり、店に通い続けるための金ほしさに鬼に良心を売り渡してしまったのだろうと言うことだった。
鬼に金で雇われたということ以外はさっぱり分からないから今度水緒に……。
「流、水緒に岡場所のことなど聞くなよ」
桐崎が流の考えを読んだらしく釘を刺してきた。
「どうして?」
「女子は岡場所の話が好きではないからだ。岡場所の事はそれがしに聞きなさい」
桐崎はそう言ったが水緒が嫌いな場所なら興味はない。
知らずに入ってしまったりしないようにするにはどうしたらいいか聞いてみたら他の目的で入ることはないから、うっかり入ってしまうと言う事はまずないとのことだった。
寺の門をくぐったが人気がないと言うことを除けば普通だった。見た目は。
しかし、そこかしこから鬼の気配が感じられる。
「流、今日は合図を待たなくて良い。ここにいるのは鬼や鬼の仲間だ。鬼か人間かも分けて考える必要はない」
つまり人間であろうと斬って構わないという事だ。
桐崎が柄に手を掛けながら敷地の奥に向かって駆け出した。
流も後に続く。
鬼達が逃げ道を塞ぐように流達と門の間に立って周囲を取り囲む。
流達を追い掛けて鬼達が全員寺の敷地内に入ってきたところで小川が呪文を唱えて結界を張った。
これで鬼達は逃げられないから後は一網打尽にするだけだ。
流が鬼を斬り伏せた時、
「まさかお前の方から来るとは思わなんだぞ。わざわざ出向く手間が省けたな」
野太い声が聞こえてきた。
見ると大きな鬼がいた。
片手にかつて人間だったものの一部が握られている。
流の方を見ているから流に言っているのだろう。
「知り合いか?」
桐崎が流に訊ねた。
「いや、知らない」
流がそう答えると鬼が大声で笑った。
「会ったことはないからな。こっちはよく知ってるが」
つまり流を狙ってきていた鬼という事だ。
「名無を始末したのはお前だそうだな」
大鬼が流に言った。
「名無?」
「先日、お前が殺した俺の弟よ」
最近倒した鬼は水緒を痛め付けた奴だ。
「弟の仇討ちか」
桐崎が言った途端、鬼が笑い出した。
「あいつを始末してやろうと思っていたのだ。感謝こそすれ誰が仇など討つか」
弟を殺そうとしていたのか?
流は眉を顰めた。
「だが、まぁ仇討ちという事にしておこう。それ故、他の者は手出し無用。こいつは俺が殺す」
鬼がそう言うと桐崎は向きを変え、他の鬼に斬り掛かっていった。
手出し無用は流と大鬼との戦いであって他の鬼に手を出すなとは言われてないからだ。
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